第38話 悪魔との契約
【???side】
扉の陰にいたのは、白髪の女。
武器庫から離れた彼女は誰にも見つかることなく教会の中を移動した後、町を見渡せる屋根へと登る。
そしてそこに腰掛けると、空に向かって話しかけた。
「あのシャーロットって子、壊れちゃったね。けど君は、欲望を食べられたんだから良いよね」
『ああ。自分勝手で傲慢デ、他人がどうなろうと自分さえ良ければいいという大きな欲望。あれは中々に旨かっタ』
返ってきたのは、低く響く男のような声。
しかし周囲に、白髪の女以外の姿はない。だが女はそれを不思議に思うことなく、話し続ける。
「あれで聖女って言うんだから、笑っちゃうよね。教会ってさ、聖女は慈悲の神の御加護を授かった清んだ心の女性って触れ込んでるけど、よくもまあそんな嘘並べられるよ。力を授かったのは事実だけど、人格は関係無い。力はただの力に過ぎないってのにね」
『仕方なかろウ。人間は嘘つきでズルいからナ。そうやって騙シ、人気を集めているのだろウ。だが俺ハ、そんな人間が大好きダ。おかげで欲にまみれた魂が食えるからナ』
「君は本当に、欲望で味付けされた魂が好きだね。さすが、【強欲の悪魔】なだけはあるよ。君に関わったために身を滅ぼした人間を、どれだけ見てきたか」
『だガ、そんな様を見るのは嫌いじゃなかろウ。だから仲介役をしているのではないか、【白き魔女】ヨ?』
「まあね」
聞こえてきた声に、白髪の女はニンマリと笑う。
結局は二人とも、似た者同士ということなのだ。
「それよりもさ、さっきのあの子見た? ボクと同じ白い髪の女の子、マルティアちゃん。あの子が浄化の力を使った時、なんとな~く分かっちゃったんだけど」
『あア。これは面白いことになってきたナ。それにあノ、大聖女と呼ばれていた男の方モ』
「うんうん。まさか大聖女が男だったのにも驚きだけど、あの様子だと彼はマルティアちゃんに……ははっ、いいねいいね、主君と付き人の身分差恋物語。キュンキュンするなぁ」
『あア。そういう話は俺も好きダ』
「え、そうなの? 別にいいんだけどさ、強欲の悪魔のイメージとは、なんか違うんだけど」
『何を言うカ。ああいう複雑な事情の中でこソ、大きな欲望が生まれるというもノ。それを食らうのが俺の楽しみダ』
「ああ、そういうことか。ブレないねえ。それで、その欲望を食べるための方法ってのはあるの?」
『当然ダ。上手くいけば欲にまみれた極上の魂ヲ、二つも食えるかもしれン。その時が待ち遠しイ』
「なにそれ、面白そう。あははははっ!」
白き魔女と姿の見えない強欲の悪魔は、笑い合った。
◇◆◇◆
魔物を使役したシャーロットさんが教会で暴れた次の日。
私とミシェル様、それにハンス様にアレックス様とダイアン様の5人は、ミシェル様のお部屋へと集まっていました。
そして、ハンス様が口を開く。
「ミシェル様、昨日の件ですが、結論から申し上げます。魔物を引き連れてあなた様を襲ったシャーロット嬢。彼女は悪魔と契約を結んでいた事が、確認されました」
「……やっぱりそうか」
暗い声を出すミシェル様。
予想はしていたとはいえ、現実を突き付けられると、心にくるものがあります。
そして、ハンス様は更に続けてくる。
「ただ詳しい事情を聞くにも、彼女は現在濃い穢れに犯されていて、話もろくにできないのですけど」
「そうか……ってちょっと待った。穢れは昨日、ダイアンが祓ったんじゃないの?」
驚いた様子でダイアンさんを見る。
確かに浄化するところを、私も見ました。だからこそ使役していた魔物だって消えたというのに。
「ああ、確かにあの子の中にあった穢れは祓ったよ。あの時はね。けどあの後、再び穢れが発生した。そうだよね、ハンスさん」
「……ああ」
ダイアンさんの言葉に、頷くハンスさん。けど、いったいどういうことですか?
すると今度は、アレックス様が話をします。
「そもそも悪魔と契約するということがどういうことか、君達は分かっているかな?」
「えーと、確か悪魔と契約した人は、魔物を使役する力が与えられるって聞いてるけど」
「まあ、間違ってはいないかな。悪魔と契約するって言うのは悪魔に魂の一部を差し出して、代わりに悪魔から力をもらうってことなんだ。そしてその力ってのが魔物の使役。契約した人間は魔物を使って、自分の欲望を叶えるんだ。例えばお金が欲しいって思ったら、魔物を使って盗ませるとか、憎い相手がいたら襲わせるとかね」
何だか嫌な例えですけど、実際悪魔と契約する人の中には、そんな願いをする人もいるのでしょうね。
「そして魔物は、穢れを好む生き物だからね。力を得る際に、契約者は穢れに犯されるんだ」
「ですが穢れに犯された人は、穢れ病になってしまうのでは? あ、けど昨日のシャーロットさんは、元気にしていましたっけ……」
「もちろん普通は、病にかかる。けど契約者は悪魔の加護を受けることができて、それにより穢れに耐性を持ったり、痛みを感じなくなったりと、様々な恩恵を受けられると言われている。もっとも、心の痛みまで感じなくなって、精神に異常をきたすとも言われていますが」
なるほど。
昨日シャーロットさんが腕が折れたにも関わらず平然としていたのは、そのためですか。
「まあこれが悪魔との契約の流れ。契約者は悪魔から、穢れと加護を貰うわけだけど。昨日マルティア殿やダイアン殿がシャーロット殿の浄化を行って、穢れを祓った。そしてその浄化は同時に、悪魔の加護も打ち消したんだ」
「そうか。それで途中からシャーロットは、体の痛みを訴えていたのか。加護が薄れて、痛みを感じるようになったから」
「その通り」
これで昨日、シャーロットさんに何が起きていたかはだいたい分かりました。
けどやっぱり分からないのが、彼女が今も穢れで苦しんでいるということ。祓ったって、さっき言いましたよね。
するとそんな私の疑問を察したように、アレックス様が答える。
「一度悪魔と契約を結んだ者は、祓ってもまた穢れが発生するんだ。これは契約の時魂の一部を差し出した際、欠けた部分を補うために魂そのものに穢れを融合させるせいだと言われている」
「ん、つまり魂が穢れの発生源になってるってこと? その魂浄化はできないの?」
「下手にやろうとすると、魂が壊れる。何せ魂の一部が、なくなった状態だからね。これで今もシャーロット殿が穢れに掛かってる理由はわかったかい?」
私もミシェル様も、無言で頷く。つまりいったんは浄化できても、またすぐに穢れが発生してしまうということですよね。
しかも発生源である魂は破損した状態なので、それを浄化しようとしたらシャーロットさんが危険だと。
これはかなり厄介な状況です。
「しかもだ。穢れは発生し続けるけど、悪魔の加護は一度失ったらもう戻らないんだ」
「悪魔の加護って、穢れに耐性を持ったり痛みを感じなくなったりするやつ? けどそれじゃあシャーロットは今ごろ、穢れ病に掛かってるんじゃ?」
「その通り。だからシャーロット殿は今、隔離室で苦しんでいる。悪魔と契約したのは彼女なのだから自業自得ではあるものの、さすがに哀れでならないですよ」
つまり何度治しても、すぐに再発する病に犯されたようなもの。想像するだけでも苦しくなってきます。
そして、そもそもそうなったのは……。
「私のせいでしょうか……私がいたせいで、シャーロットさんはそんな目にあっているのかも……」
「は? なんでマルのせいなんだよ。そういえばアイツ、マルを狙ってきてるみたいだったけど、どういうこと?」
険しい顔をして聞いてくるミシェル様。
そういえばシャーロットさんと何があったか、まだ話せてませんでしたっけ。
仕方ありません。
この前井戸でシャーロットさんや彼女の仲間の人達に、お世話係をやめるよう言われた事を、皆さんに教えることにしました。
アレックス様は黙ってじっと聞いていて、ミシェル様とダイアン様は話が進むにつれて顔が強ばり、そして全てを話し終えた後、ハンス様が口を開きました。
「なるほどな。これで一つ謎が解けた。実はこれも黙っていたが、最近教会内で聖女が次々と倒れる事件が起きていたんだ。しかも倒れた聖女達は皆、穢れに犯されるというな」
「そんな事件が起こっていたの? 初耳なんだけど! そういやハンスさん、何か忙しそうにしてたみたいだし、アレックスさんも調査隊とか言ってた気がするけど、それってこの件だったの?」
「左様でございます。そして今のマルティアの話を合わせて考えると、恐らく彼女達はシャーロットに襲われたのでしょう。被害にあった聖女は皆、シャーロットと交友があったとされる者ばかり。しかしマルティアとの一件で、シャーロットが逆恨みして襲ったと考えたら、辻褄が合う」
そういえば昨日最初に襲われていた子も、シャーロットさんと仲が良かったはず。
なのにこんな事になるなんて。私があの時、うまくやっていれば……。
だけどうつ向いているとポンと肩を叩かれて、振り返るとそれはミシェル様でした。
「なに考えてるかはだいたいわかるけどさ、気にする必要はないから。マルは何も間違ったことしてないし、言っちゃあなんだけどこの程度で壊れるような友情なら、遅かれ早かれ壊れてたよ」
「だね、アタシもそう思う。マルティアちゃんは、たまたま巻き込まれただけだって」
「お二人とも……ありがとうございます」
ミシェル様とダイアン様に頭を下げる。
ただそれはそれとして……。さっきミシェル様の手が置かれた肩がなぜかとても熱いのは、どうしてでしょう?
私、なんだか昨日から変なんです。
ミシェル様のお顔を見ていると、不思議とドキドキしてくるのですけど。これはいったい、どうしたのでしょう?
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