第13話 舞い込んできた初任務

 前にイタズラをしても構わないと言った以上、二人きりの時にやる分には構いません。

 けど、人目の多い食堂だとさすがに。そしてミシェル様なら、それをやってもおかしくありません。

 この7日間行動を共にして、それがよーくわかりました。

 しかしその事を伝えると、ミシェル様は不満げに頬を膨らませる。


「良いじゃん、見せつけてやれば。マルのケチ」

「どうか助けると思って、考えを改めてください。そんなことをしたらミシェル様に対して馴れ馴れしいって、私は袋叩きにされちてしまいます」

「袋叩きって、そんなオーバーな……って、待って。まさか本当にそんな事をする奴がいるんじゃ……だったら許せない。叩き斬る」


 ミシェル様の声が低く鋭いものに変わって、背筋が冷たくなる。


「ま、待ってください。袋叩きと言うのは、ただの比喩ですから!」

「む、ならいいけど……つい騎士団時代の血が騒いじゃった」


 うーん。いくら騎士団でも、何でもかんでも斬るのはどうかと思いますけど。

 だけどそんなミシェル様が、私が陰口を叩かれてるって知ったら、どんな行動に出るか。

 これは何としてでも、食堂からは遠ざけないと。


「そ、それよりミシェル様。早く着替えをすませませんと、ハンス様やアレックス様が来てしまいますよ」

「分かったよ。あーあ、結局マルと一緒に食事の話は無しか」

「元気を出してください。けど食事は無理でも、お茶ならいつでもお付き合いしますから。何なら今度はいつもとは逆に、私がミシェル様に『あーん』をしてあげますよ」

「えっ? マル、今なんて言った?」


 突如食い入るような目で、私を見てくるミシェル様。

 少しでも場を和ませようと冗談のつもりで言ったのですが、マズかったかも?


「本当だね。聖女に二言はないね。言質取ったからね」

「ま、待ってください。すみません、今のは冗談で言っただけで……ああっ、そんなこの世の終わりみたいな顔をしないでください! 分かりました。『あーん』でもなんでもしますからー!」

「よし、今度こそ間違いないね。俄然やる気が出てきたー。早いとこ今日の仕事を終わらせて、お茶しよー!」


 ミシェル様は何故か大はしゃぎ。

 ど、どうやら私は、とんでもない契約をしてしまったみたいです。

 今日のお仕事が終わるまでに、覚悟を決めた方が良さそうですね。


 こうしてすっかり温度差ができてしまった私達ですけど。

 その時不意に、部屋のドアがコンコンとノックされました。


「とうぞ」

「失礼します。ミシェル様、それにマルティアもいるな」


 入ってきたのは、ハンス様とアレックス様。

 何だか二人とも、焦っているように見えます。


 どうしたのでしょう? 予定では、今日も教会に来られる方々のお相手をすることになっていましたけど……。

 するとアレックス様が、意外なことを口にする。


「今日の予定は全て変更だ。急な話で悪いけど二人とも、すぐに旅支度をするように」

「旅支度?」

「旅支度……ですか?」


 旅って、いったいどこへ行くと言うのでしょう?

 すると今度は、ハンス様が説明を始めます。


「南のシマカゴと言う街で、穢れの大量発生があった。沸き出した穢れにより、既に多くの者が穢れ病に犯され、更には魔物も集まってきている」

「穢れが!? シマカゴって聞いたことありますけど、たしか貿易の街でしたっけ」

「そうだ。現在病の流行と魔物の出現により街の機能は止まってしまっていて、このままだと流通に大きな影響が出る。そこで教会は、大聖女ミシェル様の派遣を決定した。ミシェル様、行ってくださいますね?」


 ──っ! とうとうその時が来たのですね。

 いつかはこうなるって分かっていましたけど、いざこうして指示が出ると、胸の奥がざわざわしてきます。

 穢れを祓うのはミシェル様であって、私はただの付き人だと言うのに。


 そしてそのミシェル様はと言うと、黙ったまま真剣な面持ちでハンスさんを見つめていましたけど。やがてふうっと息をつきます。


「分かりました……それが聖女としての、本当の初仕事ってわけか」

「はい。もちろんアナタに危険が及ばないよう、最善を尽くします。魔物討伐のための騎士団も、ただちに現地へ向かわせますゆえ。ミシェル様は魔物を追い払った後で、穢れた大地の浄化を行ってくださいますよう、お願いいたします」

「了解……俺も騎士団と一緒に、暴れてもいいんだけどね。元々騎士団員だったって、知ってるでしょ」

 

 言いながら、剣を振るうようなポーズを取る。

 だけどアレックス様もハンス様も、そんな彼を制する。


「ミシェル殿。お気持ちは分かりますけど、もしも御身に何かあったら、誰が浄化を行いますか。どうか戦いは騎士団に任せてください」

「左様……戦う聖女なんて、一人いれば十分です」

「分かったよ。とにかくまずはそのシマカゴって街に向かって、騎士団が魔物を追っ払うのを待てばいいんだね」


 承諾するミシェル様。

 これでやるべき事は決まりました。


「そうと決まれば、早速準備に取りかかろう。と言っても、旅って何を持っていけばいいのかな? ドレスじゃ歩きにくいだろうし、もっと動きやすい服の方が良いだろうけど、女物の動きやすい服ってわかんねー」

「それなら私にお任せを。こんなこともあろうかと、用意してありますから」


 実はいつ何処に派遣されても良いように、長旅用の服はちゃんと準備していたのです。

 この7日間。何もしてなかったわけじゃありませんよ。


「ありがとう、さすがマル。あ、でも……」

「何でしょうか?」

「今から旅に出るってことは、お茶会はしばらくお預けかあ」


 ミシェル様はしょんぼりしてしまいましたけど、今それを言いますか!? 

 もう、どれだけ『あーん』をしたかったんですか!?

 シマカゴでは助けを待っている人が大勢いるのですから。まずはそっちに、集中しましょう!


 その後ミシェル様は気を取り直して、シマカゴの街を救うべく旅に出ることが決まったわけですけど。

 これが大聖女としての、ミシェル様の初仕事。私も全力で、サポートさせてもらいます!

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