第44話 髪を撫でる温かな手

 せっかくの記念式典を台無しにした、悪魔崇拝者の襲撃事件。

 幸いだったのは悪魔契約者以外には、亡くなった人や重症者がいなかったということ。

 もしもこれで無関係な人が犠牲になっていたら、目も当てられませんでした。


 また、魔物の発した穢れによって気分を悪くしたり、穢れに冒された人も出たものの、教会の対応は早かったです。

 何せ教会は、たくさんの聖女を抱えているのですから。聖女を総動員して、早急に穢れに冒されされた人の治療に当たりました。


 結果、穢れに冒された人は全て浄化させることができ、大事件にはなったものの結果的に大きな被害は出ずに終息したわけなのですけど……。


 夜になって、教会内にある一つの部屋で休む、私とミシェル様。今日はこの部屋に泊まる事になっているのですが……。

 ミシェルは未だ女装を解かず、椅子に腰掛けながら不機嫌そうな顔をしていました。


「あの、ミシェル様。いい加減機嫌を直してください。ほら、この紅茶いい香りですし、頂いたチョコレートも美味しそうですよ」


 紅茶とお菓子を用意しながらなだめるも、ミシェル様はそんな私をムスーっとした顔で見る。


「……と言うか、どうしてマルは怒らないの? 酷いこと言われたのは、マルなんだよ」


 呆れたように仰るミシェル様に、思わず身を縮める。

 ううっ、そうです。実はミシェル様の不機嫌の原因はこの私。正確には、私がされた事に対して、怒っているのです。


 あれは先ほど、穢れに冒された人を浄化していた時のこと。

 本当なら、大聖女であるミシェル様が個人の治療に回ることはまず無いのですけど、状況が状況です。他の一般聖女と一緒になって、穢れの浄化に当たっていました。


 そして私もミシェル様の近くで、穢れの症状を訴える人の治療を行っていたのですけど……。


 私が担当したのは、気難しそうな感じのおじいさん。

 順番待ちをされている時から、「ワシの番はまだか?」、「早くしてくれ」と仰っていたのですが、いざ順番が回ってきて私を見るなり、こう言ったのです。


「何だこの不気味な髪の女は!? こんな得体の知れないやつの治療など受けられるか。他の聖女に変えてくれ。余計に酷くされちゃあかなわんからな!」


 周りに聞こえるような大声で罵るおじいさんに、私は言葉を失いました。


 結局そのおじいさんは別の聖女の方が代わりに治療されたのですけど、この事はちょっとした騒ぎになって、ミシェル様も知る事となり。全ての治療が終わった今も、こうして不機嫌でいるというわけなのです。


「まったく、何なんだよあの人。治してやるんだから感謝しろとは言わないけどさ、あの態度は無いだろ。マルだってあんなこと言われて、ムカついただろう?」


 とミシェル様は仰っていますけど……。

 私は首を横に振ります。


「いいえ、慣れていますから。この髪を気味悪く思う人はこれまでもたくさんいましたし、今さらですもの。お父さんやお母さんだって、そうでしたし……」


 思い出されるのは、実家で暮らしていた頃両親から向けられていた、蔑みの目。

 最近はミシェル様やダイアン様達のおかげであまり考えずにすんでいましたけど、私に対する周りの扱いは、本来こんなものです。

 するとミシェル様は唖然とした様子で、私を見る。


「嘘だろ……親が娘を気味悪がるだなんて……」

「仕方がないですよ……せめて私の聖女としての力がもう少し強かったら、違っていたかもしれませんけど……」


 両親は私の力が弱い事に、がっかりしていましたから。

 私の家は比較的聖女が生まれやすい家系で、何人もの聖女を輩出してきたのに、生まれてきたのは2級聖女ですもの。期待外れもいいとこです。


 お父さんやお母さんはせめて私を使って、どこかの良家と縁談を結びたかったみたいですけど、生憎この髪のせいで嫁がせようにも貰い手がない。役立たずと、何度も言われましたっけ。


 そんなわけで、髪について言われるのには慣れているのですが、ミシェル様はやっぱり不満気。ジッと私を見ながら言ってきます。


「変な事に慣れるなよ。なあ、マルの髪触ってもいい?」

「ええっ!?」


 思わぬ提案に、ドキンと心臓が跳ね上がる。

 ミ、ミシェル様に触れられる!? で、でもここで断るのも失礼ですよね。


「わ、分かりました。どうぞ好きなだけお触りください!」


 ギュッと目をつむってうつむいて、拳を握りながら、覚悟を決めて答える。


「そんな風に構えられたら、何だか悪いことしようとしてるみたいだけど……もしも嫌なら、いつでも言いなよ」


 そう言ってミシェル様は、手を伸ばしてくる。

 と言っても私は目を閉じているので、気配で察しているのですけど。

 すると頭をポンポンと撫でる、優しい手の温もりを感じました。


「やっぱり綺麗だ。これを気味悪いだなんて言うやつの気が知れない。雪みたいにキラキラしてて柔らかくて、触り心地最高なのに」

「あ、ありがとうございます」

「他の奴らが何て言おうと、俺は好きだよ。白い髪も、マル自身も……だから酷いことを言われても仕方がないとか、言わないでくれよな。誰だって自分の好きなものを悪く言われたら、気分が悪くなるし腹も立つ。そうでしょ?」

「は、はい……すみません」


 ミシェル様は話している間も、ずっと頭をなでなで。まるで子猫を撫でるか大切な宝物を扱うように、優しい手つきで頭を撫で続けています。


 う、うわ~。な、なんですかこれは~!

 撫でる手は気持ちよくて心地いい反面、手の動きを感じる度に、掛けられる言葉を受け止める度に、胸がキュ~ンってなっていきます。


 まるで自分の中の大事なものが壊れてしまいそうな感覚。だけど決して嫌というわけではないのが不思議です。

 も、もしやこれも大聖女様のなせる技なのでしょうか!?


「それとこれは根本的な質問なんだけどさ。マルは自分のこと、嫌い?」

「え、ええと……」


 頭がポーッとしていて、すぐには答えられませんでしたけど、必死になって考える。

 そして閉じていた目を開くと、上目遣いでミシェル様を見上げます。


「ま、前は好きではありませんでした。何の役にも立てませんし、いるだけで周りを不快にさせてしまうので。け、けど最近は……」

「最近は?」

「ミ、ミシェル様が好きと言ってくださったおかげで、自分の事も少しは好きと思えるようになってきた……気がしましゅ……」


 モゴモゴと口ごもりながら、必死になって言葉を紡ぐ。

 するとミシェル様、頭を撫でるのを止めて天を仰ぎながら手で自分の顔を押さえながら、「可愛すぎる」と声を漏らす。


 あの、顔が真っ赤ですけど、大丈夫でしょうか?

 すると今度は何を思ったのか。いきなり両手を私の背中に回してきたかと思うと、そのままギュ~っと力を入れてきたのです!


 キャ、キャー! な、ななな、何をなさるのですかー!

 強い力で抱き締められて、ミシェル様の胸に頭を押し付けられる。


「ミ、ミシェル様、いったい何を!?」


 女装を解いていなかったため、固い胸板ではなく柔らかな詰め物に顔を埋める形になってしまい、息ができません。

 い、いったいどうしてこんな事を。まさかご乱心ですか!?


「ミ、ミシェル様。く、苦しいです」

「ごめん……だけど今、放したくない」

「こ、困ります。放してください。先ほど嫌だったら言っていいと、仰いましたよね」

「言った。けど聞き入れるとは言ってない」


 ええーっ! そんなのズルいじゃないですか~!

 頭は爆発寸前。心臓もここまで早くなれるのかってくらい高速で動いていて、今にも壊れそう。


 酷いです。何かあっても止めてと言ったら止めてくれるって信じていたから、身を任せられたのにー!


「ううっ、こんなミシェル様嫌いです」

「へえ。俺のこと、嫌いになったの?」

「あっ……その、嫌いなのは今だけです。本当はもちろん好きですけど、こういう事は止めてほしいと言うか。だ、だってこのままだと恥ずかしすぎて、おかしくなりそうなんですもの……」

「むしろおかしくさせてやりたいって思うのは、俺のわがままかな? マルって普段は天使なのに、意外と小悪魔だね」


 あ、悪魔ですか!? いったいどうして、そんな風に思われたのか。

 でもそれよりもまずこの状況をどうにかしないと。

 けど抱き締める力が強くて、抜け出すことができません。

 もしやミシェル様は本当に、私を壊してしまうおつもりなのでしょうか?


 わ、私はいったい、どうすれば……。


「はーい二人ともー。イチャついてるところ悪いけど、ちょっとボクの話を聞いてくれないかなー?」

  

 思考が滅茶苦茶になっていく中、突如聞こえてきた声でハッと我に帰る。

 い、今の声は?


 ミシェル様も慌てたように拘束を解いてくれて、二人して声のした方を見ると、いつの間にいたのか。

 部屋の奥に置かれていたベッドに腰かけながら、白髪の女性が足をブラブラさせていたのです。

 ──っ! 彼女は!?


「し、白き魔女!?」


 火照っていた体が、一気に冷めていく。

 白き魔女はそんな私を見ながら、ニヤリと笑いました。

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