第36話 蛇の魔物
言われた通り棚の陰に隠れながら様子を伺っていましたけど、やがて武器庫の扉が開き、蛇を首に巻いたシャーロットさんが入ってきました。
「あら、アナタ一人……じゃないわよね。マルティアは奥に隠れているのかしら?」
「答える義理は無いさ。それよりお前、悪魔と契約したのか? ちっ、悔い改めるどころか、落ちる所まで落ちたな」
「……悔い改める?」
シャーロットさんの眉がピクリと動いたのが、隠れている私でも分かりました。
悔い改める……たしかそれって、前にミシェル様が私に水を掛けたシャーロットさんに言った言葉。
するとシャーロットさんはマジマジとミシェル様を見つめ、何かに気づいたように大口を開けて笑い出す。
「あはっ、あははははっ! そういうことだったのね。どうしてあんな子が騎士様に守られてるのか不思議だったけど。その格好はどうなさったのかしら、大聖女様?」
──っ! ミシェル様だって、気づかれた!?
「男性に変装なさるだなんて、いったいどんな遊びですの? まあ、どうでもいいんですけどね。邪魔をするというのなら、大聖女様でも容赦しませんわ。何せ今の私はアナタよりも、もっと大きな力を持っているのですもの」
シャーロットさん。どうやらミシェル様が男装しているって勘違いしているみたいです。
けど正体が分かっても、暴挙をやめる様子はありません。
するとそんな彼女に、ミシェル様は剣を構える。
「力ってのは、魔物を従えるってこと? そんな誰かを傷つけるだけの力、何になるってんだ」
「あら大聖女様。剣を向けてそんなことを言われても、説得力ありませんわ。それだって人を傷つけるための道具ですわよね」
「違う。俺とお前を一緒にするな。俺が剣を学んだのは、マルを守るためだぁっ!」
床を蹴って、手にしていた剣がシャーロットさんを襲う。
だけど、斬るわけではありません。ミシェル様は剣を横に払い、刃の無い腹の部分をシャーロットさんに振るったのです。
「キャアッ!?」
よほど力が強かったのか、シャーロットさんは横にふっ飛び、床に倒れました。
何という早さ。素人目にも、ミシェル様の剣の鋭さがわかりました。
もしも刃の部分で斬っていたら、きっとシャーロットさんは真っ二つになっていたでしょうけど、そうしなかったのはミシェル様の優しさでしょうか。
けどそれでもあれだけの打撃を食らったのですから、骨くらい折れているはず。これで大人しくなってくれたらいいのですけど。
でも……。
「……あらあら、驚きましたわ。大聖女様って、案外乱暴ですのね」
「なっ!?」
痛がる素振りを見せずに、むくりと起き上がるシャーロットさん。
そんな、確かに直撃を受けたはずなのに。
だけどよくよく見てみると、攻撃を受けたのは間違いないはず。だって剣を受けた左手が、あり得ない方向にひん曲がっていたのですから。
……あれは、確実に折れています。
しかしにも関わらず、シャーロットさんはまるで痛みを感じてないみたいに、曲がった腕をぶらぶらさせながらニタリと笑う。
「酷いわミシェル様。私の体をこんなにしてしまうなんて。責任……取ってくださいな!」
折れていない右手を、ミシェル様に向けてかざす。
するとそれに合わせるように絡み付いていた黒い蛇が「シャ~」っと口を開けて、襲って来たのです。
ミシェル様も剣を振るって、今度は刃の部分で斬りつけますが、鱗が固いのか蛇は全然斬れる様子がありません。
「あらあら、どうしたのかしらミシェル様?」
「くっ! いい気になるな……うわっ!?」
喉笛に噛みつこうと頭を伸ばしてきた蛇を、寸でのところで躱すミシェル様。
あ、危なかったです。
ミシェル様は蛇の不規則な動きに、防戦一方。
対してシャーロットさんは余裕の笑みを浮かべている。
このままでは、やられるのは時間の問題かも。私も何か、できることはないでしょうか……。
だけどその時、再び武器庫の扉が開きました。
「そこまでだ魔物使い! 二人から離れろ!」
「マルティアちゃんにミシェル、大丈夫!?」
入ってきたのはなんと、アレックスさんとダイアンさんだったのです。
お二人とも、どうしてここに!? もしかして騒ぎを聞き付けて、やってきてくれたのでしょうか?
何にせよ、これでこっちの戦力は3人。これなら何とかなるかも。
けど、シャーロットさんはやって来た2人に対して。
「アナタ達邪魔ですわ。この子達の相手をしてなさい」
「うわっ……これは?」
「ちょい待て、いきなり蛇が現れたんだけど!?」
シャーロットさんは最初にやったみたいに蛇を、しかも数匹出現させたのです。
操る蛇って、一匹だけじゃなかったのですか!?
そして新たに出現した蛇に、アレックスさんとダイアンさんを襲わせる。
「はあっ!……ダメだ、刃が通らない」
「聖女キィーック……うわっ、くねくね動いて当たらない!」
固い体と不規則な動きに対応できず、この前の戦いでは無敵を誇っていたダイアン様も苦戦している模様。
そもそもここは本来戦う場所ではない、狭い武器庫。体が小さくて小回りのきく蛇達に、地の利があるのかもしれません。
いったい、どうすれば……。
だけどその時、蛇と戦いながらアレックス様が叫びました。
「ミシェル殿、聞こえますか! この蛇達が彼女の使役している魔物なら、聖女の力で彼女の中にある穢れを浄化すれば、蛇の力も弱まるはずです! 悪魔との契約者を倒すためにはまず、契約者の穢れを祓う必要があるのです!」
──そうだったんですねっ!
思わぬ所から分かった撃退方法。
するとこれは想定外だったのか、さっきまで余裕だったシャーロットさんの表情が強ばりました。
「余計なことを……お前達、早くそいつらをやってしまいなさい! さっさと片付けて、マルティアに復讐してやるんだから。マルティアだけじゃないわ、ミシェル様も……手足をボキボキに折って、殺してくださいってお願いするくらい、地獄を見せてあげるわ!」
──っ! なんてことを!
物騒な言葉に、足がガクガクと震え出す。
そんなこと、絶対にさせるわけにはいきません。けど対処法は分かっても、ミシェル様達は蛇と戦っててとてもシャーロットさんの浄化なんてできそうにありません。
せめて私にも何か、できることがあれば……。
(……聖女の力で、シャーロットさんを浄化すればいいのですよね。だったら)
ミシェル様達は蛇の足止めで手一杯。けど、私なら……。
隠れるよう言われたミシェル様の命令に背くことになるのですが、ごめんなさい。罰は後で、いくらでも受けますから!
決意するや否や、私は棚の陰に隠れながら移動を始める。
この武器庫はいくつも棚が並んでいて、非常に視界が悪い。それを利用して気づかれずに、できるだけシャーロットさんに近づくのです。
そして死角に隠れながら近づいていると、シャーロットさんは姿の見えない私に対して叫んでいます。
「出てきなさいマルティア! アナタが出てきたら、この人達は助けてあげますわよ!」
さっきと言っていることが違っていますけど、とても信用できません。
もしかしたらシャーロットさんは穢れに犯され過ぎて、既にまともな判断能力なんてないのかも。
けど、そんなに言うなら行ってやります。
私は陰から飛び出すと、シャーロットさんめがけて駆け出しました。
「シャーロットさん!」
「マルティ──キャッ!?」
シャーロットさんに飛びつくと、押し倒すように床に転がる。
そして馬乗りになる形で、彼女を押さえつけます。
「マル、いったい何を!?」
「マルティアちゃん!?」
ミシェル様とダイアン様が驚きの声を上げますけど、答えてる暇なんてありません。
それより蛇を何とかするためには、シャーロットさんの中にある穢れを浄化すればいいのですよね。だったら私でも、それは可能なはずです!
私は力の弱い2級聖女ですけど、前に言っていたミシェル様から力を借りているのが本当だとしたらあるいは……いえ、必ず成功させます!
シャーロットさんの胸を両手で押さえると、浄化の力を解放しました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます