第42話 嵐の前の静けさ

 一向に何もしてこない白き魔女。

 何もないのならその方がいいですけど、これで私達が安心しているかと言うと……。


「何もしてこないのはいいけどさ、なんだかかえって不気味なんだよね。いったい何をたくらんでいるのやら」


 と言うのがミシェル様の意見。これには私も同感です。

 けど白き魔女の考えなんて分かるはずもなく、時間だけが過ぎていきます。


 そしてそうしている間にも、大聖女としてのお仕事はあって、今日はミシェル様が式典に出席する日。

 私達は教会本部のある街から一日掛けて式典のある街へと移動し、その街にある教会で、朝から準備に取りかかっていました。


「ミシェル様、もしも式典の最中に何かあっても、迷わず避難してくださいませ。護衛にはアレックス殿やダイアン様がおりますので、対処はそちらにお任せください」

「わかってるって。もう耳ダコだよ」


 念押しするハンス様の言葉を、うんざりとした様子で聞くミシェル様。

 最近お仕事の度に、同じことばかり言われていますからねえ。

 けどハンス様の気持ちも分かります。ミシェル様ってば何かあっても「元騎士の血が騒ぐ」なんて言って、剣を持って飛び出していってしまいそうですから。

 ミシェル様には悪いですけど、騎士の血は大人しくしていてくださーい!


 そんな話をした後、控え室でミシェル様の着替えを手伝っていると、彼はため息をつく。


「本当は穢れを浄化するよりも、魔物と戦う方が性に合っているのに。そんな俺がどうして大聖女なんだろう? そもそも男が聖女だなんて、おかしいのにさ」

「それはもう何十回も考えてきて、結論が出なかったことではありませんか。もどかしいのは分かりますけど、割り切ってください」


 なんて言いながらコルセットを絞めていますけど。実はこうしている間にも、私の心臓はドキドキしているのですよね。

 ううっ、早く慣れないといけないのに、どうやら私はまだ、ミシェル様のことを、怖いって思ってしまっているみたいです。


「マル、手が止まってるけど大丈夫?」

「ふえ? も、申し訳ございません! そ、それよりさっきの、警備の話です」


 誤魔化すため、慌てて言う。


「何かあってもアレックス様やダイアン様がいますから、わざわざミシェル様が戦う必要はありません。もしも荒事になっても、お任せしましょう」

「本当にそうならいいんだけどさ。前にシャーロットの件で蛇の魔物とダイアンが戦った時、手こずってたのを覚えてる? その前はもっと多くの魔物を相手してたのに苦戦するなんて、おかしいって思わなかった?」

「え? そ、それは、言われてみればたしかに」

「たぶんだけどさ。ダイアンの戦い方ってド派手に暴れるタイプだから大群を相手にするならいいけど、室内のような小ぢんまりした場所だと戦いにくいんじゃないかなあ。下手に暴れたら、建物に被害が出そうだし」


 確かに。以前魔物の大群と戦っていた時はダイナミックなキックで大型の魔物を蹴り飛ばしていましたけど、蛇の魔物相手には戦いにくそうでしたっけ。

 一口に強いと言っても、得手不得手があるのですね。


「で、今日みたいな式典だと人もたくさん来るだろうから、本気を出して暴れたら周りの人達まで巻き込んじゃうんじゃないかなあ? あの人の本領が発揮されるのは、たくさんの敵の相手をする戦場だよ。もちろんそれでも普通の騎士よりは強いだろうから頼りにはさせてもらうけど、あまり過信しすぎるのは良くないかも」


 そ、そうなのですね。

 私は戦いの事は全然わかりませんけど、話を聞いてると不安になってきます。


「け、けど大丈夫ですよね。そもそも白き魔女はあれ以来動きを見せていませんし、このまま何もない可能性だってあるわけですから」

「まあ、俺達の杞憂に終わってくれたらそれが一番いいんだけど。でもさ、もし本当に何かあったらその時は、マルも俺と一緒に逃げること。でないと俺、自分を抑えられる自身がないから」

「ミシェル様……。で、ですが私はただのお世話係なのですから、いざとなったら放っておいて、ミシェル様だけでも逃げて……」

「そうはいくかって。前に話しただろ。マルは昔、穢れ病を治してくれた特別な女の子なんだから、見捨てるなんて絶対にできない。その事を忘れないでよね」

「は、はい……」


 返事をしながらも、自分の顔がポーっと赤くなっていってるのが分かります。

 と、特別な女の子だなんて。ミシェル様が大切に思ってくださっている事が嬉しくて、胸がドキンドキンしてくる。

 まるで熱いお風呂にでも浸かったみたいに、全身が火照ってしまいそうです。

 

 そうこうしているうちに着替えが終わり、メイクをしてウィッグをつけると準備完了。

 いよいよ式典が始まります。


「ミシェル様お時間です。準備はよろしいでしょうか?」

「ああ。行こう、マル」


 ハンス様に連れられて、私達は教会前の広場へと向かいます。

 今日はこの街に教会ができてから丁度500年目で、式典はそれを祝うためのもの。広場には、たくさんの人が集まっています。


 そして設けられたステージの横には来賓の方々が多数並んでいて、ミシェル様もそこに並び、私はその後ろで待機します。


 やがて式典は始まり、教会関係者や来賓の方々が代わる代わるお祝いの言葉を述べていきますけど、別段何かが起こるということはなく、式はつつがなく進行していく。

 そうして今度は、ミシェル様の挨拶の番が回ってきました。


「皆さまこんにちは。大聖女ミシェルです。こうしてここに来られた事を、嬉しく思います。今日お越しくださった皆さまにも、たくさんの幸せがありますように」


 ステージの中央に立ち、ニッコリと微笑むそのお顔はまるで女神のよう。

 途端に広場のあちこちから、歓声が上がります。


「大聖女様ー!」

「ミシェル様ー!」


 相変わらず凄い人気。やっぱり多くの人にとって、ミシェル様は希望なのですね。

 けど、そう考えていたその時。


「おい、なんだアンタ」

「きゃ、何するのよ!」

 

 あれ? 何やら騒がしいです。

 見ると集まっていた人達が、何か騒いでいるみたいなのですが……すると大衆の中から一人の男性が飛び出してきて、ミシェル様のいるステージに近づいてきたのです。

 そしてその手には……ナイフが握られていました。

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