part Kon 11/21 am 9:52






 全体でのアップが終わって 集合までの少しの時間。


 レギュラーのみんなは 思い思いの方法で 集中力を高めてる。

 試合前の一番緊張する瞬間だけど あたし この時間 けっこう好きだな。


 

 松嶋先輩は 壁打ちして ボールの感触確かめてる。

 東先輩は スタンディングジャンプを繰り返してる。

 日菜乃は 入念にストレッチ。

 神楽は ジャンプサーブのタイミングをイメトレ中。


 小たまは ほっぺたを両手でバシバシ叩いてる。

 もうちょっとしたら『大丈夫 大丈夫』って声かけてやろう。

 そのやり取り自体がルーティーン。



 今日は 綾創戦。

 この戦いのために うちのチームは 特訓を重ねてきた。

 今年度の 初め頃から 監督の頭の中には 今日の戦いの構想があった。


 その理想形のための あたしのセッター転向。

 神楽も 日菜乃も 小たまも 自分の役割をしっかり理解して 身体で覚えるまで 練習を重ねてきた。

 きっちり自分の役割を果たせば結果は ついてくる。

 そこまで練習した。



 ……でも 本当に ちゃんと力が出しきれるんだろうか?

 足 引っ張ったらどうしよう……。



 そんな不安がよぎる。

 みんな緊張するのは 当たり前。

 あたしにとっては 初めての全国への切符がかかった試合。

 

 あたしも かなり緊張してる。

 

 脚が震えそうになるけど あたしは キャプテン。

 動揺してるとこなんて 見せられない。


 


 あたしも 自分のルーティーンで 落ち着こう。


 最近のあたしの精神安定剤は セッターノート。

 ノートに書き込んだ戦術図とか確認事項を読み返す。

 

 正直 今さら読み直してみても 実戦の中で 活かせるのは 身体で覚えてることだけ。

 だけど ノート4冊分 あたしがちゃんと 思考を重ねてきたことが 形になってるのを 見ると安心できる。


 

 あたしには 積み重ねがある。

 ……少なくとも ノート4冊分。



 

 そして もう1つ。

 目を上げて 観客席を見る。


 ……居た。


 いつもと同じ 藤工側の応援席の最上段。

 栗色のツインテール。


 ……あ。

 オリーブグリーンのスカート。

 

 上は ハーフコート着てるから 分かりにくい。

 だけど たぶん あたしのエプロンドレス 着てきてくれてる。


 胸がキュンってなる。

 

 やっぱ 優しい。

 何で あんなにかっこいいんだろう。

 あたしの王子様。



 付き合い始めて 1ヶ月。

 部活にかかり切りで 恋人らしいこと 何にもしていない。

 また 手を繋ぐようになったことと 夜 少し声聞けるようになったことくらい。

 あれっきり キスもしてない。


 ホントは メッチャ甘えたい。

 そして 甘えて欲しい。

 

 だけど 自分のことで いっぱいいっぱい。

 亜樹のために 何にもしてあげれてない。

 なのに 公式戦 全部 応援に来てくれてる。


 試合終わっても 一緒に帰れるワケでもない。

 レギュラーミーティングしたり 監督やコーチと打ち合わせしたり。


 でも 夜『がんばってたね』って ちゃんと言ってくれる。


 亜樹が見ててくれるって思うと自分の最高のパフォーマンスができる気がする。

 相変わらず 頼りっぱなし。

 でも ホント 亜樹 見てるだけで 安心感が広がる。

 ……大丈夫 大丈夫だ。



 

 

「よぉ 王子。今日も 白馬のお姫様 来てくれてんじゃん?」



 突然 背後から 松嶋先輩の声。



「あの子 毎週 来てくれてるよな? 王子 マジに ナンパした?」



 ……ナンパは してない。

 けど 付き合っては いる。

 向こうが王子様だし あたし お姫様のつもりなんだけど…。


 まあ わざわざ訂正するようなことじゃない。

 自分のこと お姫様とか完全にバカだし。


 

「まあ そんな感じっす」


「……マジ? 今度 詳しく聞かせろよ? ……まあ なんにしろ 彼女の前で カッコいいとこ 見せねぇとな。とりあえず あたしにガンガン回してくれてオッケーだし。 全部 キメてやるから 任せとけ」



 第一セットは そのつもり。

 松嶋先輩と日菜乃が 綾創の強力な守備陣を どれだけ削ってくれるかが 勝負の分かれ目。



 そんなこと 話してたら 東先輩も近づいてきた。

 そして いきなりローキック。



「おいっ 紺野! オメェ キャプテンだろ? 同期や 後輩の前で ビビった面 見せてんじゃねぇよ!」



 そう言いながら もう一発 ロー。

 もちろん軽くだけど ちょっと痛い。



「ったく…。キャプテンが オタつくと 周りは3倍オタつくんだよ。いつも言ってんだろ? オメェは いつもの通り 藤工一のバレーバカって顔して ヘラヘラ笑ってりゃいいんだよ。それ見りゃ アタシらも 落ち着けるんだし。わかってんのか?」

  

「はい」


「返事が 小せぇ!」



 さらに ロー。



「ハイッ!」


「……あと 約束 覚えてっか?」


「約束っすか?」



 東先輩と なんか約束なんてしたっけ?

 松嶋先輩も ウンウン頷いてる。

 なんだっけ?

 覚えがないんだけど…。



「オメェ 入部んときの自己紹介で『あたしの右腕で 藤工を全国に連れていきます』って絶叫したろ? あんときゃ すっげぇバカが入ってきたって思ったけど 気がつきゃ約束の全国まで あと一勝だろ? 頼りにしてんぜ キャプテン。連れってってくれよ…全国」 

 

 

 そう言い残すと 先輩達は ベンチの方に引き上げ始める。

 試合前は この前も このパターンだった。

 松嶋先輩にイジられて 東先輩に蹴り入れられる。


 これってワザとだったんだな。

 今さらになって気づく。


 あたしが 小たまに声掛けてるみたいに 先輩達 あたしのこと 気にかけてくれてたんだ。

 

 亜樹だけじゃない。

 みんなが あたしのこと 支えてくれてる。

 

 先輩達との いつも通りのやり取り。

 おかげ様で 少し力が抜けて いい感じのテンション。

 小たまに声掛けしといてあげなきゃね。


 

「小たま 緊張してる?」


「……あ。キャプテン。だ 大丈夫です」



 平静を装ってるけど 顔は ひきつり気味。

 


「キャプテンは 落ち着いた感じで さすがです…」


「あたしは 藤工一のバレーバカだからね」


「ああ。なるほど」



 東先輩に言われたこと そのまま言ってみたけど 小たまは 納得顔。

 ……なんだ あたし 後輩にも そー思われてんのか?

 


「なーに? 小たまも あたしのことバカって思ってるんだ?」


「…えっ!? いや そんなこと……キャプテンが自分で…」


 

 ちょっと怒った顔で言うと 小たまは メッチャ焦ってる。

 笑顔に戻って許してあげる。



「いいよ。冗談 冗談。でも せっかくの大舞台だし 楽しまなきゃ。『エリート揃いの絶対王者に挑むヤンキーチーム』そーゆーの好きでしょ?」


「…えっ。わたし ヤンキーじゃないです」


「相手は 藤工相手だからビビってるよ きっと。……松嶋先輩とか東先輩もいるし」


「……確かに あの2人はヤンキーっぽいですけど」


「うっわ。小たま トンでもないこと言った~。あとで チクってやろ」


「ええっ? だって 今 キャプテンが……」


「あたしは 2人ともインハイ経験者だから 相手もビビってるって意味で言ったの」


「えーっ。それズルいですって」


 

 冗談 言ってじゃれてるうちに 小たまの表情も緩んできた。


 

「冗談はおいといて…。松嶋先輩も東先輩もいるし あたし達2年生もいる。だから 小たまは 全力でやったら それでいいからね。大丈夫 大丈夫。絶対フォローするし。一緒に 全国 行こ?」


「ハイッ!キャプテン!」



 うん。

 いい顔。



「ベンチ 戻ろっか? そろそろ 集合かけるし…」



 

 

 あたしは ベンチの前に立つとメンバー全員に声をかける。



「集合ーッ!」



 ………。

 ……。

 …。 


 

            to be continued in “part Aki 11/21 am 10:03”






 

 

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