第28話 大聖女様の力の贈与

「お忙しい中、わざわざ調べてくださってありがとうございます」

「気にするな。本当だとしたら、放ってはおけんからな。それで調べた結果なのだが、まず2級聖女の紋章が変化した例。これが最初に見られたのは、今から約千年前……当時の大聖女様が現れた時だ」

「大聖女様が!?」


 ミシェル様と同じ、千年前の大聖女様。

 いきなり思わぬ人物が出てきました。


「知っての通り聖女の中には生まれつき紋章を持っている者と、ある時突然紋章が現れて力に目覚める者がいる。だがこの時の大聖女様の場合特殊だったらしく、生まれつき2級聖女の紋章を持っていたものの、ある日色無しだった紋章が七色に色づいて、浄化の力が桁違いにはね上がったらしい」

「つまり2つのパターンを、合体させたようなものと言うことですか?」

「まあ、そんなところだろう。もっともこの大聖女様の場合は一度色づいたら、その後色無しに戻る事はなかったようだがな」


 そうなんですね。

 だとしたら、私のとは違うのではないでしょうか? 私の場合は、すぐに色が元に戻ってしまいましたし。

 だけど、ハンス様はさらに続けます。


「話はこれで終わりではない。実はこの大聖女様にはある特性があったとされている。特級聖女や大聖女が他の聖女には無い特性を持つという話は、知っておるだろう」

「あー、アタシが魔物をやっつける力を持ってるようなやつね」

「そうだ。そしてこの大聖女様の特性というのが、他の聖女に自身の力を分け与え、浄化の力を増幅させるというものなのだ」

「……はい?」


 ハンス様の話を聞いても、今一つよくわからずに、私たちは顔を見合わせる。


「順を追って説明していこう。まずこの特性に気づいたきっかけはある時、仲間の聖女の一人が穢れ病に犯された時だった。浄化の力を持つ聖女と言えど、稀に穢れ病に掛かることがあるからな」


 そうなのです。

 浄化の力を持つ聖女は穢れに耐性があるため、穢れ病に掛かりにくいと言われているのですが、それも絶対というわけではないのですよね。


「その際、大聖女様が浄化をしたことでその聖女は治ったのだが、後日異変が起きたそうだ。何でもその聖女の浄化の力が増していて、更には浄化を行う時には、体に刻まれていた紋章が上位のものに変化したのだとか」

「それってひょっとして、私の時と同じですか!?」


 正確には私の場合は、紋章を確認したのは浄化を行った直後なのですが。

 だけどもしかしたら私にも、その千年前の聖女と同じことが起こっているのかも。


「この事態に当時の教会も調べを進めたところ、原因は大聖女様にあるのかもしれんという仮説が出た。大聖女様が他の聖女に、自分の力を貸し与える事ができるのではないかとな」

「それがさっき言ってた大聖女の特性? それじゃあひょっとして力が増した聖女は、大聖女の治療を受けた際に力をもらったってこと?」

「そう考える説もあったそうだ。ただ何度か試したところ、大聖女の治療を受けても必ず力が増すというわけではなく、本当に関連があるという裏付けは取れずに終わったそうだ」


 なるほど。

 力を分け与えるなんて凄いことをやっていたのなら、もっと有名な話になっててもいいのにと思ったのですが。きっと真偽が定かでなかったため、広まらなかったのでしょうね。


「まだ仮説の域を出てはいないが、千年前の大聖女の力の贈与の特性が真実で、ミシェル様がそれと似たような特性を持っていたのだとしたら。マルティアの力の増幅、紋章が変化のも辻褄が合う」

「俺が? つまりマルの紋章が変わって力が増したのは、俺の影響だってこと?」


 確かに、それなら筋が通ります。私はミシェル様から浄化治療を受けたわけではないですけど、ここ最近は行動を共にしていたわけですから。何らかの形でその力の贈与を受けた可能性はありますよね。

 するとミシェル様は、考えるように腕を組みます。


「て言われても、実感がないなあ。マルとは普通に過ごしてただけなのに。けどその力の贈与ってのを俺ができる可能性は、あるわけだよな。特級聖女や大聖女は浄化以外に特別な能力を持つことが多いのに、俺は何もなかったもの」

「そういやミシェル、大聖女だってのに未だに特別な能力は見つかってなかったったんだっけ」

「ああ。ダイアンみたいに分かりやすいやつだったら、簡単だったのに」


 確かにミシェル様の特性が力の贈与だったとしたら、ダイアン様の戦う力と違って気づくのは難しそうです。

 それにしても、私はミシェル様から力を分けてもらったことで、2級以上の力を発揮できてたのでしょうか?

 まだ仮説の域はでていませんけど、もしそうなら嬉しい。

 だってミシェル様と、見えない繋がりを感じるのですから。

 

 しかし、そんな喜ぶ私とは裏腹に、ハンス様が難しい顔をします。


「さて、問題はこれをどう扱うかだ。本当なら確かめるために、色々実験してみたいところではあるのですが……」

「それの何が問題なの? 俺は別に構わないけど」

「贈与の特性が本当だとして、そのための条件が全く分かっていないのが問題なのです。もしも一緒に過ごした事が力の贈与の切っ掛けだったとしたら、迂闊に実験はできません」

「なんで? 実験って、他の聖女何人かと、一緒に行動するだけでしょ」

「……お忘れですか? ミシェル様は性別を偽っているのですよ。一緒にいる時間が長ければ長いほど、それが露見する可能性が高くなります」

「……あ」


 ミシェル様はポカンと口を開けましたけど、私もすっかり失念していました。

 確かにそれだと、バレてしまう危険がありますね。


「これについては、少し慎重に吟味する必要があるでしょう。もしも仮説が本当だとしたら、上手くいけば聖女全体の能力の底上げに繋がるだけに、残念ですけど」

「同感。俺が男だって事が、こんな弊害を生むなんてね。暫くはマルの様子を見て、変化が無いか確認するくらいしかできないかな」


確かに、それしかなさそうです。

今の仮説が正しいにせよ間違っているにせよ、実際に変化が現れているのは私なのですから。これからは自分のことを、もっと注意して見ておかないと。


「何にせよ、これに関しては上で話し合うので、3人とも他言無用で頼みます。そして、それよりも今すべきは……」


 ハンス様はここで一旦言葉を区切って私達の後ろ、部屋の中を見渡した。


「まずは部屋の片付けをお願いします。自分達で散らかしたのですから、責任もって!」


 ため息をつきながら、頭を押さえるハンス様。

 そ、そうでした。さっきミシェル様とダイアン様が物を投げ合ったせいで、部屋の中は滅茶苦茶になっていたのです!


「うわー、改めて見ると酷い有り様だわ。ミシェルが考え無しに物投げるから」

「なんだよ。ダイアンだってやったじゃん」


 ぶつぶつ文句を言い合っていますけど、お二人とも、少しは反省してくださーい!


 さっきの真面目な雰囲気から一転。

 改めて部屋の惨状を見た私達は、一様にため息をつくのでした。

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