第29話 お世話係は辞めません!

 ハンス様に部屋の片付けを言い渡され、私たちは揃って取りかかります。


 厄介なのは、紅茶の茶葉が床に散乱していたこと。

 近くに紅茶の缶が転がっていましたから、きっとどちらかが投げた際にこぼれたのでしょうね。

 いったいどっちが投げたのか。


「そりゃあ投げたのはダイアンだろ。ほら見てよこの位置。俺が投げたんだったら、こんな場所に転がってないじゃん」

「なに言ってんの。アタシはちゃんと投げる物は選んでましたー。こんな後片付けが大変になりそうな物、投げてませーん」

「信用できないなあ。デカくて重い置物を容赦なくぶん投げといて、よく言うよ」


 ああ、またお二人がケンカをはじめてしまいました。

 ハンスさんは用事があるからと言って出て行ってしまいましたし、このままではらちが明きません。


「お二人とも、どっちがやったのでもいいですから、まずは手を動かしましょう。私は桶に水を汲んできますから、二人はできるところから片付けておいてください」

「「はーい」」


 二人に指示を出して、桶を手にして部屋を出て行く。

 よく考えたらお世話係にすぎない私がミシェル様やダイアン様に指示を出すなんて恐れ多い事なのですけど、ハンスさんから甘やかさないよう言われています。

 お二人にも困ったものです。実年齢はともかく、まるで手の掛かる弟や妹ができたみたい。

 ただ、大変ではありますけど……。


(この状況を、楽しいって思ってしまうのは何故なのでしょうね?)


 ミシェル様の秘密を知ってお世話係になって、さらにダイアン様が加わってから、毎日が楽しくて仕方がありません。

 

 そんなことを考えながら向かったのは、教会の中庭にある井戸。

 そして掃除に使うための水を、桶に入れていたのですが……。


「マルティアさん、ちょっといいかしら?」


 不意に後ろから聞こえてきた冷たい声に、体がビクッと震える。

 振り返ると、そこにいたのは……。


「……シャーロットさん」


 ウェーブの掛かったブロンドヘアーにつり目のその人は、1級聖女のシャーロットさん。

 初めてミシェル様に声をかけられた時、私に水をかぶせたあの人です。

 そして彼女の後ろには同じく聖女の方々が、ぞろぞろと集まっているのですけど、皆さん一様に冷たい目をされています。


「あの……皆さん、何の御用でしょうか?」


 恐る恐る尋ねると、シャーロットさんが口を開く。


「単刀直入に言うわ。マルティアさん、あなたミシェル様のお世話係を、辞めてくださらない?」

「──っ! それは、どういった理由ででしょうか?」


 いきなり辞めろだなんて言われても、納得できません。

 するとシャーロットさんはズカズカとこっちに近づいてくると……いきなり、髪を鷲掴みにしてきました。


「痛っ! な、何を!?」

「うるさい! 理由なんて分かりきってるでしょう! 力の弱い役立たずの2級聖女が、しかもこんな気味の悪い髪をしているアナタがミシェル様のお世話係なんて、間違ってるのよ!」


 髪を引っ張りながら、罵声を浴びせてくるシャーロットさん。

 すると今度は突き飛ばしてきて、私は地面に倒れ込む。

 更に、シャーロットさんの後ろにいた子達も口々に言います。


「本当に恥知らず。あなたが傍にいるせいで、ミシェル様の評判が落ちたらどうしますの!」

「最近は特級聖女のダイアン様も一緒にいて。どう媚を売ったか知りませんけど、身の程知らずも大概にしなさい!」

「お世話係になったのだって、どうせズルい手を使ったのでしょう。でなきゃあなたみたいな気味の悪い子を、ミシェル様がお選びになるはずありませんもの!」


 浴びせられる言葉の一つ一つが、胸をえぐっていく。

 気味の悪い髪……身の程知らず……そんなこと、私だって分かってます。

 だけど……。


「最後のチャンスよマルティア。お世話係を辞めなさい。そうすれば、今までのことは許してあげる。あなただって本当は、自分がミシェル様の側にいるべきじゃない、相応しくないって、分かっているのでしょう?」


 悪意のこもった、突き刺さるような視線と言葉。

 私は、ミシェル様に相応しくない……確かに、その通りなのかもしれません。


 元々偶然ミシェル様の秘密を知ってしまったのがきっかけで、お世話係になった。ただそれだけ。

 だけど……だけどそれでも……。


『私は今回の件がなくても、アナタをお世話係にしようと思っていたわ』


 甦ってきたのはお世話係になったあの日、ミシェル様に言われた言葉。

 まだ知り合ったばかりで男性慣れしていなかった私に、ウィッグをつけて口調も合わせて、できるだけ怖くないようにしながら、話をしてくれたのですよね。


 そしてそんなミシェル様は、昔穢れ病に掛かったのを治療した私を、最初から気にかけてくれていました。

 そんなミシェル様から離れるなんて……。


「……お断り……します」

「はぁ? 今なんて──」

「お断りしますと言ったのです! シャーロットさん達がなんと言おうと、私はミシェル様のお世話係を辞めるつもりはありません!」


 手も足も震えていたけど、強くハッキリと言い放つ。

 そして地面に両膝をついたまま体を起こすと、シャーロットさん達をしっかりと見つめる。


 経緯は複雑ですけど、ミシェル様の気持ちに応えるため……いいえ、違いますね。

 ミシェル様の為だなんて建前。辞めたくない本当の理由は、ただ私がそうしたいからという、身勝手なもの。


 もしかしたら自分の欲望を優先させるこの行為は、聖女にあるまじき考え方なのかもしれません。

 だけどそれでも、私は生まれて初めて思ったのです。今いるこの場所を、失いたくないって。

 だから怖くても、シャーロットさんに逆らいました。


 ですが当然、それで納得するほど彼女は甘くなく。顔をしかめたかと思うと……いきなり、私のお腹を蹴飛ばしてきました!


「このっ、調子にのってんじゃないわよ!」

「あうっ!?」


 蹴られたお腹に、激痛が走った!

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