第43話 悪魔崇拝者の襲撃

「大聖女ミシェル……死ねー!」


 男はナイフを手に、ミシェル様に向かっていくではありませんか。

 ──っ! ミシェル様危ない!


 だけど私よりも早く、二人の間に割って入る影が。

 あれは……アレックスさん!?


「はっ!」

「があっ!?」


 ミシェル様を守るように立ち塞がったアレックス様は、そのまま剣を一閃。

 男性は地面に倒されて、手にしていたナイフも落ちました。


 そしてこの時になって皆ようやく、ミシェル様が襲撃されたのだと理解したみたいで、広場のあちこちから悲鳴が上がる。


「ちょっと、何あれ!?」

「ひ、人殺し!? 逃げろー!」


 どよめきはどんどん広がっていって、広場はパニック状態。

 けど、大丈夫ですから! ミシェル様を襲おうとした男性は、既に騎士達によって取り押さえられています。もう平気です!

 しかし未遂に終わったとは言え、目の前でこんなことが起きたのですから、恐怖するのも当然。

 私もいても立ってもいられなくなって、ミシェル様の元へ駆け寄りました。


「ミシェル様、お怪我はございませんか!?」

「ああ、俺は無事。それより、なんだよコイツ」


 ミシェル様は他人に聞こえないよう小声で言った後、襲撃者に目を向ける。

 すると彼は取り押さえられながらも頭を上げて、こっちを睨んできます。

 そして……。


「大聖女ミシェル、お前は邪魔だ。ここで死ねー!」


 言うや否や、彼の体から黙々と黒い靄のようなものが立ち上ってきて、同時にゾクリとした冷たい感覚が襲ってきます。


 この気配、それにあの靄。あれはこの前、シャーロットさんが魔物を呼んだ時に出していた靄じゃないですか!


 すると靄は頭に角の生が生え、不気味な顔をした緑の妖精、ゴブリンへと変化しました。

 やっぱりこの人、シャーロットさんと同じ悪魔との契約者なのですか!?


 だけどこれだけでは終わりません。

 広場のあちこちから同じように、多数の黒い靄が立ち上ったのです。


「うわーっ! ゴブリンだ!」

「こっちにも。何でこんなにたくさん!?」


 ──っ! 

 ここからではよく見えませんけど、どうやらあちこちに、多数のゴブリンが現れたみたいです。


 もしかして他にも仲間がいて、その人達が呼んだのでしょうか。けど、どうしてこんな事を? 

 すると取り押さえられていた男は、ニヤリと笑います。


「どうですか大聖女様。これが悪魔と契約した、我々の力です。悪魔と契約すればこんな素晴らしい事ができるようになり、穢れを受けても平気な体になるのですよ。穢れの後始末しかできない聖女なんかに頼るよりも、悪魔を受け入れた方がいいとは思いませんか?」


 ニタニタ笑いながら、主張を語る男性。

 この人……いえ、この人達は、悪魔崇拝者ですか!?


 私は唖然とするばかりでしたけど、ミシェル様は違いました。


「確かにアナタの言う通り、力を得られます。けどその代償として、心が壊れてしまうのが悪魔との契約。こんな所で魔物を出したら、たくさんの被害が出るというのに、心が痛まないのか!」

「全てアナタが悪いのですよ。大聖女なんかが幅をきかせたら、我々が肩身の狭い思いをするじゃないですか。やはりアナタはここで死すべきだ。アナタを支持する愚か者達も。さあゴブリンどもよ、暴れろ!」

「「「ギャースッ!」」」


 途端に目の前にいたゴブリンが騎士達に襲いかかり、同時に聞こえる悲鳴が、さらに大きくなりました。

 どうやら広場の中にいるゴブリン達が、一斉に暴れだしたようです。


 は、早く何とかしないと……。


「聖女キーック!」


 気持ちばかりが焦って動けずにいたその時、蹴りを放ちながら現れたのはダイアン様。

 彼女は目の前にいたゴブリンをあっという間に吹っ飛ばすと、私とミシェル様を見る。


「ここはアタシ達に任せて、ミシェルとマルティアちゃんは避難して!」

「ダイアン様、ですが……」

「俺……私達だけ逃げろと仰るのですか!?」

「事前に話していたでしょ。コイツらの狙いはアンタなんだから。それにこのゴブリン、この前の蛇より全然弱いから大丈夫」


 そうなのですか?

 その辺のことは私じゃよくわかりませんけど、任せて良いのでしょうか。

 やっぱり少し躊躇いますけど、狙いがミシェル様だと言うのならここにいるのは危険かも。


「行きましょう、ミシェル様!」

「マル……仕方ない。ダイアン、アレックスさん、ここは任せたよ!」


 ミシェル様と二人、教会の中へと避難していくとそこにハンス様もいました。


「ミシェル様、ご無事で何よりです。外のことは騎士団に任せれば大丈夫ですから、ご安心ください」

「ああ……こんな時、何もできないのはもどかしいけどな」

「そうおっしゃらずに。あれだけの数の魔物が暴れているのです。おそらく穢れに犯される者も出てくるでしょう。ミシェル様の出番は、その後でございます……」

「その人達を浄化してくれってわけね。そういうことなら、確かに今は引っ込んでいた方が良さそうだ」

「お願いします。もちろん他の聖女も手配して、治療を行っていきます。教会主催の式典で犠牲者が出るなど、あってはならない事ですから。マルティア、その時はそなたにも加わってもらう。良いな」


 もちろんです。

 私でもお役に立てるのなら、なんだってしますもの。


 外は依然として騒がしいですけど、騎士団やダイアン様達で対処できるとのことですから、きっと大丈夫なはず。ただ気になるのは……。


(白き魔女は、どうして姿を現さないのでしょう?)


 これだけの騒ぎにも関わらず、彼女が現れていないのが気になります。 


 もしや今回の件は白き魔女とは別の、悪魔崇拝者の起こした事なのでしょうか?

 それともどこかに隠れて、何かを企んでいるとか。


 悪い考えが頭をよぎって、怖くなる。

 だけど不安な気持ちとは裏腹に、騎士団やダイアン様は現れたゴブリンを、次々と倒していきます。

 教会だって、何か起きた時の対策はしっかりできていたのです。


 多数の魔物が暴れたことで会場は一時騒然としたものの、やがて暴れていた魔物は全て退治され、事態は思いの外早く収拾していきました。


 残念ながら悪魔との契約者を討つという、血生臭い形での決着となりましたけど。


「仕方あるまい……罪も無い者が、これ以上傷つくよりはマシだ」


 戦いの中、先ほど襲撃してきた悪魔崇拝者は、騎士団に斬られて命を落とし、ハンス様はその亡骸を前に手で十字を切りました。


 仕方がない……ですよね。

 しかし頭ではわかっていても、心はそうはいかず。モヤモヤが残る結果になってしまいました。

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