第4章 大聖女の真実

第40話 ミシェル様への想い

 ハンス様やアレックス様を交えて話をした更に次の日の夜。

 私は理由あって、ダイアン様のお部屋を訪ねていました。


 ダイアン様のお部屋は、私の部屋と同じ作りの一人部屋。

 特級聖女なのだからもっといい部屋に住んでもいいとは思うのですけど、彼女は一時的に教会本部に身を置いているだけ。わざわざ大きな部屋なんて用意しなくていいと本人が仰ったので、他の一般聖女と同じお部屋に住んでいるのです。


 そして私がここを訪れたのは、相談したいことがあったから。

 部屋に招かれた私は椅子に腰かけて、ダイアン様と向かい合って座っている。


 すると私が話を切り出すよりも早く、ダイアン様が言いました。


「それで、相談って言うのは、ミシェルの事かな?」

「──っ!? ど、どうして分かったのですか!?」

「そりゃあ分かるって。だってマルティアちゃんさっき、ミシェルに対して変だったじゃん。目を合わせようとしないし、距離を置こうとするし。……まさかとは思うけど、ミシェルに何かいやらしい事されたとか? この前二人で出掛けてたみたいだけど、もしかしてその時に……」

「ち、違います! そうじゃありません! ミシェル様は何一つ悪くありませんからー!」

「ま、そりゃそうか。あいつ大胆な時もあるけど、一線は超えようとしない、微妙にヘタレな奴だからねえ。今日だって『俺、マルに嫌われるようなことしたかな』って言ってたあたり、心当たりも無いみたいだしね」


 ミシェル様、そんな事を仰っていたのですか!?

 こ、これはやっぱり、早急に何とかしないと!


「……あの、こんなこと相談していいか分からなかったんですけど、ごめんなさい。ダイアン様しか、頼れる人がいなくて」

「いいよいいよー。友達なんだから、遠慮しなさんなって」

「実は最近、ミシェル様と一緒にいると変なんです。妙にドキドキしてしまいますし、顔を合わせようとしても合わせられずに、それでいて何故か無意識に目で追ってしまっているのです」

「うんうん、それで?」


 ニマニマと笑みを浮かべながら、話を聞いてくださるダイアン様。

 そして私は、話の核心に入ります。


「そして考えた結果、この気持ちの正体に気づいたんです。ど、どうやら私は、ミシェル様に特別な気持ちを抱いてしまっているみたいなのです」

「おお、ついに気づいたか!」

「はい、気づいてしまったのです。私は、私はきっと無意識のうちに……!」

「その通──り? って、へ? 怖がってる?」


 目を丸くしながら、キョトンとするダイアン様。

 やっぱり、驚きますよね。


 だって私はミシェル様のお世話係なのに、その使えているミシェル様の事を、怖がってしまっているのですから……。


「え、えーとマルティアちゃん。一回落ち着こうか。その怖がっていると思う根拠は何かなー?」

「はい。元々私は男性と接する機会があまり無かったせいか、男の人が苦手だったのですけど、最近それが酷くなっているというか。ミシェル様と一緒にいるとやけに心臓が苦しくなったり汗をかいたりして、普通じゃいられないのです。お世話係なんてやっていたら慣れてきそうなものなのに、おかしいですよね」

「オーケーオーケー。けどその理屈だと、ハンスさんやアレックスも怖いってなるけど、その辺はどうなの?」

「それは大丈夫なのですけど……。どうやらミシェル様のことを特別に、怖いって思ってしまってるようなのです」


 常に側にいるのですから、本当なら真っ先に慣れてもおかしくないのに。

 と言うか、少し前までは慣れてきていたはずなのに。

 けど最近になってミシェル様に関してだけ、急に免疫が崩壊してしまったのですよね。


「……こうなってしまったのには、心当たりはあるんです」

「ふ、ふーん。で、その心当たりってのは?」

「おそらく、ミシェル様の戦う姿を見たことが原因です。この前の遠征の時もそうですけど、シャーロットさんの事件の時ミシェル様は、私を蛇から守るために抱き締めて、そのまま襲ってきた蛇を斬っていました。けどその時ミシェル様の腕の中で、信じられないくらい動悸が激しくなったのです」


 きっとあれは、これ以上ないくらいの至近距離で、蛇を斬り裂くミシェル様を目の当たりにしたことで、怖いって思ってしまったのでしょう。

 ミシェル様は私を守るために動いてくださったと言うのに、それをこんな風に思ってしまうなんて。私は最低です。


 あの時は力強い腕で抱き締められ、ミシェル様の胸に顔を埋めながら、頭が爆発しそうになっていましたっけ。


 そしてその事が、大きな引き金になったのでしょう。

 以来ミシェル様の近くにいるだけで、心臓はバクバク。頭はカーッて熱くなって、とても平常心ではいられないのです。


「ミシェル様はいつも優しく私を気遣ってくださっているのに、よりによってそれを怖いだなんて。私はいったいどうすれば……って、ダイアン様。どうして笑っているのですか!?」


 見ればダイアン様は手で口を押さえながら、声を殺して笑っているではありませんか。

 酷いです。バカげた話なのかもしれませんけど、真剣に悩んでいるっていうのに。


「ごめんごめん。あまりに予想外だったもんでつい。つまりマルティアちゃんはミシェルのことが、怖くて仕方がないってこと? 顔も合わせたくないくらい、嫌いってことでいいの?」

「き、嫌いじゃありません! ミシェル様は優しくて頼りになって尊敬できる、素晴らしい方です。けど、同時に怖いって思ってしまっているみたいで。こんなの、失礼すぎますよね」

「失礼と言うか……ぷっ、くくく……あーはっはっはっ! ミシェルってばかわいそー!」


 ガーン! 

 そ、それはやっぱり私の抱いた気持ちは、とても無礼に当たるってことですかー!?


 分かってはいましたけど、やっぱり心苦しい。いえ、本当に苦しいのは私じゃなくて、ミシェル様なのですよね。

 よくしている相手に失礼な態度を取られたら、誰だって良い気分はしませんもの。

 なのに私は、私は……。


「うっ……グスン。わ、私はもう、ミシェル様のお世話係を辞めた方が良いのでしょうか? こんな無礼な私が使えていたら、ミシェル様に迷惑が掛かってしまいますし」

「いやいや。辞めるのは止めてあげてー。そんな事になったら、ミシェルそれこそ泣いちゃうからー」


 ダイアン様はそう言いながら、私の頭を撫でながら慰めてくれます。

 クスン、相手がダイアン様ならこんな風に触れられても平気なのに、どうしてミシェル様だとそうはいかないのでしょう?


「そもそも根本的な話なんだけど。マルティアちゃんは本気で、ミシェルのお世話係を辞めたいって思っているの?」

「それは……辞めたくありません。矛盾してるのかもしれませんけど、これからもずっと、ミシェル様に使えていきたいんです。そう思ってしまうのはわがままなのでしょうか?」

「かもね。けど別に良いじゃん、わがままでも。マルティアちゃんが辞めたくない、誰にも譲りたくないっていうなら、欲張ったって良いんだよ。だいたい、ミシェルだってマルティアちゃん以外の子を、お世話係にする気は無いと思うけどなー」


 それは確かに。何せ男性だとバレてはいけませんから、なるべくなら他の人に交代なんてさせたくないでしょう。

 それに……ミシェル様、最初から私を選ぶつもりだったと仰ってくださいましたし。


 過去に会っていただけの繋がりだったとしても、私にとってもそれは、とても大事なもの。絆みたいに思えます。

 やっぱり選んでくださったミシェル様から、離れたくありません。


「ダイアン様……私、お世話係を続けたいです」

「うん、それがいいと思うよ。アンタ達コンビは面白いし、見てて飽きないからね。それにしても、ミシェルのことが怖いって……ああ、ダメだ。面白すぎるわ」


 何故か必死に笑いを堪えている様子のダイアン様。

 いったい何がそんなにツボにはまったのでしょう?

 何にせよ、おかげで少し気持ちが楽になりました。

 根本的な問題はまだ何も解決していませんけど、苦手克服のため。ミシェル様を見ても、触れられても何とも思わないようになるため、これから頑張りましょう!



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