第2章 大聖女様の初遠征
第14話 遠征は大変です
穢れの発生した街、シマカゴを救うため、教会を出発した私達。
シマカゴまでは距離があるので、移動は馬車。ミシェル様とハンス様、それにアレックス様といういつものメンバーが中に乗っていますけど、外にはアレックス様以外の教会騎士の方々も護衛についています。
道中しっかりとミシェル様を守らなければならないので、当然ですね。
もっとも当の本人は。
「こんなにたくさんの護衛なんて大袈裟ですわ。自分の身を守る術くらい、持っていましてよ」
普段お部屋にいる時とは違う聖女モードの口調で、そんなことを言っています。
元々ミシェル様本人も、騎士団で剣を振るっていた身。守られるのは性に合わないのだとか。
今のミシェル様はいつものヒラヒラした御召し物ではなく、動きやすい格好をしていますし、もしも剣を持たせたら案外様になりそう。
けどやっぱり、危ない事には近づかないに限りますよ。もしもミシェル様に何かあったら、浄化ができなくなってしまうのですから。
すると不意に、ハンス様が声を潜めながら話し始める。
「ここにいる者に、少し話がある。分かっていると思うが道中くれぐれも、ミシェル様の正体を悟られないように」
「……承知していましてよ。心配なさらなくても、完璧に演じて見せますから。そのために、地獄の特訓を耐え抜いてきたのですもの」
自信たっぷりに笑みを浮かべるミシェル様。本当は男性だと言うのを忘れてしまいそうなほど、自然な女性の顔です。
いつも思いますけど、普段お部屋にいる時と外に出た時とでは、雰囲気が違いすぎますよ。いったいどんな特訓をしたら、こんな風に切り替えが可能になるのでしょう?
「まあ、普段の振る舞いはそれで良いとして。数日掛けての旅となる以上、危険も多くなる。マルティア、お世話係であるそなたも、上手く立ち回るように」
「は、はい。勿論でございます」
返事をすると、今度はアレックス様が苦笑いを浮かべる。
「頼むよ。特に宿では、ミシェル殿と同室なのは君だけなんだから。私達ではフォローできない部分を、頑張ってもらわないと」
「はい……って、同室って。私とミシェル様がですか!?」
「ちょっと待て! ……お待ちなさい。それ、初耳ですわよ」
ミシェル様が一瞬、素が出るくらい驚いて、私も目を丸くする。
だけど、ハンスさんもアレックスさんも平然と答える。
「仕方がないでしょう。何かあった時のために、ミシェル様の傍には常に誰かついておく必要があります。そして、表向きはミシェル様は、女性ということになっています」
「いくら護衛のためとはいえ、さすがに我々が同じ部屋でっていうのは、マズイからねえ」
それは、確かに。
けど私達が同室っていうのも、マズくないですか?
「ミシェル様、分かっているとは思いますが、くれぐれも間違いなど無いように」
「わ、分かって……いますわ」
「マルティアは……そなたは心配しなくても、問題なさそうだな」
「も、もちろんです。だいたい今は、シマカゴの街を救うための旅の途中。不謹慎な事なんていたしません」
ハンス様が釘を刺したのは、そういう事……なんですよね。
ミシェル様と同室なのは緊張しますけど、さすがにそれは話が飛躍しすぎですって。
だけどハンス様とアレックス様はジトッとした目でミシェル様を見て、そのミシェル様は何だか気まずそうに顔を背けている。
「ミシェル殿見ましたか。マルティア殿の純真無垢さを。まさか穢れなき彼女の意思を、台無しにしたりはしませんよね?」
「あ、当たり前ですわ。理性を総動員して、耐えてみせますとも」
ミシェル様と同室だなんてやっぱり緊張しますけど、しっかりやらないと。
すると今度はハンス様が、私に言う。
「それとマルティア。さすがに心配無いとは思うが、ミシェル様が湯あみをする機会もあるだろう。その時は絶対に、誰にも見られないように」
「湯あみですか?」
「ああそうだ。もし見られでもしたら、一発でバレてしまうからな。例えばどこぞの恥女が、大聖女様と裸の付き合いをしたいと乱入してこようとしたら、体を張ってでも止めるように」
「は、裸の付き合い!? そ、そんな人、国中探したっていませんって!」
秘密がバレるのを心配するのは仕方がないですけど、何なんですかそのあり得ないシチュエーションは!?
前にうっかり服を脱いでる所に乱入してしまった私が言うのもなんですけど、さすがにそれは起きようがありませんって。
だけどハンス様もアレックス様も、ミシェル様もうつ向いてしまいました。
「……うん、普通はあり得ないよね」
「普通ならな……。なのにあのお方ときたら」
「まあまあお二人とも。さすがにあのような事は、二度とありませんって」
何だか三人とも、げんなりした様子ですけど。
私何か、変なこと言ったでしょうか?
「まあとにかくだ。もしもこの旅の途中でミシェル様が男だとバレたら、大きな誤解を生むかもしれん。穢れに苦しんでいるシマカゴに、偽物の大聖女を寄越そうとした、などな」
「偽物ですか!?」
「端から見れば、そう思われても仕方がないという事だ。そうなると暴動が起こるかもしれん」
確かに。シマカゴの人達は大聖女様の到着を待っているはずなのに、やっと来た大聖女様が偽物だって誤解されたら、どうなるか分からない。
ミシェル様の秘密を守るのは、思ってたより責任重大かもしれません。
「まあそうは言っても、シマカゴに到着するまで数日掛かります。その間ずっと気を張ることもないでしょう。普段は我々もサポートいたしますから、ミシェル殿もマルティア殿も、ゆっくりされてください」
アレックス様のお気遣いが嬉しいです。
こうして私達を乗せた馬車は街道を進んで行き、夕方には宿場町について、宿に泊まる。
夜はミシェル様と同室で寝なければいけませんでしたから、案の定緊張してしまいましたけど。
ミシェル様はそんな私の心境を察してくださったみたいで、こんな事を言ってくださいました。
「マル、安心して。絶対に変な気は起こさないから。やましい気持ちなんて全く、これっぽっちも、欠片ほども沸いてない! マルに手を出すなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないから! だから安心して眠っていいよ!」
ああ、ミシェル様。
私のことを気遣って熱弁を振るってくれるなんて、なんとお優しい。
感激で涙が出そうになって、不思議と胸の奥がグサグサと痛みますよ。
ただ夜中になって二つ並んだ隣のベッドで眠っていると隣から……。
「はぁ。こんな可愛い生き物の横で、手を出さずに大人しく寝ろだなんて。何だよこの拷問……」
って声が聞こえてきた気がしたのですが。
きっと寝ぼけて夢でも見たのでしょう。
そんな事がありながらも、旅は二日目三日目と順調に進んでいたのですが。
四日目の夜、事件が起きました。
その日宿を取ったのは、サーガと言う小さな村。
夜になって夕飯をすませた私とミシェル様は、二人で部屋にいたのですが、何やら廊下の方で騒がしい声が聞こえてきたのです。
「無礼者! この宿にどなたがお泊まりになっているのか、知らないのか!」
「知ってるさ、だから来たんだ。大聖女様、どうかうちの娘をお助けくださいませー!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます