第31話 闇の誘い【シャーロットside】

【シャーロットside】


 今にも爆発しそうな気持ちを抑えながら、教会の廊下を、シャーロットはズカズカと歩いていた。


 シャーロットは数いる一般聖女の中でも上位に当たる1級聖女。その中でも強い力を持っていて、更には伯爵令嬢でもある彼女は聖女達の中でも一目置かれる存在だった。


 容姿にも優れていて、非の打ち所の無い完璧な聖女。誰もが讃え、羨望の眼差しを向けられる特別な存在。シャーロット自身も、そう思っていたのだが……。


 今彼女の周りには、さっきまでいた取り巻きの姿は一人もいない。シャーロットは見捨てられたのだ。

 そしてその原因となったのが今まで見下してきたマルティアであることが、さらに彼女を苛立たせている。


 時折すれ違う人は怒りに満ちたシャーロットの顔を見てギョッとするも、誰一人声をかけようとはしない。

 彼女はそのまま宿舎にある部屋へと戻ったが、中に入ってドアを閉めたとたん、溜め込んでいた気持ちを爆発させた。


「ああああっ! 許せない、許せない、許せない! マルティア・ブール、どうしてあんな奴がぁっ!」


 わめき散らしながら、部屋の隅にあるベッドへとダイブする。だけど当然、こんなことで気持ちは収まらない。


 いったいどうしてこうなった?

 しばらく前、大聖女であるミシェルが教会入りした時、シャーロットは思った。

 彼女のお世話係になろう。そうすれば自分の評価はさらに上がり、羨望の眼差しを受けることができると。


 なのにある朝、そのミシェルに行いを咎められ、シャーロットはそれが納得いかなかった。

 自分はただ、生意気な白髪の女を凝らしめてやっただけなのに、どうして責められなければならないのか。

 悪いのは私じゃない、あの女なのに、と。


 なのにあろうことかそのマルティアが、狙っていた大聖女のお世話係になったことで、更に憎悪を募らせていく。


 見下していたはずの白髪の女が、自分のものになるはずだったものを、横からかすめ取っていった。

 現実はどうであれ、シャーロットにとってはそれが真実なのだ。


 そんなマルティアがちやほやされて調子に乗る様を見るのは、シャーロットにとって耐え難い苦痛。

 だからマルティアからそれらを奪う……いや、取り戻そうとしたのだが、結果取り巻き達まで離れていく始末。


 おかしい。こんなの間違ってる。

 たくさんのものを奪っていったマルティアも、自分を見捨てた者達も、全てが憎かった。


 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!


「……全て、壊れてしまえば良いのに」


 誰に聞かせるわけでもなく、ポツリと呟いた言葉。

 だけど次の瞬間。


「……だったらさ、自分で壊しちゃえば?」


 不意に聞こえた声に、ガバッと身を起こす。

 今のはいったい、誰の声なのか。部屋には自分しかいないはずなのにと、シャーロットは恐怖を覚える。


 そして恐る恐る後ろを振り返ると……。


 そこにはいたのは、椅子に腰かけた自分と同い年くらいの……白髪の女だった。


「あ、あなたはいったい? どこから入ってきたの!?」


 突然の侵入者に、口をパクパクさせる。

 修道服ではなく黒いローブを身に纏った彼女は、教会関係者のようには見えない。

 だけど感じていた恐怖は、すぐに怒りへと変わる。その理由は、侵入者の髪。

 憎くてしかたがないマルティアと同じ、白い髪をしている。それだけで、シャーロットの憎悪をたぎらせるには十分だった。


 だけど彼女はそんなシャーロットに、無邪気に笑いかける。


「そう怖い顔しないでよ。もしかして、アタシの髪が白いからムカついてるの? だったらこれでどうかな?」

「えっ!?」


 信じられない事が起こった。

 さっきまで確かに白かった彼女の髪が、一瞬のうちに自分と同じ金色へと変化したのだ。


 これはいったいどういう事か。だけど困惑していると、彼女は更に続ける。


「もっと色々変われるよ。どれが良い?」


 今度は赤に、次は黒へと次々と変わる髪の色。

 呆気にとられていると、髪は最初に変化した金色へと戻る。


「まあ、こんなのどうだっていいんだけどね。それに本当はあなただって、別に白髪が嫌いなわけじゃないんでしょ。本当に嫌いなのは、自分を不幸にしたマルティアちゃん。違う?」


 ──確かにそうだ。

 実を言うとシャーロットは最近まで、マルティアのことが嫌いなわけではなかった。

 ただ不吉とされている白い髪をしているから、見下してもいい。蔑む対象として扱っていただけで、別段嫌っているわけではなかったのだ。

 もっとも、今は髪など関係無しに、マルティアのことを憎んでいるのだが。


「安心して。ボクは君の味方だから。マルティアちゃんだけちやほやされるなんて不公平じゃない? ねえ、あの子のこと、許せないよね?」

「…………ええ」

「そうでしょそうでしょ。だって君の大切なものを奪っていった、極悪人なんだもの。あんな奴、消えてなくなってしまえば良いよねー」

「ええ……ええ、そうね」


 返事をする声が、だんだん強くなっていく。

 彼女が何者なのかは分からない。けど確かなのは、自分の気持ちを理解してくれているということ。

 憎くて仕方のないマルティアのことを否定し、自分を肯定してくれている。それだけで、心を許しかけている。


 最初はマルティアと同じ白い髪に警戒心を抱いていたけど、なるほど。確かにそんなものはどうでも良い。

 大事なのは、自分の考えに賛同してくれているかだ。


「そうよ。そもそもあんな奴、いなければ良かったのよ。ミシェル様もミシェル様だわ。私を無下にして、あんな子を選ぶだなんて。逃げていった子達も許せない。正しいのは私、私なのに!」

「うん、シャーロットちゃんは正しい。だから悪い奴は全部……壊しちゃいなよ」

「壊す……」


 シャーロットは、彼女が何を言っているのか分からなかった。

 目障りなものを全部壊すことができれば、確かにこの嫌な気持ちも消えるかもしれない。

 だけどそんなこと、どうやったらできるというのか。


 すると彼女はニィっと口角を上げて、シャーロットに告げる。


「それができるだけの力を、アタシならあげられる。どう、シャーロットちゃん。そんな力、ほしくない? 目障りな奴、憎い奴をぜーんぶ、壊せるだけの力。マルティアちゃんも、逃げていった子達も、君を認めなかった大聖女様も全部」

「ええ……いえ、待ってください。全部って、ミシェル様も? さすがに、大聖女様まで巻き込むのは……」


 一瞬頷きかけたシャーロットだったが、大事なことに気づいてさすがに躊躇する。

 自分をぞんざいに扱ったミシェルのことも、今となっては確かに憎い。

 しかしだからといって、大聖女に歯向かって良いものか。

 だが、そんなシャーロットに彼女は尚も語りかける。


「もっと自分に正直になろうよ。本当は相手が大聖女様だろうと、憎んでいるんでしょう? 別に遠慮することないって。だって先に裏切ったのは、大聖女様の方じゃない」

「裏切ったのは大聖女様……そうよ、私は悪くないわ……」

「そうそう。確かに大聖女様は世界の希望だけど、君のことは幸せにしてくれなかった。だっらついでに、壊しちゃってもよくない?」


 彼女の言葉は、まるで蔦となって絡み付くように、シャーロットの心を捕らえていく。

 いかにシャーロットが自分本意な性格であろうとも、普通ならこのような戯れ言に耳を貸したりはしなかっただろう。

 しかし踏み込んではいけない道に誘うだけの何かが、彼女の言葉にはあった。

 そしてその甘い誘惑に負け、シャーロットはついに答えてしまう。


「……アナタの言う通りよ。私は、私を陥れた者達が憎い。だから、その全てを壊せるだけの力を頂戴」 

「もちろん。だけど、最後に確認するね。大聖女様を傷つけることになっても、本当にいいんだね? 教会が大切にしている、大聖女様を」

「もちろんよ! あんなの大聖女様なんかじゃない。私を認めず、マルティアなんかを側に置くような人なんですもの」

「あはっ、あははははっ! いいよ、契約成立だ。誰かの大切なものを壊してでも叶えたいという大きな欲……ソノ欲望、頂クヨ!」


 次の瞬間、シャーロットに向かって彼女が手をかざすと、そこから黒い何かが放たれて、シャーロットの中へと吸い込まれていく。


 すると途端に、シャーロットは胸を押さえて苦しみ出す。


「ううっ! く、苦しい……なに、これ?」

「大丈夫、苦しいのは最初のうちだけだから。それより、どうやって壊す? 首をちょん切る? 手足を折って動けなくして、気がすむまでいたぶる? そうだ、ぐしゃぐしゃな泣き顔が見たいなら、泣くための目玉は最後までとっておこうよ。あはっ、あははははっ!」


……それも悪くない。


 胸を押さえ、苦しみに耐えるシャーロットだったが、涙を流して絶望に歪むマルティアの顔を想像しながら、笑みを浮かべるのだった。

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