part Aki 7/25 am 4:00




 瞳が 泣いている……。

 


 寝苦しい。少し 身体が痛い。そう。ここは 病室のソファーベット。夢かと 思ったけど 微かな 啜り泣きの声が 聞こえる。


 

「………んん。瞳…?」

 

「……ゴメン。うるさかった…?」



 くぐもった 瞳の返事。また 枕の下に 顔を埋めているらしい。


 

「ううん。また 泣いてたの?」



 この1週間 夜も昼も 瞳は 泣き続けている…。……そりゃそうだよな。あんなに大事にして 命懸けてた バレーボールが 目の前から 突然 消えたんだ。精神的なショックは ボクの想像を 絶するんだろう。どんな 慰めの言葉も 虚しく聞こえる。それは 仕方がない。ボクにできることと 言えば ただ 側にいて 寄り添うことだけ。瞳の悲しみの はけ口になることぐらい。そんな気持ちを込めて 側まで行き ベッドに横たわる瞳の 左手を両手で包む。

 


「大丈夫だよ。ボク ずっと 側にいるから…」



 優しく 言葉を掛けたけど 返ってきたのは 鋭い言葉。

 


「優しくしないでっ! 優しくしないでよっ! あたし あたしは 亜樹に 優しくしてもらう資格なんて無いんだからッ……!」



 瞳は 顔に当てていた 枕を 放り出して 嗚咽する。たぶん ってゆーか 完全に 八つ当たり。でも まぁ これも 甘えてくれてるって言えば 甘えてくれてるんだと思う。部活の友達の前では もちろん お父さん お母さんの前でも こんな泣き方しない。面倒臭くは ある。面倒臭くは あるけど 瞳の側に いられるのは ボクだけなんだって 思える。何があっても この娘を ボクが守る。そんな気持ちを込めて 泣き濡れた 瞳の顔を見つめる。


 

「そんな目で 見ないでよ……」



 けど 言うべきことは 何も無い。それに どうせ 何か言っても 八つ当たりされるだけ。ちゃんと いつでも側にいるよ……って 気持ちを込めて 瞳の目を見る。瞳は 八つ当たりしちゃったのが 恥ずかしくなったのか 目を逸らし 小声で 抗議してくる。


 

「……あたし 自分のこと ばっか考えて 亜樹のこと ぜんぜん 大事にしてなかった」



 まぁ インターハイに全力集中してたもんな。それでも 毎日 30分は 話してくれてたし 中間前も 期末前も 1時間くらいだったけど ちゃんと会って デートした。けっこう 大事にしてくれてる方だと思うけどな…。


 

「だから 罰が当たったんだよ…」



 ん?

 罰?

 なんか 瞳が 変なこと 言った。


 

 「……あたしには 亜樹に 優しくしてもらう資格なんて無いんだよ……」

  


 瞳は 話を続けてるけど ボクは 瞳の『罰』って言葉が どうしても引っ掛かる。罰って 何が? 瞳が 大ケガしたこと? 何の『罰』?



「罰って 何の罰?」


「あたし…さ。亜樹のこと ほったらかして 自分のこと ばっかで……亜樹のこと置いて 東京行こうとしたり だから 罰が 当たったんだよ…… 」



 ……やっぱり そうか。

 


 身体の奥から ググッと熱い怒りが 込み上げてくるのが 分かる。瞳とは これまで 何回か ケンカした。ちょっとした一言で カチンときちゃったり 瞳が 一方的に怒ってたり。でも 瞳に 対して 本気で 腹が立ったのは これが 初めてだった。もしかしたら 瞳が相手じゃなかったら 怒りなんて 沸かなかったのかも しれない。でも ボクの 一番 大好きな 世界で 一番 愛してる人が そんなこと言うなんて どうしても 許せなかった。



「罰って 大ケガしちゃったこと?」


「……えっ? うん。あたしが あんまり ワガママだったから 神様が バレー 取り上げっちゃったんだよ……きっと」



 抑え難い 怒りが沸いてきて 乱暴な感じで 瞳の顔のすぐ側に ドンッ って手をつく。ボクの剣幕に 驚いたのか 瞳が 真っ直ぐに ボクを見つめてくる。その瞳には 少し 怯えの表情が…。でも それも しょうがない。ボクは 本気で 怒ってるんだ。



「あのさ…。神様は そんなことしない。少なくとも ボクは 認めない。瞳が 大ケガして ツラくて苦しいってのは 解るよ……でも それは 何かの『罰』なんかじゃ 無い」


「だって あたし 亜樹がいなくちゃ なんにも…。 なんにも できないクセに 自分にも 亜樹にも ウソ吐いて……」



 また 瞳は 涙声。

 


「……うん。もしかしたら 瞳は 罪の意識が あるのかも しれないよ。でも それでも 瞳が 大ケガして ツラい 苦しいってゆーのは 何かの『罰』じゃあ無いんだ」



 瞳の 目をじっと見据えて 続ける。

 


「……だって 考えてみてよ。ボクは この女の子の身体で 生まれてきて ツラくて苦しいこと いっぱい あるよ。だけど それって ボクが 何か悪いことしたせいなの? 何かの罰? ママやパパが 悪いの?」


「……っ」



 瞳が 息を飲む。

 未明の病室。深海みたいに 重く沈んだ静寂。どこか 遠くの 医療機器の立てる 微かなビープ音が 時折 しじまの中を 渡って行く。



「ごめん。また あたし 自分のこと ばっか…」


「ううん。瞳にとって バレーが 命と同じくらい 大事だってゆーのは 解ってるつもりだし。ただ 今 バレーができないのは 罰なんかじゃ無いんだよ。それだけ 解って欲しくて…さ」


「……ごめんね。あの…さ。でも…さ。なんか 一生懸命やったのに 理不尽だなっ…て。あたしの 何が 悪かったんだろ?って どーしても 考えちゃって…」

  


 瞳は 目頭に 涙を溜めて でも ボクの目を 真っ直ぐに見つめ返して 話す。声も まだ 涙声だ。

 

 

「……ボクも似たようなこと思ったことあるよ。まだ 付き合う前。瞳のこと 好きで好きで 気が狂うくらい好きで でも 女の子の身体で……さ。これって 何かの罰なのかな?って…」



 締めてある カーテンの 隙間から 東雲の薄光が 僅かに 射し込んできている。夏の夜明けが 近づいてきているみたいだ…。

 


「だけど そんなハズないんだ。ボクは 駅で見かけた女の子を好きになった……ただ それだけなんだ。そして 瞳が ちゃんと ボクのこと 見つけてくれた。ツラいこと 苦しいことあるけど ボクらは 越えていける」



 窓から 射し込む光が 虹彩に 映り込み 瞳の目に 輝きを宿す。

 


「今度のことも 時間は かかるかも知れないけど 瞳なら きっと大丈夫。心配なら 頼ってくれて大丈夫。上手に一人で歩けるようになるまで ボクが支えるから……」



 初めて 出会った頃と気持ちは 同じ。平凡で非力なボクだけど 好きになった女の子を全力で守るんだ。

 


 「……だから これからも 2人で いよう」

 

  ………。

 ……。

 …。


 



             to be continued in “part Kon 7/25 am 4:27” 

 



 

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