第39話 芽生えた気持ち

「それにしても。あのシャーロットって子はいったいどこでどうやって、悪魔なんかと契約をしたんだろうねえ。仲介屋みたいなのを通して、悪魔を紹介してもらえるわけでもないだろうに」


 頭がミシェル様の事でいっぱいになってふわふわしていましたけど、ダイアン様の言葉でハッと我に返る。


 すると、その問いにハンス様が答えます。


「仲介屋か……そういった者の噂が、無いわけでは無いがな」

「え、マジ? 適当に言っただけだったんだけど」

「何を仰いますか。ダイアン嬢も知っているはずですよ。白い髪をした魔女のことを」


 白い髪をした魔女。

 ハンス様がそう言った瞬間全員の視線が私へと……私の白い髪へと向けられる。

 けどすぐに、ハンス様が付け加えます。


「マルティアは関係無い。たまたま同じ髪の色をしているというだけだ。神話に出てくる白い髪の魔女、皆知っているでしょう」


 ひょっとして、あの魔女のことでしょうか?

 聖書に書かれている神話の話なら、教会関係者なら誰もが知っています。

 そしてその神話に出てくるのが白い髪をした、【白き魔女】と呼ばれる魔女です。


 大昔、慈悲の神が女性に浄化の力を与え、聖女を生み出した頃、悪魔と契約したとされているのがこの白き魔女。

 神話によると彼女は人間を酷く憎んでいて、人々を不幸にするために契約をしたのだとか。


 けど確か、白き魔女って……。


「あの、白き魔女って大昔に魔物を引き連れて、教会に戦いを仕掛けてきたあの魔女ですよね。けど当時の騎士団に討たれて、最期を迎えたと聞いているのですけど」

「確かに伝承ではそうなっている。だかな……時々目撃情報があるのだよ。世の中に絶望した者、誰かに強い怨みを持つ者の前に白い髪をした女がふらりと現れて、悪魔との契約を促す。そんな噂が、まことしやかに囁かれているのだ。何百何千年もの間な」

「何千年って、そんなに長生きできるはずないじゃん。ただのオカルト的な噂じゃないの?」

「まあ、普通に考えたらそうでしょうね。しかし長きにわたる教会資料の中には、悪魔と契約した者を捕らえて尋問したところ、白き魔女が現れて悪魔と契約するよう唆されたと証言した例が、何件か報告されているのですよ。しかも事件が起こった時代も場所もバラバラ。奇妙な話だとは思いませんか?」


 確かに。

 時代も場所もそんなバラバラなら、契約者が口裏を合わせて嘘を言えるはずありません。


「ということはまさか、その白き魔女が生きて悪魔と契約をさせて回ってるってことですか? さっき仰っていた仲介屋というのは、白き魔女のこと?」

「うむ。神話の時代、白き魔女が悪魔と相当強い契約を結んで、不老不死の力を手に入れていたとしたら。そして自分と同じような契約者を増やすために、適した者を見つけて声をかけているのだとしたら。前々からそんな噂が、一部の関係者の間では言われていたのですよ」


 そんな噂が。けどこの口ぶりだと、確証があるわけではないみたいです。


「まあ、半信半疑ですけどね。辻褄が合わないわけじゃないとはいえ、何千年も生きてる魔女なんて、現実離れしていますし」


 ハンスさんは取って付けたように仰いましたけど、実際どうなのでしょう?

 噂って、案外バカにできないような気がしますから。


「それじゃあ今回のシャーロットの件は、白き魔女の仕業なの? それとも違うの?」

「それはもっと詳しく調査してみないと、なんとも」

「しっかり頼むよ。それにしても白い髪の魔女かあ。なんかマルまで悪く言われているみたいで嫌なんだけど。その魔女ってそもそもなんで、白い髪をしてたのさ?」


 不満そうに尋ねるミシェル様。それは私も、ちょっと気になるかも。

 けど、返ってきた答えは、意外なものでした。


「魔女と言われる女が白い髪をしていたのは、おそらくたまたまかと思われます」

「……は? いや、そんなわけないでしょ。白い髪は不吉だって言ってる人もいるし……あ、別にマルの髪が不吉ってわけじゃなくてだねえ……」

「ミシェル様、落ち着いてください。白い髪をした人は珍しくはあるものの、ここにいるマルティアのように少なからずいます。しかし色が珍しいという以外は他の人と何も変わらない、ただの人間です。それはミシェル様も、よく知っているでしょう」

「まあ、そうなんだけど」


 それには私も同意します。

 だって本当に聖女という以外は、取り立てて特別ってわけではありませんし。


「不吉と言われているのは、たまたま神話に出てくる魔女が白い髪をしていたから。そのせいで、偏見を持つ者が多いだけですよ。それと補足ですが、その魔女が悪魔に魂を売ったのも、もしかしたら見た目のせいで迫害を受けたのが原因ではないかと言われています。当時は今より、珍しい髪の色や肌の色を気味悪がっていた時代ですから」


 髪の色が珍しいというだけで迫害って、何ですかその酷い話は!

 けどあり得ない話じゃないって身を持って知っているだけに、心が痛む。

 誰しも自分の容姿を、選んで生まれてくるわけじゃないのに。


「たまたま白い髪をしていた女が世の中を憎み、悪魔と契約して魔女になったというのが、教会の歴史学者の間で言われている説でございます」

「ええと、つまり周りの人が勝手に気味悪がったせいで闇堕ちしたのが魔女で、更にそのせいで白い髪が不吉だの気味悪いだの言われるようになったってこと? 何だよそれ。ひでー話」


 これには私も、開いた口が塞がりません。

 今の話だと魔女も私も、髪の色に何の意味も無いじゃないですか。それなのに不吉だの不気味だのって、数えきれないほど言われてきたのですよ!


 それに今の話が本当だとしたら、その魔女もきっとたくさん、辛い思いをしたことでしょう。

 神話に出てくる魔女はとても恐ろしい悪役として描かれていたのに、元は迫害を受けた女性だったなんて。


 悪魔と契約して人々を苦しめた事は許されるものではありませんけど、生い立ちを想像すると同情します。

 そしてこれにはミシェル様も、それにダイアン様も呆れたようにため息をつきました。


「悪魔と契約するのもよくないけど、追い込んじゃう周りも良くないよね。今回のシャーロットみたいな自分勝手なのは別にしてさ。その魔女みたいに周りから酷い扱いを受けた末に契約した人も、もしかしたらいるんじゃないの?」

「同感だな。俺はスゲー綺麗だと思うけどな、マルの白い髪」


 言いながら私の髪に触れようと、ミシェル様が手を伸ばしてくる。

 けどその近づく手を見て、私の心臓がドクンと波打ちました。


 ミ、ミシェル様に、触れられる──


「──やっ!」

「……マル?」


 目を丸くするミシェル様。

 それもそのはず。あろうことか私は、伸びてきたミシェル様の手を、払いのけてしまったのですから。


 わ、私ってばなんて事を。


「ごめん、嫌だった?」

「い、嫌じゃありません。わ、私の方こそ、ご無礼してすみませんでした!」

「いや、マルは何も悪く……って、どうして謝りながら、距離を置こうとするの!」


 そ、そんなこと言われても。


 ミシェル様の近くにいるだけで胸の鼓動が加速していって、全身が信じられないくらい熱くなっているのです。


 するとそんなやり取りをしている私達を見ながら、ハンス様がゴホンと咳払いをする。


「とにかく今は、シャーロット嬢がどうやって悪魔と契約をしたかを、明らかにすることが優先です。来月には大規模な式典も開かれるというのに、これ以上厄介事を増やすわけにはいけません。アレックス殿も警備の強化を、よろしくお願いしますよ」

「勿論です。今回のような教会内での騒動なんて、二度とあってはなりませんからね。ミシェル殿達も、何かあったらすぐに知らせてください」


 アレックス様の言葉に私も頷きましたけど……そうしている間にも、ミシェル様のことが気になってしまいます。


 近づいただけで、火照る体。

 目を合わせて声を聞くだけで、心臓がギュ~って苦しくなって、とても平常心ではいられません。


 それにさっきみたいに触れられそうになったら、そんなつもりはないのについ距離を置こうとしてしまいます。

 少し前までは、こんなことは無かったというのに。


 けど、そんな自分の変化の正体に気づけないほど、鈍くはありません。

 きっと私は、ミシェル様の事が……。


(わ、私ってばなんて事を考えているの!? 相手は大聖女。ミシェル様なのに!)


 だけど否定しようとすればするほど、ドキドキが止まらなくなって、胸が苦しい。

 芽生えてしまった自分の気持ちに、戸惑うしかありませんでした。

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