第30話 友情の崩壊

 一瞬息ができなくなって、次の瞬間にはゲホゲホと咳き込む。

 だけどこれには、シャーロットさんの後ろにいた子達も驚いた様子。


「シャ、シャーロットさん、それはさすがに……」

「お黙りなさい! コイツさえいなければ、私がお世話係に選ばれていたのに!」


 そうとは限らないのに。

 もはやシャーロットさんからは、私への憎悪しか感じません。


 だけど私も、ここだけは絶対に譲りたくない。


「何を仰られても同じです。お世話係は絶対に辞めま──」


 バシッ!


 今度は頬に激しい痛みが走って、起こしていた体が再び地面につく。

 シャーロットさんが頬をひっぱたいたのですが……これには私よりも、彼女の取り巻き達の方が慌てました。


「シャ、シャーロットさん。顔はまずいですって」

「怪我でもさせてミシェル様に知られてしまっては、どうなる事か」

「──っ!」


 事態に気づいたシャーロットさんの顔が、サーッと青ざめていく。

 一方私は、殴られた頬がジンジンと痛む。もしかしたら、怪我をしているかも。


 するとそれを裏付けるように、シャーロットさんは私を見ながらさらに顔色を悪くしていく。


「わ、わたくしは悪くありませんは。これは、彼女が言うことを聞かないからで……そうでしょう!」


 取り巻き達に同意を求めるも、それに頷く人は一人もいません。

 それどころか、皆一様に距離を取っていきます。


 するとそんな態度が気に入らなかったのか、シャーロットさんはますます感情を爆発させる。


「何とか言いなさい! あなた達だって、マルティアはお世話係に相応しくないって仰ってたじゃありませんか!」

「し、知りません。私はただ、ついてきただけです」

「私達は、マルティアを叩いてなんかいません。今回の件とは、何の関係もありません」

「何ですって!? あなた達、誰に向かって言ってるか分かっているのですか!」


 始まった仲間割れに、責任の押し付け合い。

 今まで見てきた彼女達は仲良さそうにしていましたけど、こうもあっさり見捨てられるなんて。

 自分が殴られた事より、彼女達のそんな薄っぺらい友情の方が驚き、虚しさが広がっていく。


 そうしているうちに一人が「とにかく、私は関係ありません」と言って逃げるように去ったのを皮切りに、一人、また一人とシャーロットさんの元を離れていきます。


 やがて大勢いた取り巻きは一人もいなくなり、最後は私と、シャーロットさんだけが取り残されました。

 

「なんて子達なの……これも全部、あなたのせいよ! 絶対に許さない!」


 尚も怒りの言葉をぶつけてきましたけど、その声は震えている。

 私はそんな彼女を見つめながら、ゆっくりと立ち上がりました。


「許してもらわなくても結構です。ですがさっきも言ったように、お世話係だけは辞めるつもりはありません。ですから、もうこのような事はやめてください」

「わ、私に指図しようというの!?」

「そう受け取ってもらっても構いません。今後何もしてこないと約束してくれるのなら、今回の件は誰にも言わないと誓います。もちろん、ミシェル様やダイアン様にも」

「──っ!」


 シャーロットさんの表情が、ますます強ばる。

 さっきの私の発言は言い方を変えれば、約束してくれないのならバラすと言って脅しているようなもの。


 ミシェル様達をダシに使ってしまっていて心苦しいですけど、今は……。

 シャーロット様はしばらく黙ったまま私を睨み付けていましたけど、やがて観念したように言う。


「約束する……すればいいんでしょう! アンタなんかと、関わるんじゃなかったわ、この疫病神!」


 言いたいことだけ言うと踵を返して、逃げるように去って行くシャーロットさん。

 結局一言の謝罪もなく、最後まで怒りと憎しみをぶつけられましたけど、これでようやく終わりました。

 

 するとホッとしたとたん再び足が震えてきて、気を抜くとまた倒れてしまいそうです。


 はは……この前はたくさんの魔物が蠢く戦場に行ったというのに、たったあれだけのことで震えが止まらなくなるなんて、我ながら情けないです。

 けど良かった。これでまだ、ミシェル様のお世話係を続けられます。


 本当は自分がお世話係なんて、相応しくないって分かっています。

 ミシェル様は可愛がってくれていますけど、他にもっと相応しい方はたくさんいますもの。

 それでもこのお役目を譲りたくないと頑なになってしまうのは私のわがまま。どうやらいつの間にか、私は欲張りになってしまっていたみたいです。


 ミシェル様は私がこんな人だと知っても、幻滅しないでいてくれるでしょうか……。


「……はっ! そういえば、水汲みの途中でした」


 いけません。掃除に使う水を汲みに来ていたのに、すっかり忘れてしまっていました。

 まだ震えの残る足で立ち上がると、急いで水を汲み始める。


 その後慌てて水の入った桶を持って部屋に戻りましたけど、ミシェル様とダイアン様は帰ってきた私を見て仰天しました。


「ちょっとマルティアちゃん、どうしたのその顔!?」

「まさか、誰かに殴られたの? 許さない……叩き斬る!」


 わー、待ってくださいー!

 ウィッグもメイクも無しに部屋を飛び出そうとするミシェル様を慌てて止めると、転んだだけだと説明しおます。


 お二人の反応を見るとやはり私の頬は腫れているみたいで、ミシェル様もダイアン様も納得してなさそうな顔をされていますけど、真実を告げるわけにはいきません。

 シャーロットさんにされたことを気にしてないわけではないですけど、約束は約束ですから。


 こうして無理矢理、この話はおしまいにしてもらいました。

 お二人に嘘をついたのは申し訳ないですけど、もう終わった事ですから。これ以上、騒ぎを大きくする必要は無いですよね。

 反省してくれたのならこれでいい。そう思っていましたけど……。


 まさかこの時の出来事がきっかけで、後にあのような事態になるなんて……。

 この時の私は、まだ知りませんでした。

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