第32話 大聖女様とお忍びデート
大聖女様は多忙。この前の遠征の時ほどではありませんど、浄化のお仕事もだんだんと増えてきていて、お世話係の私も大忙しです。
けどさすがに、私もミシェル様もお休みが全く無いわけじゃありません。そして今日はその、たまにしかないお休みの日。
朝からとても良い天気でしたし、こんな日に教会にこもりっぱなしは勿体ない。
ということでお昼前になる頃、私は町へと出掛けたのですけど……。
「へー、町の中はこんな風になってるのかー。移動はいつも馬車だったから、こうやって町を歩くのは新鮮だなー」
「そ、そうですね。それより、もっと目立たないよう、はしっこを歩きましょう」
私の横を歩いているのは金髪の男性……そう、ミシェル様です。
彼はいつもの聖女スタイルとは違ってウィッグをつけずにメイクもせず、男ものの服を着て町まで来ているのです。
今のミシェル様は、どこからどう見ても男性。普段の変装が完璧なだけに、きっと彼が大聖女様だと気づく人はいないでしょう。
だけどそれでも、私は万が一誰かに気づかれないかと、ハラハラです。
み、皆さん本当に、気づいてないですよね。
私も修道服姿ではありますけど、この格好で街に行く聖女は多いので、問題はありません。
しかし大聖女様がこんな風に出歩いているってバレたら、大騒ぎになるのは避けられません。
ああっ、あそこで焼き菓子を売っている露店の店員さん、こっちを見てませんか? まさか大聖女様だとバレたのでは?
「マル、キョロキョロしすぎだって。そんなに挙動不審だと、怪しまれるよ」
「で、ですが……ミシェル様はどうして、そう落ち着いていられるのですか!?」
「だってバレるわけないしー。それより、名前間違えてるよ」
「あわわ! も、申し訳ございません……ミックさん」
出掛ける前に急遽決めたばかりの、仮の名前を呼ぶ。
ああ、どうしてこんなことになってしまったのでしょう?
周りを警戒しながら、こうなった経緯を思い出していく……。
◇◆◇◆
遡ること少し前、ミシェル様がお休みなのはいいけど、やることがなく暇だと仰っていました。
今日は良い天気なので、どこかに出掛けたら気持ちが良いでしょうけど、それには一つ問題が。
ミシェル様は、国一番の有名人なのですもの。お出かけでもしようものなら、大騒ぎになるのは火を見るより明らか。そうなると、ハンス様が許可してくれるとは思えません。
もしも許可してくれたとしても、きっと護衛をつけての仰々しいお出かけになる気がします。
けどそれは、ミシェル様の望むものではありません。
「そんなんじゃないんだよなー。俺はもっと、普通に出掛けたいの。例えば……マルと二人でランチを食べに行くとか」
「わ、私とですか? お気持ちは大変嬉しいのですけど、やっぱり二人で行くのはまずいかと。それに急にミシェル様が来店されては、お店の人もビックリしてひっくり返ってしまうのではないでしょうか?」
「やっぱダメかー。あーあ、こういう時は、大聖女って立場がスゲー嫌になるよ」
不満気に頬を膨らませるミシェル様。
気持ちは分からなくはないです。せっかくのお休みなのに自由に出掛けることもできないなんて、窮屈ですものね。
大勢の人から敬られる大聖女様ですけど、その生活はとても忙しくてなかなか自由がきかない。
私もできることなら、外に連れて行ってさしあげたいのですけど……。
「いや待てよ。大聖女が行ったら騒ぎになるのなら、大聖女だとバレないよう、正体を隠せば良いんじゃないの?」
「バレないようにですか? ですがこの町で、ミシェル様のお顔を知らない人なんているのでしょうか? 今巷では、ミシェル様の絵が飛ぶように売れているのですよ」
「なにそれ、そんなにバカ売れなら、俺にも分け前を……いや、今はそれはいいや。ちょっと思ったんだけどさ、有名なのは大聖女としての俺だろ。誰も本当は大聖女が男だって、知らないわけじゃん。それを利用するんだよ」
「ミシェル様まさか……い、いけません! どうかお止めくださーい!」
◇◆◇◆
……というやり取りがあって、その後はやっぱりと言うかなんと言うか。
ミシェル様は男性の格好に着替えて教会から抜け出し、町まで来てしまわれたのです。
私はハンス様に知らせようかと迷ったのですが、ミシェル様に逆らうことができずに、そのまま付いてくるしかありませんでした。
ちなみに先ほど呼んだミックという名前は、出掛ける前にミシェル様が考えたもの。正体を隠している以上、本当の名前を呼ぶわけにはいきませんから。
けど用心深いのは良いことなのですが、それならそもそもハンス様やアレックス様に内緒で、教会を抜け出さないでくださーい!
ああ、どうしてこういう時に限って、ダイアン様は不在だったのでしょう?
いたら一緒になってミシェル様を止めて……いえ、ダイアン様のことですから。むしろミシェル様と一緒になって、町に繰り出したような気もしますね。
そうこうしているうちに、やって来たのは町の中心部。
お昼のそこは、たくさんの人でごったがえしていました。
「すごい人の数。俺が元いた町とは大違いだなあ。マル、はぐれないようにね」
「はい……って、ひゃうっ!?」
思わず小さな悲鳴を上げる。
だってミシェル様……じゃない、ミックさんってば、急に手を握ってきたんですもの。
「あ、あの。手が……」
「だから、はぐれないよう掴んだんだけど……嫌なら放そうか?」
「い、いいえ。全然そんなことありませんから!」
慌ててブンブン首を横に振ったものの、実際は心臓はドキドキで、汗をかきそうなくらい体が熱くなっている。
嫌じゃないのは間違いじゃないのですけど、平気かと言われると……。
こんなに動揺してしまうなんて、私ってば変。
ミシェル様のお世話係になってもうだいぶ経つというのに、まだ男性に対して苦手意識があるのでしょうか?
いくら今まで男性と接する機会が少なかったとはいえ、これは自分でも酷いと思います。
ましてや私はミシェル様のお世話をしなければならないのですから、怖がってなんかいられないというのに。
すると、ミシェル様はさらに私を抱き寄せてくる。
「ひゃうっ!?」
「ほら、表情が固いよ。そんなんじゃ怪しまれちゃうだろ。俺の正体を隠したいならもっと自然な感じを出して、デート中のカップルだって思わせないと」
「デ……」
デートォォォォッ!?
そ、そそそそそ、そんな。私ごときがミシェル様とデートだなんておこがましい……あ、と言っても、あくまでフリですよね。
正体がバレないようにするため、カップルのフリをするだけで、他意はないはずなのに、私ってば意識しちゃって恥ずかしい。
ま、まあミシェル様の言う通り、確かにもっと自然な感じに見せなきゃですよね。それなら……。
私はいったん繋いでいた手を放すと、そのままミシェル様の腕にしがみついた。
「へ? マル?」
「カ、カップルに見せるためには、これくらいくっついた方がいいかと」
湯気が出そうなくらい顔が熱くなってるけど、堪えながら腕にしがみつく。
しかし、これはあくまで周りの目を誤魔化すためにやってる事なのに、やっぱり恥ずかしくてドキドキしちゃいます。
ミシェル様に押し当ててる胸から、心臓の音が伝わってたらどうしよう?
そして心なしか、ミシェル様の顔もほんのり赤い。
「なんか今日はやけに大胆だね。まあ俺は、全然良いんだけどさ」
「き、気にしないでください。それより、早く行きましょう」
「うん……けど、本当にいいの? ……胸当たってるんだけど」
「えっ?」
き、きゃああああっ! そこは考えていませんでしたーっ!
も、申し訳ございませんーっ!
くっついたばかりなのに、早くも手を放して距離を置く。
わ、私ってば、なんて失礼なことを!?
「すみませんすみませんすみません! ふ、不快な思いをさせてしまったでしょうか?」
「まさか、むしろ役得と言うか……いや、何でもないから」
ミシェル様はそう言ってくれましたけど、目を反らされたので、きっとやっぱり嫌だったのですよね。
うう、もっとカップルに見えるよう頑張ろうとしたのに、結局中途半端に終わってしまいました。
も、もっとしっかりしなければ……。
そして私は自分のことでいっぱいいっぱいしぎて、周りからおかしなカップルに見られて悪目立ちしてることに、全く気づいていないのでした。
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