part Kon 11/23 pm 12:32




  

「ありがと ちょっと満足。寒いし そろそろ 中に入ろっか…」



 亜樹が声をかけてくれる。


 

「……うん。あたし 市立美術館って 初めてだし 実は 美術展ってゆーのも 初めてなんだよね…。あたし このグリームスバーグって人 ぜんぜん 知らないんだけど 有名な人なの?」



 美術館の入り口に貼られたポスターを見ながら 亜樹に尋ねる。

 マフラーは 外したけど 恋人繋ぎ。

 ちょっと 心が 暖かい。


 亜樹も さっきより ずっといい顔してる。

 前半 なんかゴタゴタしたけど こっからは いい雰囲気で デートしたい。

 

 展覧会って あんま しゃべっちゃダメなんだろうけど 亜樹が 作品について 色々 語るのを聞くのは 面白そう。

 話の内容は ともかく 亜樹が一生懸命 話してるところは いつ見てもホント 可愛いからな…。



「……いや ごめん。ボクも よく知らないんだ」



 おおっと?

 亜樹が 知らないって口にするのって 珍しい。

 たいてい ネットやなんかで しっかり下調べしてるのに……。



「実はさ グリームスバーグ展じゃなくて こっちの 城隍記念藝術展じょうこうきねんげいじゅつてんの方に 見せたい絵があるんだ」


 

 亜樹の指差す方には グリームスバーグ展に比べると 地味なポスター。

 なんだか 難しそうな漢字が いっぱい並んだ展覧会。

 『1F ギャラリーにて 入場 無料』って 書かれている。

 


「そーなんだ? この『城なんとか』ってナニ?」


長谷浦はせうら 城隍じょうこう。光岡出身の日本画家。もう死んじゃってるけどね。その道では けっこう 有名な人。別に ボクも ファンってワケでも ないんだけど」



 ふーん。

 もちろん あたしは 知らない。

 たぶん ポスター右下の白黒写真の 髭のお爺ちゃん。


 まあ 正直『グリームスナンチャラ』だろうが『城なんとか』だろうが あたしは どっちでもいい。

 どーせ 知らないし。

 


「わかった。あたし 亜樹が興味ある方で ぜんぜん いいよ。どっちでも 楽しめると思うし」



 いや マジで。

 あたしは 絵じゃなくて 絵について語る 亜樹を見にきたワケだから。



「じゃあ 先に城隍記念展でもいい? 見て欲しい絵があるし。もし 気に入らなかったら グリームスバーグって感じで…」


「了解~。 まあ 亜樹に任せるよ」



 亜樹に 手を繋いでもらって 城隍展の方に入る。


 薄暗い部屋の黒壁に スポットライトを浴びた額縁ってゆー あたしのイメージと ぜんぜん 違って 蛍光灯照明の広い部屋に 白い壁。

 そこに 大小 様々なサイズの絵が飾られている。


 リアルな感じの風景画。

 絵の具を塗ったくっただけに見える抽象絵画。


 ずらっと 並んだ絵を 一点一点 丁寧に見ていくのかな? と思いきや 亜樹は 探している絵があるらしく あたしの手を繋いだまま ドンドン 奥へと進んで行く。


 

 ピタリと 亜樹の足が止まる。


 

 どうやら お目当ての絵を見つけたらしい。

 亜樹の視線の先を 目で追う。




 ……そこに『あたし』が居た。




 一番奥の壁。

 3枚並んで 飾られた 右側の1枚。


 モノクロ写真。


 左目を中心に顔の一部が写った作品。

 顔の全体は 写ってないけど 見間違えるハズもない。

 17年間 毎日 見てる あたしの顔。



 ……ううん。

 違う。

 たぶん あれは 絵。


 亜樹が あたしをモデルに描いたってゆー油絵だ。

 

 

 もう少し 近づく。


 作品の下のプレートには 銀の花飾り。

 

 

 準 特選 『瞳~hitomi~』 宮村 亜樹(17)



 絵の中のあたしは こんな貌してたら どんな相手にでも 絶対 負けないってゆーような 研ぎ澄まされた表情。

 

 亜樹は スタインバックで撮った写真を基に 描いたって言ってた。

 でも あの時の あたしは こんな表情 絶対してなかった。


 写真を基に描いたってゆーのは 本当なんだろう。

 だけど 写真 そのままじゃなくて 亜樹の記憶の中にある あたしの 一番いい表情を 想って描いてくれたんだ。


 それは あたしのこと いつもいつも しっかりと見つめてくれてたってことの証。


 

 くっきりはっきりした気の強そうな一重瞼。

 これまた くっきりはっきりした黒い眉。


 

 これまで何度も 鏡で見ては ゲンナリして タメ息をついた。

 でも 今 亜樹の眼を通して見る あたしの顔は タメ息が出るほど 美しい。


 写真と見惑うぐらいに 精緻なのに どこまでも美化されてる。

 

 亜樹が 美人 綺麗って言ってくれてるのが お世辞じゃなくて本気なんだってゆーのも ひしひしと伝わってくる。

 でも ゲームセンターのシールプリント機みたいに いかにも〈盛った〉って感じでもない。

 

 あたし自身が 自分がこんな顔してるときがあるって 信じることができる。

 あたしの最高に美しい瞬間。

 その一瞬を 亜樹が 絵筆に留めてくれたんだ。



 


「……亜樹 ありがと」


「うん。自分でも 頑張れたって思う。けど 描きたいって 思わせてくれたのは 瞳 だから。……こっちこそ ありがと」


「ううん」



 もう一度 作品をゆっくりと見つめる。

 亜樹の小さな手が あたしの左手を ぎゅっと握りしめてくれてる。


 絵の中のあたしの顔が 歪み始める。

 

 ……ヤバい。

 涙が 溢れそうになってきた。


 慌てて 絵から眼を逸らし デイバッグから ハンカチを取り出す。



「瞳 どうしたの? 大丈夫?」


「あっ うん。大丈夫。大丈夫だから……」



 ハンカチで 軽く目元を押さえると 亜樹の方を向き直る。



「……いやぁ あたし 幸せ者だなぁ…って。こんなに真剣に あたしのこと 見つめてくれてる人が 自分の彼氏だなんて ちょっと幸せすぎて 心配になっちゃうくらい」


「これ 描いてるときは 瞳と付き合えるなんて 絶対 無いって思ってて それでも好きで ホント 気が狂いそうで…… たぶん 絵にぶつけてなかったら 本当に発狂してたかも……」



 そこまで 言って 亜樹は 口をつぐむ。

 そして ハンカチを持った手を 両手で包んでくれる。

 その手は 冷えてたけど 亜樹の心の温もりが じわっと伝わってくる。



「……描き終わったらさ 瞳のこと 諦めるって決めて 毎日 毎晩 ボロボロ泣きながら描いてた」


「諦められた?」


「……ある意味ね。これからは ボクは こんのさんの親友の〈あきちゃん〉なんだって。誕生日の日も そんな気持ちだった」



 亜樹は 右手で あたしの手を握りしめたまま 再び 絵に正対する。



「でもさ。世界中の誰1人 ボクが男の子だって知らなくてもさ。この絵は 男の子のボクが 大好きな女の子のこと想って 描いた絵。さっき 瞳に 怒られたけど 正直 ボク自身 自分が ホントに男の子なのかどうか 自信なくなっちゃうようなときも あるんだ……。情けないハナシだけど」



 亜樹の呟くような 告白。

 それは 亜樹の心の声。


 あたしは 自分が女ってことに 疑問を持ったことは ない。


 でも そんな あたしですら 髪の毛 切り過ぎたぐらいのことで『男子って思われるんじゃあ?』って 不安になったことは ある。

 まして 自分の身体が 女の子の姿 だったら どーだろう?


 

「この絵は『ボク』なんだ。描いた方のボクは 不安定で 曖昧になっちゃうような 頼んないヤツなんだけど。この絵は100%『ボク』が描いた」


「うん」



 亜樹がカッコつけてなきゃいけない理由。

 そうしてなきゃ 亜樹は 亜樹でいられないんだ。

 周りの視線や声に流されて 消えてなくなっちゃうかもしれない。


 自分が男の子だってゆーのは 亜樹にとっても自明のことじゃあ ない。

 自分が男の子だって いつも気を張ってなきゃなんない。

 それが『カッコつける』ってこと。

 


「いてくれて ありがと」


「?」


「亜樹が カッコつけで よかった」


「何?」


「ううん。独り言。それよりさ この絵って 準特選だったんでしょ? こんな立派な展覧会に 飾ってもらったんだし 賞金とか出たんじゃないの?」



 コンクールとかって 賞金100万円とか そーゆーイメージなんだけど。


 

「あー それなんだけど 一応さ 副賞で10万円もらった……」


「スゴいじゃん!」


「……いや。それがさ こないだから美大受験塾に行ってるでしょ。アレってスゴい受講料 高いんだよね…。それでさ 全額 ママに没収されちゃったんだ。手元に残ってたら 瞳になんかプレゼント買ってあげたかったんだけど……。ごめん」


「やだ。そーゆー意味で 言ったんじゃないの。そーじゃなくて 亜樹の絵が 評価されてお金になったんでしょ? 画家への 第一歩じゃん」



 10万円じゃ 食べては いけないけど でも お金になったってゆーのは事実。

 それって自信にならないかな?

 お家の人に対する実績にもなると思うし。



「あー そう言えばそうかも…。けど…」



 けどナニ?

 なんかまた 優柔不断な態度。

 お金になったんだし 素直に喜べば いいのに。


 カッコいいって思わせてといて また 落としてくる。

 

 まあ 性格だしな。

 そう 簡単には 変わらないよね…。

 分かってるけど モヤっとする。

 

 

「なんか 画家は もう いいかな。これ描いて思ったけど 全身全霊かけて描ける題材って 瞳ぐらいしか 思いつかないって解ったんだ」

 


 ……う。

 真面目な顔で そんなこと言わないで欲しい。

 思いっきり胸キュン。


 上がったり下がったりジェットコースター。



「美大 行ってデザインの勉強しようって思ったのも 瞳がヒントくれたってゆーのもあるけど この絵 描いたのが 大きいかも。前にもコンクール薦めてくれたじゃん。実はさ 毎年 出してたんだ…。でも 中1のときに 1度 佳作になったっきり 全然 ダメだった」



 コンクール 毎年 落ちてたのか…。

 だから 話題 振った時 微妙な表情。



「今 考えると テーマが 上っ面だったり テクニックに走り過ぎてたり。瞳のアイデアノート見て 酷いこと言ったことあるけど ホント アレって 自分にブーメラン。描くのは 好きだけど 自分を表現するのは 苦手。本気の本気で恋して 死にたくなるくらい苦しんで やっと描きたいテーマが絞り出せる。そんなこと仕事にするとか ちょっとキビシ過ぎるよね。だから 伝えたいことがある人の想いをさ 描いてあげれたらいいかな…って」



 亜樹って やっぱ 頭いいから 考え過ぎちゃうんだろうな。

 優柔不断に見えるのは いっぱい考えてるから。

 

 大丈夫だよって言ってあげなきゃね……彼女として。

 

 ……イラッとするんじゃなくて。



「……あたしはさ 逆のこと思った。あたし 絵のことは ぜんぜん わかんないし 展覧会 来たのも初めてだけど この絵を見てさ 涙が出そうになった。この絵ってさ スゴくリアルで 写真で撮ったみたいだけど 写真で撮ったあたしより 絶対 綺麗。 それって 亜樹が あたしのこと こんな風に見てくれてるってことでしょ? 亜樹が見えてる世界が あたしにも見えるってスゴくない? 亜樹が 世界をどんなに綺麗に見てるか 他の人に伝えることができるって ものすごいことじゃん。亜樹は 絶対 絵を描くのやめちゃダメだと思うよ」



 亜樹は ちょっとビックリしたような表情。



「デザインの勉強したらって 言ったのは あたしだし それがダメってゆーんじゃないよ? でも 他の人のためだけじゃなくて 亜樹の描きたいものを描くってゆーのは 続けて欲しい。……だって あたしが見たいから」


「……うん。ありがと」



 亜樹の右手をぎゅって 握ると力強く 握り返してくれる。



「描きたいもの見つけたら また 描くよ。…でも ホント 瞳くらいしか 今 描きたいものないし」


「……ヌードモデルしてあげよっか?」



 小声で囁くと 顔を真っ赤にして 目を白黒させてる。


 その様子が あんまり おかしくて つい 大声で笑っちゃったら 美術館の人に 思い切り睨まれた。


 ……ここは美術館。

 静粛にしなきゃね……。

 ………。

 ……。

 …。

 


 


             to be continued in “part Aki 11/23 pm 3:45”

 


 

 



 

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