part Aki 11/23 am 11:22



 


「わかった。じゃあ 美術館の方 早く行こ?」



 瞳は そう言うと 身体を ぎゅっと寄せてくる。

 アウターの分厚い布越しではあるけど 瞳の胸の弾力が ボクの右肩に伝わってくる。平常心を保とうって思うけど やっぱりドキドキする。いつもより 少し速い脈を感じながら 色々なことを考える。今日の瞳は ちょっとテンション高めで ボディタッチも多い。初めてのデートだけどスゴく積極的。今 胸を押し付けてくれてるのも たぶん ワザと。ボクは 恋愛経験のない 平凡な男子高校生だから その一々が 嬉しかったり ドキッとしたり…。……でも ボクが男子高校生だったら こんなにスキンシップ 取ってくれるんだろうか? そんな想いも 頭をよぎる。ボクが女の子の身体だから 気兼ねなく こーゆー態度 取れるんだよね…。ボクが男の子だったら もっと警戒するハズだもんな。そう思うと少し複雑な気分。


 紅葉葉楓の並木道を右に曲がり 市立美術館へと向かう。

 樺や欅の遊歩道を 2人で歩く。相変わらずの北風が木立の間を吹き抜けてくる。風避けになろうと 風上側を歩くけど ボクの身長じゃ たぶん なんの役にも立ってない…。


『できないことは できないって言って欲しい』って瞳に言われた。朝 公園を一緒にジョギング。筋金入りのアスリートの瞳とジョギングなんて トンでもないし さすがに断ったけど 瞳がしたいことで ボクができることって一体 どれくらいあるんだろうか…。付き合うって そんなこと 起こるなんて 思ってもみなかったから いざ 本当に付き合い始めると 何をどうしていいのか 見当もつかない。ボクは ちゃんと男の子として 瞳に接することができるんだろうか…?『ボクは男の子』って ずっと思って暮らしてきたけど 男の子らしいことって 何にもできない自分に 愕然とする。

 


 

「あー 見えてきた。あれが 市立美術館」



 木立の向こうに レンガ造りの洋風建築が見え始める。三岡侯爵家が 大正時代に建てた洋館と庭園 そこに ガラス張りの現代建築を組み合わせて建てられた星光市立 光岡美術館。光岡藩時代の大名家所蔵の品々や 三岡侯爵家が収蔵した美術品を中心に 日本美術 西洋美術 問わずに展示している。光岡出身の洋画家 長谷浦 城隍のコレクションでも 有名らしい。ボクは 小学生くらいから 陽樹兄さんに連れられて 何度も来たことがあるから 中の様子も ある程度 見当がつく。



「中 入っちゃうと 飲食禁止のハズだし お弁当 先に食べちゃう? それとも 見てから ゆっくり食べる?」


「うーん。先が いいかも。亜樹は ゆっくり見たいでしょ? だったら 先の方が 落ち着いて見れると思うし」



 ……グリームスバーグなぁ。どーだろう? どうしても見たい作家ってワケでもないし さらっと見て 喫茶店でゆっくりの方が いいかもって気がしてきてるんだけど。ご褒美デートのハズだったのに 瞳の喜ぶようなこと 全然 入ってないし。



「……わかった。ありがとう。本館前の広場に ベンチあるし そこで食べよ」



 レンガ造りの本館の前 車寄せの横にある アールデコ風のベンチに腰を下ろす。座面の部分は 木製だけど それでも 腰の奥に冷気が染み込んでくる。運動嫌いで ガリガリのボクは かなりの冷え症。さっき 手を繋いで歩いてたときだって 瞳の手の方が暖かかった。『手 暖かいね』って言ってくれてたけど ホントは 手を暖めてもらってたのは ボクの方。瞳は ボクのこと 彼氏って呼んでくれるけど 彼氏らしいことって 何ができるんだ? どんどん情けない気分になっていく…。



「どーしたの? デート 楽しくない?」


「えっ? ううん。大丈夫」


「……ウソ。さっきから 変な顔してるもん。何か引っ掛かってるんでしょ? 正直に 教えて?」



 ……そんな顔してたのか。〈あき〉でいれば ポーカーフェイスで暮らせるんだけど ボクでいると あんま そんなこと思わないもんな。思ったこと 表情に出ちゃってるのか…。



「……さっきさ『彼氏ができたらやりたいこと』がいっぱいあるって 言ってたじゃん。ボクは逆でさ 彼氏になったのに やりたいことが 何にも無いんだ」


「どゆこと?」


「男として 女の子と付き合える日がくるなんて 絶対 無いって思ってたから 考えないようにしてて……」


「女の子と付き合いたいとか 思わなかったの?」


「思ってはいたけど 妄想の中では ボク ちゃんとした男の子だったし……」

 


 そう。妄想の中では。


 

「ちゃんとした男の子じゃん」



 さらっと 返される。あまりにもさらっと。



「……だって ボク…」


「だっても へったくれもないよ。付き合い始めたとき『ボクは男の子』って宣言したじゃん あれはウソなの?」



 瞳は 怒った顔。なんで怒る?



「……ウソじゃないけど。ボク 男の子らしいこと 何にもできないし」


「………バカ」


「えっ?」


「バカって言ったの。亜樹って ホント 頭 いいクセに 自分のことになると ホントに バカ」

 


 立て続けに バカって3回 言われる。あんまりな展開に 涙が出そうになるのを なんとか堪える。ってゆーか 面と向かって 人にバカって言われるとか もしかしたら 生まれて初めてかも。そんなに 瞳を怒らすようなこと しちゃったんだろうか……?



「亜樹はさ 他の人の前では『女の子らしく』してなきゃダメだったんでしょ? それがホントに苦しかったから『ボクは男の子』って あたしに言ったとき あんなに泣いたんじゃないの? なのに あたしの前で『男の子らしく』なんて ホントにバカ。『らしく』なんて いらないの。あたしの前でくらい『らしく』しないでよ。亜樹は 亜樹でいいの。バカ。ホント バカ」



 バカ 合計6回。さすがにカチンとくる。



「そんなにバカバカって連呼しなくても いいじゃん」



 言い返してしまってから 後悔する。瞳は ボクのこと思って 言ってくれてるってわかってるのに…。でも 後の祭り。瞳の眉が グッと吊り上がったと思うと バカの速射砲が飛んでくる。


 

「バカにバカって言って何が悪いのよッ。バカバカバカッ。亜樹のバカッ。あたしの気持ちも知んないでッ。あたしが 亜樹のことで悩まなかったとでも 思ってんの? 悩んで悩んで それでも好きで……『ボクは男の子』って言ってくれて ホント 嬉しくて ホッとしてたのに 何よ 今さらッ。バカバカバカッ。亜樹のバカッ! もう 知らないんだからッ!」



 一気に捲し立てると ぷーっと膨れて 横を向く。目つきもめっちゃ恐い。ヘタレで事無かれ主義者のボクは ケンカなんて ほとんどしたことがない。謝ったり 仲直りしたりって経験も 無いんだけど ここは 泣いて逃げたりせず ちゃんと謝って 筋を通さなきゃいけない場面。それくらいのことは 分かる。だいたい 今のやり取りは ボクが一方的に悪かった。……いや 言い方には カチンときたけど。

 

 確かに 瞳の言う通り 瞳にとっても ボクと付き合うってゆーのは 悩んだ上での結論。ボクを受け入れるってゆーのは 普通に男の子に告白されたのとは ワケが違う。でも その上で 普通に告白されたみたいに 自然に対応してくれてたんだ……。ボクを傷つけないように。



「ごめん。ボクが悪かったです。許してください」



 瞳は 横 向いたまま。口をへの字に曲げている。



「ホントに ごめん。ボクのこと ちゃんと男の子扱いしてくれてたのに ツマンナイこと言ってゴメン」


 

 瞳は 変わらず横 向いたまま ボソッと口を開く。



「……あたし 7月にあきちゃんに告白したじゃん。あのとき あたし 女の子同士でもいいって思ったし。亜樹が そんな ヘタレなこと言うんなら あたし もう 女の子のあきちゃんと 付き合うから」



 瞳は こちらを振り向き ボクの眼を見ながら イケずなことを言ってくる。


 

「……あきちゃん 大好き。あたしと付き合って」



 グサッとくるけど ここはグッと我慢。



「ごめん 瞳。ホントに謝るから…。ボクは男の子。悪いけど 女の子の〈あきちゃん〉は いないんだ。ヘタレで頼んないかもだけど 精一杯 瞳のこと 守るから ボクと付き合ってください」



 瞳は じっとボクの眼を見つめ 値踏みするような目つき。そして沈黙。かなり居たたまれないシチュエーションだけど ここで眼を逸らすワケには いかない。真っ直ぐ瞳の眼を見つめ続ける。永遠にも続くかもってゆー長い沈黙の後 瞳は ふぅっと小さくタメ息をついて言った。



「お弁当 食べよっか…。お腹 空いたし」



 とりあえず首の皮一枚 つながった。許すって言っては もらえてないけど 初デートで いきなり別れ話ってゆー最悪の事態は 回避できたっぽい。油断は できないけど。要するに 瞳が 怒ってるのは ボクが全力で愛してないかもって思ったから。できるできないとかじゃなく 真摯に向き合って欲しいってこと。そう。突き飛ばされて 無様に転んだっていい。ボクが 瞳を守るんだ。


 あと 瞳のクルクル変わる多彩な表情 どれも好きだけど 怒った顔は かなり恐かった。しかも口喧嘩 めっちゃ強い。ギロって睨まれると 心がすくむし その上 早口で捲し立てられると 口下手なボクは タジタジ。しかも 辛辣な言葉が飛んでくるし……。


 まぁ 初めてのケンカが最後のケンカにならなくてよかった。……いや 最後のケンカになったら それはそれで いいんだけど。でも たぶん そうはならない気がする。だって ずっと 一緒に過ごすって約束したもんな。とはいえ 次 やっても ボクに勝ち目は なさそう。ケンカにならないように ちゃんと瞳の気持ちに寄り添うように しなきゃね……。

 ………。

 ……。

 …。



            to be continued in “part Kon 11/23 am 11:47”

  

 



 




 

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