part Aki 4/6 am 6:17



 


「瞳?」

 


 瞳が 手を伸ばして ボクの髪に触れる。

 ボディタッチされると 少し怯む。甘いトキメキと 恐怖。どうしようもなく 瞳のこと 好きで そして 瞳が怖い。

 

 


「……ん。髪に 花びらついてた」


「あ ゴメンなさい。ありがとうございます」



 駅にいるときは 『です・ます』の敬体で話す。瞳は それも不満みたい。瞳が ボクに色々不満を抱いてるのは ボクも 薄々 気がついてる。瞳は ボクが 煮え切らない態度なのに イラッしてるんだ…。……それは 解ってる。

 


「ううん。……あのさ。1年前の あたしって 何してた?」



 今日は 初めての 瞳に出会った運命の日。一年前の 今日 いつもの階段を 上りきったとき ボクの人生は 一変した。



「あの時のこと…? あの特は ちょうど 今と同じで……瞳は 髪についた 桜の花びらを 手にとってて…。その時の ポーズも 構図も 光の加減も もうホント 完璧……って思って。この世界に こんな綺麗な人がいるんだって思った……マジで。 ホントに 女神様かと思ったくらい」



 本当に 一枚の絵のようだった。

 ボクの青春の憧れを スチルにしたかような完璧な絵。その憧れを2週間 追いかけて あの日を迎えた。実際に出逢った こんのさんは 憧れの女神様なんかより ずっと魅力的で 生々しくて 初めての恋をした。好きで好きで でも 諦めてて それでも 好きで 気がついたら 愛してた。想いを込めて 絵を描いた。そして 瞳が〈ボク〉に気づいてくれた 奇跡の瞬間。それから半年 ボク達は 恋人同士。ケンカもしたし Hなことも経験した…。……いや。その…。裸で抱き合ってってゆーのは『まだ』なんだけど…。オチンチンついてないし セックスって どーすんのか わかんなくて ビビってるってゆーのは 確かにあって 一度 ラブホに誘われたときは『人目があるから』ってゆーのを 理由に断っちゃった…。


 クリスマスのときも 帰ったし 瞳は けっこう そのこと怒ってる……たぶん。言っては こないけど…。正直 したくないワケじゃない。ってゆーか してみたい。瞳も ボクにオチンチンついてないのは 知ってるワケで わかった上でのお誘いだった……ハズ。けど『今から セックスしますよ』みたいな感じは 恥ずかし過ぎて ボクには 到底 ムリ。バレンタインのときも ボクの部屋で触りっこしたんだけど あーゆー感じで お互いムード高めて その流れで……ってゆーのなら いけると思う。ただ バレンタインのときも ホワイトデーのときも 親が いたりして 結局 そこまでは 辿り着けなかった。

 

 なんとなく行き違ってるってゆーか 足踏みしてるってゆーか…。お互い 忙しい合間を 縫って 会う時間を作って 少しでも 触れ合う時間を作って お互いの存在を確かめ合うような そんな日々。握った手の温もりが 愛おしくて 嬉しくて。触れてくれる 指の感触が 切なくて 儚くて。好きだし 愛してるって伝えてるし 好きだって伝わってくるし 愛してるって言ってくれる。だけど なんだか もどかしい……。



 それでも 少しでも 触れ合っていたい。それで気持ちが伝わるから。



 そんなことを 考えてた矢先だった。

 春休み中 3月の30日 その日は お互いオフで 久しぶりに プレアデスでデートしようって約束してた。ところが 3日前になって『監督に 会わせたい人がいるから 予定 空けて欲しいって…』ってゆー話になって キャンセルに。その日の 夕方 5時過ぎだった。スマホに 瞳からの着信。夜の いつもの時間以外に電話なんて掛かってきたことないから 何事かと思った(ってゆーか 夜の電話も ほとんどの場合 ボクから掛ける)。



『ねぇ!亜樹 聞いて!あたし ○○大の推薦もらえるかもしれない!』



 ○○大ってゆーのは 東京にある有名私学で スポーツに疎いボクでも 名前を知ってる名門校。柏木監督が会わせたい人ってゆーのは その○○大の女子バレー部の監督さんだった。その人から 来年 ○○大のバレー部に来て欲しいって話をされたらしい……しかも 奨学金付きの特待生で。瞳は スッゴく喜んで 興奮してたし ボクも 瞳の夢が 1つ実現に近づいたって思ったから スゴく嬉しかった。だから そのときは 瞳の話を『よかったね』って聞いてあげて『おめでとう』って何回も言った。


 でも 電話 切ってから 気がついたんだ。


 ……瞳が東京に行っちゃう。

  今の 自分自身が崩れ落ちるような不安を感じた。この1年間 瞳のことだけ考えて生きてきた。片想いだったときも 絵に描いてたときも 付き合ってからも。『朝 瞳に会える』それだけで どんなツラい朝でも 瞳に会うのが 怖いって思ってた朝でさえ ベッドを抜け出し 駅に向かうことができた。遠距離恋愛。毎日の触れ合いの無い2人の関係って どんなだ? ってゆーか 毎日 瞳の笑顔が見れないなんて ホントに 生きていけるのか? 出逢ってから ずっと ボクが 瞳を守ってる 瞳のこと支えてるって思ってたけど……ホントは 違った。瞳 無しで 歩けなくなってたのは ボクの方。瞳が 遠くへって 思うだけで 言い様の無い 不安に駆られる。



 ……いや。わかってる。

 ホント 自己中心的なワガママだ……って。どう考えたって 何回 考えたって 瞳のこと考えたら『おめでとう』だ。次の日 昨日の埋め合わせって話で 午後 瞳の家で会った。ポーカーフェイスで『おめでとう』って 言ったハズだったんだけど ボクは もう〈あき〉じゃあいられないんだな…。瞳に『言いたいこと あるんなら ちゃんと話して』って 詰められた。全然 隠せてなかったらしい。瞳に嘘は 吐けない。『理性では 本気で おめでとうって 思ってるけど 気持ちの面では 遠距離恋愛になるのが ちょっと不安』って 伝えた(……ウソ。ホントは ものすごく・・・・・不安)。それでも まぁ 前に 比べれば ずいぶん 正直に 話せたと思う。


 瞳は ハッとした顔して黙った。そして しばらく考えた後 キチンと自分の言葉で 話してくれた。



「……ゴメン 亜樹。不安な気持ちさせて。1人で浮かれてた。……あのさ。でも…さ。あたし 亜樹のこと 本気だから。もし 東京 行っても それは ぜんぜん 変わんないよ?」


「うん」


「それと…さ。亜樹を 不安な気持ちにさせてるのは……さ ホント ゴメンなんだけど やっぱ あたし ○○大 行ってみたいんだ。自分が バレーで どこまで通用するか 試してみたい」



 真っ直ぐに ボクの目を見て 真っ直ぐな言葉。瞳らしい言葉。そして ボクを信じてくれてる目。そう。ボクだって 浮気なんか絶対しない。大丈夫だ。自分に言い聞かせる。ボクだって 瞳のこと 本気だ。瞳が 東京で 全力で バレーに打ち込めるように しっかりしなきゃ…。


 強く心を持とうって決意したのに……それなのに。瞳は このタイミングで ボクの頬を そっと撫でてきた。優しさと温もりが 指から頬へと 流れ込んでくる。怖かった。初めて感じる恐怖だった。この優しさと温もりが 手の届かないところに…。……いや。届かなくなるワケじゃない。遠くなる・・・・だけ。そう思おうとしても この優しさと温もりは 懸けがえがないって思っちゃう。ほんの一瞬 触れてもらうだけでも 嬉しくって 切なくって そして 哀しい…。



 言葉を失ったボクに 瞳は キスしてくれた。



 唇を 離した後 瞳は 重い空気を振り払うように おどけた顔で こう言った。



「いや~。推薦もらえるって 言っちゃったけど ホントは 条件が 付いててさ~。……しかも けっこう キビシイやつ。推薦の条件は『インターハイで ベスト8以上に 入ったら』だって…さ。それだけの『実績』が いるんだって…。……まあ ○○大の 特待生だもんね」



 瞳は 肩をすくめてみせる。

 


「正直 今年の メンバーで 行けるかどうか……松嶋先輩も 東先輩も もう いないし。だから あたしのキャプテンとしての力と セッターしての実力 両方 見れるって 思ってるみたい…。……正直 ちょっと ビビってる」

 


 それから もう一度 真面目な貌に 戻って言った。



「……でも…さ。『やらずに後悔するより やって後悔する方がいい』って。コレって 1年前に 亜樹が 教えてくれたことだから…さ。やるだけ やってみる」



 瞳が 決めたこと。ボクは 信じて応援したい。それは 偽らざる本心だ。……でも 瞳の 指に触れられると もう 何も言えなくなる。そして『君を想うとき』のサビが 頭を過って離れなくなるんだ。



 ~ 新しい春が来て 君は もういない

 ボクは ここにいて 遠く 君を想う~



 

 ………。

 ……。

 …。 

 

 

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