第41話 現れた白き魔女

 ダイアン様のお部屋を後にして、自分の部屋へと帰っていく。


 ダイアン様に相談して、本当に良かった。「ミシェルはいいオモチャになりそう」って仰っていたのが気になりますけど。


 何はともあれ、明日から頑張らないと。

 というわけで、部屋に戻ってきた私は、夜着に着替えようと洋服入れに手をかけたのですが……。


「お邪魔するよ、マルティアちゃん」


 突然背後から聞こえてきた声に、ピタリと手を止める。

 それは高くて可愛らしい、無邪気さを感じる女性の声。

 でもこの部屋には、私以外いないはずなのに。


 背筋にゾクッとしたものを感じながら恐る恐る後ろを振り返ると、それはいました。


 部屋の中にあった椅子に腰掛けながら黒いローブを身にまとい、ニコニコとした笑顔を見せている、白髪の女の子が……。


「あ、アナタはいったい? どこから入って来たのですか!?」


 さっきまでは確かにいなくて、ドアにはちゃんと鍵をかけていたはず。窓も開いていませんから、部屋に入れるはずないのに。

 すると彼女は、おかしそうに笑う。


「鍵なんて意味ないよ。ボクは入り込むのが得意なんだ。鍵のかかった部屋にも、人の心の中にもね」

「心の中……アナタは誰なのですか?」

「へー、それを聞くんだ。けど本当はもう、気づいているんじゃないの?」

「──っ!」


 彼女の言う通り、さっきからある名前が浮かんでいました。

 鍵のかかった部屋に難なく入ってきたこと、それに自分と同じ白い髪。

 恐らく間違いないでしょう。彼女は……。


「し、白き魔女?」

「せいかーい。なんだ、やっぱり分かってるんじゃない。あはは、そう怖がらない。何も君をイジメに来たわけじゃないんだから」


 そう言われても、信用なんてできません。

 すると白き魔女は椅子から立ち上がって、こっちへやって来る。

 そして色白の手を伸ばしてくると、私の頬に触れてきました。


「ひっ!」

「もう、いちいち声上げないでよ。傷つくなあ。さっきも言った通り、マルティアちゃんをイジメにきたんじゃないんだからさ。まあもっとも、最初は君のこと、ムカついていたんだけどね」


 ムカついていたって。私は彼女に、何かしたでしょうか?


「あ、その顔は分かってないね。ムカついたのはね、君があの大聖女様に愛されてるってこと。ボクは人間だった頃、髪が白いってだけの理由で気味悪がられて、石をぶつけられたこともあったんだよ。なのに同じ白い髪のマルティアちゃんは大切にされてるなんて、ズルくない?」


 そんなこと言われても。


 話を聞いていると前にハンス様が仰っていた、白き魔女が理不尽な理由で迫害を受けたのではないかという説が、本当だったということが分かります。

 でも私だって、この髪のせいで嫌な思いをしたことは何度もありますよ。


「マルティアちゃんだけ愛されるなんてズルいから、ちょっと意地悪しちゃった。あのシャーロットって子、君のことを相当憎んでいたから、復讐のお手伝いをしてあげたの。まあもっとも、あっさり失敗しちゃったんだけどね」

「シャーロットさんを唆したのは、アナタだったのですか!? 白き魔女が悪魔と契約させるって噂は、本当にだったのですね!」

「そうだよ。けどボクはあくまで仲介役。契約を結ぶかどうかは、その人の意思に任せているよ。ボクは選択権を与えただけさ」


 そうは言いますけど、その選択の結果不幸になる人が出てくるのなら、やっぱりそんなの間違っています。


「アナタの境遇は、確かに酷いものだったかもしれません。けど、こんなことは止めてください。いったい何が楽しいんですか?」

「分かんないかなー? 人間達が傷つき合いながら不幸になっていくのって、楽しくない? 滑稽すぎて、ゾクゾクしちゃうよ」


 ニィっと不気味に笑う白き魔女。


 この人、頭がおかしい。

 人間を恨んだのがきっかけで魔女になったみたいですけど、今の彼女から感じられるのは憎しみや怒りではなく快楽。

 誰かを不幸にすることを楽しんでいるようにしか思えません。


 彼女が何千年も生きているのだとしたら、その途方もない年月の中で心が歪んでしまったのでしょうか。


「おっと、無駄話が多すぎたね。と言うわけで、最初は君にムカついてはいたんだけどさ。もうそんなことはどうでもいいんだ。それより君、あの男の大聖女なんかと一緒にいないで、ボクと組まない?」

「なっ!?」


 白き魔女の言葉に絶句する。

 ミシェル様が男性だとバレていることにも驚きましたけど、私を誘ってくるなんていったいどういうことですか!?

 でも、どんな理由があろうと私の答えは……。


「お断りします! 誰かの不幸を楽しむような人と、一緒になんて行くはずないでしょう!」


 答えなんて、最初から決まっています。

 ミシェル様の側を離れるのも、彼女の味方をするのも、両方嫌ですもの。


「だいたいアナタは、どうして私を誘ったのですか? いったい何が狙いなのです?」

「マルティアちゃんのことが気に入ったってのが、一番の理由だよ。最初は意地悪したくてシャーロットをけしかけたけどさ。見ているうちに、君に興味がわいてきたんだ」

「私に?」

「そう。君もボクも珍しい白髪だったのは全くの偶然だけど、もしかしたらそれも運命なのかもね。マルティアちゃんのこと、気に入っちゃったんだ♡」


 無邪気そうに笑っていますけど、そんな偶然、私にとっては大迷惑です。

 危険な魔女に気に入られても、困りますもの。

 ですが、彼女はさらに続ける。


「それに大聖女やその周囲を引っ掻き回せば、面白いことになりそうだからね。大聖女にちょっかいを出すために、他にも色々手は打ったんだよ。例えばシマカゴに、大きな穢れを発生さるとか」

「シマカゴの穢れは、アナタの仕業だったのですか!?」


 白き魔女、いったいどれだけの事ができるのでしょうか?

 それに私に興味がわいたなんて言っていますけど、やっぱり本当の狙いは……。


「私を味方につけて、ミシェル様に何かするつもりなのですか!? けど、そうはいきません!」


 大方お世話係の私を引き込むことで、ミシェル様に罠でも仕掛けようという魂胆なのでしょうけど、彼女の思い通りになんてさせませんよ。

 けど、白き魔女はキョトンとした顔で私を見る。 


「ん……ああそうか。なるほどなるほど。君は真実に気づいていなかったっけ」

「……どういう事ですか?」

「いいのいいの、こっちの話。どうやらこれ以上話しても無駄みたいだね。なら今日のところは帰るけど、仲間になりたくなったらいつでも歓迎するよ。その時は、ボクと懇意にしている悪魔と、契約を結ばせてあげる」

「あ、悪魔と契約だなんて、そんなことするはずないでしょう。何度来たって同じです!」

「そうかな? ……予言するよ。君は必ず、ボク達を頼ることになる。君の中の大きな欲望が、いずれそうさせるんだ。その時を楽しみにしているよ」


 そう言って白き魔女は窓を開けると、闇の中へと消えていきました。


 後に残されたのは私だけ。

 まるで夢でも見ていたような気分ですけど、白き魔女が最後に言っていた言葉が、妙に胸に響きます。


「白き魔女を頼って、悪魔と契約する? 私の中の欲望がそうさせる……ありえませんよ」


 いったいどうすればそんな恐ろしい事になるのか、想像がつきません。

 あんなの、いいかげんな事を言っただけ。気にする必要なんてない。そのはずなのですが……。


 白き魔女の言葉がまるで呪いのように、いつまでも胸の中に残っています。

 それはつまり、ミシェル様を裏切るってことですか?


(そんなこと、絶対にしません……とにかく、この事を報告しないと)


 私は部屋を飛び出すと、白き魔女が現れて協力を求めてきたことを、ミシェル様達にお話ししました。

 もう夜遅くでしたけど、そんな事言ってる場合ではありません。


 ミシェル様にダイアン様、ハンス様にアレックス様。

 皆さん私の話を聞くと、寝ている場合じゃないと言わんばかりに、根掘り葉掘り聞いてきました。


「白き魔女の噂は本当だったのか。しかもミシェル様が狙いとは」

「マルティア殿を引き込もうとしたことも気になりますね。いったい何をさせるつもりだったのか」


 ハンス様もアレックス様も、険しい顔をする。

 そして、ミシェル様はというと。


「マル、平気? 変なことされてない? まさか、魔女に穢れを植え付けられたなんてことはないよね。もしそうなら俺が浄化して……」

「だ、大丈夫ですから。それよりミシェル様……は、放してくださいー!」


 心配してくれるのはいいですけど、その間ムギューっと抱き締めているのですから、私の心臓は、バックンバックン。

 あわわ、ミシェル様への免疫が落ちてる今こんな事をされては、頭が爆発しそうです!


 するとそんな私の心中を察してくださったのか、ダイアン様がミシェル様をベリッと引き剥がしてくださいました。


「こらこら、心配なのは分かるけど、どさくさに紛れてマルティアちゃんに触らない」

「別にそんなつもりは……」

「まあ、気持ちは分からなくもないけど。ミシェルもマルティアちゃんも、気を付けといた方がいいかも。いつまた白き魔女が接触してくるか分からないし」


 ダイアン様の言葉に、全員が頷く。

 そうして白き魔女への対策を進めていくと言うことが決まって、この日は終了。

 それからは、気を張った日々が続きましたけど……。


 7日が過ぎても、その倍が過ぎても、白き魔女は一向に動きを見せませんでした。




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