2人で列車に

part Aki 8/8 am 9:27





「ワリィね……あきちゃん。ホントなら アタシが 車で 送りゃいいんだろけど……」


「大丈夫だって。松葉杖なくても もう歩けるし。少しでも 歩いた方がいいって 先生も 言ってるんだし。亜樹も いるし…さ」


「心配 かけて すみません。でも 清瀧駅までは おばあちゃんが 車で 迎えに来てくれますし。ボクが ちゃんと お世話します」




 桜橋の駅前。

 水色ロングスカートに白いTシャツ姿の 瞳。今日は ボクも青色のTシャツにデニム。ケガの瞳に 無理は させられない。瞳の荷物も全部 ボクが持つ。ボクの分は パパに借りたキャリーバッグ。その上に 瞳の部活バッグ。ちょっと バランス悪いけど ボク1人で なんとか運べる。瞳のギプスは 先週 取れた。左足には 装具がついてるけど 経過は良好。


 アキレス腱断裂って 1ヶ月も2ヶ月も ベッドで 寝てなきゃならないのかと 思ったけど 手術して 2週間くらいで ギプス取れるらしい。瞳は 治りが速いってことで 10日目には ギプスを取ってもらった。今は 装具を着けて リハビリ中。つま先は ダメだけど 踵を地面に着けて歩く訓練をしてる。治り具合に合わせて 装具を調整しないといけないけど それも 今週からは 10日に1回で 良いらしい。そんなワケで 今日から ボク達は 清瀧のおばあちゃん家に に 行く。


 星光市の東部にある 清瀧は ここ桜橋から 藤浜を越え プレアデスのある臨港地区を越え さらに 1時間。旧星崎町の中心 星崎駅の向こうへ2駅 行ったところにある。おばあちゃん家は 清瀧駅から 車で30分の山の中。最寄りのコンビニは Yin&Yan 清瀧駅前店ってゆー ド田舎だけど 冬は スキー 夏は 清瀧川で 水遊びができる 自然豊かな場所。そして なんと言っても 温泉。おばあちゃん家のある奥湯谷は 天然の温泉が湧き出る 源泉掛け流しの集落。おばあちゃん達は そこで昔 民宿を やっていた。おじいちゃんが死んじゃったから 今は もうやって無いけど。ボクが小さい頃は 夏と冬の忙しい時期は 何日も泊まって お手伝いをしてた。まぁ 主に 親が…だけどね。ボクらは 遊んでただけ。



 前にも 言ったかもだけど ボクは 高校生になってからも 毎年 夏は おばあちゃん家に泊めてもらって 絵を描いていた。今年は 瞳のケガがあったから そんなこと考えてなかったんだけど あの日 ふっと思いついた。清瀧 奥湯谷の温泉は 【三岡 政成の隠し湯】ってゆー言い伝えもあって ケガには よく効くらしい。瞳のケガに うってつけってワケだ。


 

「それじゃ ママ 行っていきまーす」


「うん。気をつけて。 調子乗って 転んだりすんじゃないよ。あと お世話になるんだから 失礼のねぇようにな」


「うん。わかってる。ママの娘だから 大丈夫」



 そう言うと 瞳は 改札口へと向かう。

 いつもの 階段は 使わず エレベーターで ホームへ。いつもより 少し 藤浜寄りの 乗車位置に立つ。ほんの ちょっとだけ ホームの景色が いつもと違う。夏の朝 もう既に 気温は30度を 超えている。いつもより 近くに立ち 左足を庇うように立つ 瞳に肩を貸す。瞳は ボクの右腕に 左腕を絡め ほんの少し ボクに 体重を預けてくれている。気温は 暑いんだけど 瞳の人肌が 心地いい。



 横に立つ瞳の顔を 見上げる。意志の強そうなきりっとした眉。真っ黒な瞳。やっぱり 黒くて長い睫毛がすごく綺麗だ…。もう数え切れないくらい 見つめた瞳の顔だけど やっぱり いつ見ても 最高に綺麗。今朝は ちょっと気合い入ったメイク。大人っぽい。機嫌は よくて よく笑う。でも 微かに緊張も 伝わってくる。瞳のTシャツに 顔を寄せ 匂いを嗅ぐ。


 旅の匂い。

 太陽と シャンプーと 微かな汗の匂い。女の子の香り。ボクの心を これ以上ないくらい落ち着かせて そして ザワつかせる 瞳の薫り。


 

「何よ?」


「……ん。彼氏 特権」


「ナニ それ?」


「一緒に 出かけられて 嬉しい」



 瞳の質問には 答えず 今の気持ちを 口にする。瞳は わかって 一緒に出かけてくれる。瞳も 返事せずに 絡めた腕に 力を 入れてくる。あの日 瞳の耳元で囁いた。一緒に 泊まりで おばあちゃん家に行こうって。そして もう一言。



『そこで 瞳のこと 抱きたい』



  瞳は 小さく頷いて



『わかった……頼んでみる』



 って 小声で返事してくれた。

 その後は 直接 その話は してないけど ボクは 心の片隅でずっと意識してる。たぶん 瞳も 意識してくれてる。腕に絡む 瞳の左腕から そのことを感じる。仄かな期待と 僅かの昂り そして 微かな不安…。瞳の肌の温もりを感じながら ボク達は 清瀧行きの各駅停車に 乗り込んだ。


 ………。

 ……。

 …。


  

 

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