第37話 祓われた穢れ
「我慢してください、シャーロットさん。穢れよ、祓え!」
「や、やめ……アアーッ!?」
手のひらから、浄化の光が広がっていく。
そしてだんだんと、シャーロットさんの中にある穢れの気配が和らいでいきます。
どうやら悪魔と契約しているといっても、浄化の方法自体は通常の穢れを祓うのとさほど変わらない様子。これなら。
だけど、浄化を行っていると……。
「キャアアアアアッ! 腕、わたくしの腕がー!」
突如響きわたる絶叫。そして何かに苦しむかのように、シャーロットさんはバタバタと体を揺らしはじめたのです。
いったい何が?
すると気づいたのは、あり得ない方向に曲がっている腕。さっき攻撃を受けて、骨が折れた腕です。
けどさっきまでは平然としていましたけど、まさか浄化を行うことで痛みを感じるようになったんじゃ?
理屈はわかりませんけど、さっきまで痛がっていなかったのが穢れの影響なのだとしたら。それを消し去ってしまうことで、大きな痛みがくるのではないでしょうか?
もちろんそれでも、このまま浄化しないわけにはいきません。
だけど苦痛に歪むシャーロットさんの顔を見ると、どうしても躊躇って……。
「は、離れなさい!」
「キャッ!?」
一瞬迷ったのがいけなかったのでしょうか。突然シャーロットさんが勢いよく身を起こして、私はそのまま後ろに押される。
幸い、倒れることなく立ち上がることができましたけど、シャーロットさんはまるで仇でも見るような目を、私に向けます。
「アンタさえ……アンタさえいなければ……死ねー!」
怒りに呼応するように、シャーロットさんの中からまたも一匹、蛇が現れる。
そしてそれは牙を剥きながら、私の喉笛めがけて飛びかかってきたのです。
──やられる!
そう覚悟したその時。
ザシュ────ブシャァァァァッ!
……何が起きたのか、分かりませんでした。
突如飛びかかってきていた蛇が真っ二つに斬られて、真っ黒な血を吹き出したのです。
そして状況を理解する間もなく、私は抱き締められました。
「──マルに手を出すな!」
ミ、ミシェル様!?
私を抱き締めていたのは、駆けつけてくれていたミシェル様だったのです。
そして彼の握っている剣は斬った蛇の血で染まっていて、今も私を返り血から守るように腕の中に抱いている。
わ、私はまた、ミシェル様に助けられたようです。
そして返り血を浴びたミシェル様のお顔を、まじまじと見つめる。
(ミシェル様……)
その顔は血を浴びてなお美しさは失われず、真っ直ぐな鋭い目をしていて、こんな時なのに思わず、綺麗って思ってしまいました。
そしてその瞬間、私の心臓がドクンと跳ね上がる。
な、何でしょうこの感覚。
ドクンドクンと鼓動が刻まれていき、胸が熱いような締め付けられるような不思議な気持ち。
だけど不思議と目はミシェル様から離すことができなくて、でも見つめれば見つめるほど、更にドキドキが加速していく。
私、変です。このままだと、頭がおかしくなりそう。
だけど離れようにも、ミシェル様の力強い腕にがっしりと掴まれていて、離れることができない。
「マルは……マルティアは俺の大切な人だ。指一本触れてみろ、腕ごと斬り落とす!」
「──っ!」
まるで言葉の一つ一つが見えない矢になって、突き刺さってくるかのよう。
一音一音聞くたびに、心臓が跳ね上がっていく。
本当に、どうしてしまったのでしょう?
だけどそんな私を、アレックス様とダイアン様の声が現実に引き戻す。
「どなたでもいい、誰か浄化の続きを頼みます! 蛇を斬ることができたということは、力が弱まってるということです!」
「よーし、後はアタシがやる! ミシェルはそのまま、マルティアちゃんを守っといて!」
ハッと我に返った私は、ダイアン様達に目をやる。
さっきの浄化でも少しは効果があったのか、斬れなかったはずの蛇が斬られていて、床に転がっています。
そしてアレックス様は残りの蛇の相手を。ダイアン様はシャーロットさんに向かって駆け寄ると、彼女を後ろから羽交い締めにしたのです。
「は、放しなさい。私を誰だと思っているのですか!? 誇りある伯爵家の──」
「あー、はいはい。これ以上お家の誇りを汚したくなかったら、大人しくしててよ。アタシの歌を聞けー!」
──ホゲエェエェエェッ!
ダイアン様が口を開いたかと思うと、この世のものとは思えない恐ろしい歌声が、辺りに響く。
そ、そうでした。歌うのがダイアン様流の、浄化の仕方なのでしたよね。
だけど、歌唱力はともかくさすが特級聖女様。浄化の力は絶大のようで、シャーロットさんの中にあった穢れがどんどんなくなっていくのが分かります。
そして完全に浄化すると同時に彼女は糸が切れた人形のようにガクンと崩れて、同時に辺りにいた蛇達も、まるで煙のように消えてしまいました。
「……浄化完了。悪魔契約者と戦ったのなんて初めてだったけど、どうやら契約主を浄化すると操っていた魔物も消えちゃうみたいだね」
意識を失ったシャーロットさんを支えながら、安堵の息をつくダイアン様。
そして私とミシェル様はというと。
「終わった……のか?」
「マル、大丈夫だった? 怪我はしてない?」
抱き締めるのをやめると、今度は両肩を掴んで安否を確認してくるミシェル様。
だけど私はそんな彼の手を離れて、一歩後ろに下がりました。
「マル?」
「ご、ごめんなさい。何でもないです。それより、ミシェル様こそ大丈夫なのですか?」
「俺は何も問題ないよ。それにしてもこの状況、どうするか」
激しい戦いのせいで武器庫内は滅茶苦茶になっていて、そして何よりシャーロットさん。
穢れは消えたとはいえ、どうしてこんなことになったのか。
魔物を操れたのは、本当に悪魔と契約したからだとしたらなのでしょうか?
すると、アレックス様が言ってくる。
「とにかくまずはここから出て、シャーロット殿の事は調査隊に任せましょう。実はお二人には言っていませんでしたけど、最近教会内で妙な事件が起きていて、調査隊が作られていたのです。恐らく今回の件も、関係があると思われます」
妙な事件?
そんなことが起きていたなんて初耳ですけど、いったい私たちの知らないところで、何が起きていたのでしょうか?
そして……。
「ところでミシェル殿。後でその格好についても、説明してもらっていいですかな?」
「うっ、これは……」
途端にミシェル様の顔が引きつる。
そういえば今は普段の大聖女の姿ではなく男性の格好をしていて、更に言うとさっきまでこっそり町に行っていたのですよね。
シャーロットさんは止められましたけど、どうやらもう一山ありそうです。
ただこの時私達はこの時、武器庫の入口からこちらを覗いている影があることに、誰も気づいていませんでした。
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