第35話 迫りくるシャーロットさん

 面白そうに笑うシャーロットさん。

 私は遊びで人を襲うという感覚が理解できずに足がすくみましたけど、ミシェル様は違いました。


「マル、その子は俺が背負って逃げる。なめられてるのは癪だけど、待ってくれるって言うなら甘えよう。教会に逃げ込んで、アレックスさんかダイアンを探すんだ。あの人たちなら、力になってくれるはずだよ!」

「は、はい」


 確かに、震えている場合ではありませんよね。

 気を失っている彼女をミシェル様に預けると、まるで待っていたかのようにシャーロットさんが口を開く。

 

「準備はいい? それじゃあ数えるわ。い~い、に~」


 余裕を見せつけたいのか、ゆっくりと数を数えていくシャーロットさん。

 私達はそんな彼女に背を向けて、教会に向かって走り出す。


「きゅ~、じゅ~。ふふ、それじゃあ始めましょうか。せいぜい楽しませてくださるかしら」


 走りながら振り返ると、シャーロットさんがゆっくりと歩き出すのが見えます。

 こうして恐怖の追いかけっこの、幕が開けたのです。


 教会の裏口から敷地内へと入り裏庭までやってくると、神父さんや一般聖女の姿がちらほら見えます。

 そんな彼らに向かって、ミシェル様が叫ぶ。


「皆逃げろ。ヤバい魔物が、すぐそこまで来てる!」


 裏庭にいた人達が、一斉にこっちを振り返る。

 普段大聖女として振る舞っている時とは違って男性の格好をしているミシェル様。声色も変えずに、口調もプライベートの時のものです。


 私は追われている真っ最中にもかかわらず、正体がバレてしまうのではとヒヤリとしましたけど、普段の変装が完璧なおかげか皆気づいていないようで、一人の神父さんがいぶかしげに声をかけてきました。


「アナタはいったい? 魔物って、こんな町中にいるはずが……」

「あー、もう! 俺は教会騎士のミック、来てるもんはしょうがないだろ! いいから早いとこ逃げるなり、騎士を呼ぶなりして!」


 詳しく状況を説明している暇なんてありません。何せシャーロットさんは、すぐ近くまで追ってきているのですから。

 すると今度は、一人の修道女が悲鳴を上げました。


「キャー! な、何あれー?」


 後ろを見ると、そこには裏庭に入ってくるシャーロットさんの姿が。

 そして彼女は自分の体にさっきの蛇を巻き付け、笑いながら歩いてきています。

 その姿は不気味としか言いようがなく、さっきまでミシェル様の言葉を疑っていた神父さんも、戦慄した顔で彼女を見る。

 

「き、君は確か、シャーロット嬢。そ、その蛇は魔物なのか?」

「あらあら。外野がうるさいわねえ。アナタの言う通り、この子は魔物で私のしもべよ。可愛いでしょう?」


 笑みを浮かべながら、蛇の頭を撫でるシャーロットさん。

 その姿がよほど恐ろしかったのか、さっき悲鳴をあげた修道女がまたも「ひっ」と声を上げて腰を抜かし、ペタンと地面に座り込んでしまいましたけど……そんな彼女に、シャーロットさんは目を向けました。


「あらアナタ。ずいぶん失礼な反応じゃないの。せっかくだからついでに、アナタもこの子の餌にしてあげる」

「え、餌って……た、助け……」


 立てないながらも逃げようとシャーロットさんに背を向けましたけど、途端にそれまで大人しくしていた蛇が、彼女めがけて飛びかかっていきました。


 ……いけない、助けないと。

 だけど蛇の動きが早すぎてとても間に合わず、背を向ける彼女の首に噛みついたのです。


「あっ……」


 彼女は小さい声を漏らすと、そのまま地面に身を伏せて、動かなくなってしまいました。

 ま、まさか死んでしまったのですか? すると、ミシェル様が叫ぶ。


「やめろ、お前の狙いは俺達だろ!」

「ふふふ、アナタ達じゃなく、マルティアだけなんだけど……いいわ。それならアナタも、標的にしてあげる。ほらほら、早く逃げなさいな」

「ちっ、どこまでも悪趣味な奴。ちょっとそこのアンタ、この子を頼む!」


 背負っていた聖女を、神父さんへと預けるミシェル様。


 そして挑発するように、シャーロットさんに向かって声をあげる。


「さあ、追いかけてこい! 追い付けるもんならなあ!」

「まあ、威勢のいいこと。その顔が恐怖に歪む瞬間が、楽しみですわ」

「……やっぱり悪趣味。マル、行くぞ!」


 ミシェル様は私の手を引いて、そのまま教会の内部に入って行く。

 そしてシャーロットさんはまた、ゆっくりと歩きながら追ってきます。


「……ごめんマル。ああ言って、自分達を囮にするしか手はなかった。マルを危険な目に遭わせることになるのに」

「そんな、ミシェル様が謝ることじゃありません。それに、元々シャーロットさんの狙いは私なんですから」


 どうしてミシェル様があんな挑発するようなことを言ったのか、分かってないわけじゃありません。

 下手したら私達でなくあの場にいた全員を襲いかねませんから、ミシェル様はあえてあんな言い方をして、追ってこさせたのです。

 ミシェル様とは付き合いが長いわけではありませんけど、それくらい分かります。


 逃げながら誰かと合流して、シャーロットさんを取り抑える。おそらくそれが、一番被害を少なく留められる方法でしょう。

 ただ気になるのは……。


「シャーロットさん、どうしてあんなことを……もしかしたら、私のせいかも」


 この前の井戸での一件が頭をよぎる。

 あの時シャーロットさん、かなり私のことを恨んでいるみたいでしたけど、まさかこんなことになるなんて。

 そして魔物を従えていると言うことはやはり、悪魔と契約を結んだということなのでしょう……。


「もしも本当に悪魔と契約を結んでいるとしたら……ミシェル様、悪魔に取り付かれた人の対処法って、ご存じですか?」

「いいや。何かあるんだろうけど、知らないや。ハンスさんなら知ってるかもしれないけど、こんなことなら聞いときゃよかったよ。とにかく今は、俺達だけで身を守る方法を取らなきゃ。ついてきて!」


 そうしてミシェル様に先導されて向かったのは、教会騎士団の武器が置いてある保管庫。


 そこは剣や槍などの武器が収納された棚がいくつも並んでいて、棚の陰に隠れたら見つかりにくそうです。

 けど、ミシェル様は隠れるためにここに来たわけではなかったようで。剣を一本取り出すと、私に言います。


「あのシャーロットって子は、俺が迎え撃つ。マルは奥に隠れてるんだ」

「そんな。ミシェル様だけに任せるわけには」

「いいから下がって! マルを守りながらじゃ戦えない。足手まといだから!」

「──っ! はい……」


 ズキンと痛む胸を押さえながら、言われた通り奥へと引っ込んでいく。

 私を逃がすためにわざときつい言い方をした事くらいわかっていますけど、何もできない自分が悔しいです。

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