第12話 悪口を言われてもめげません

 夜が明けようという頃、私は自室のベッドの上で目を覚ます。


 うーん、今日もお仕事頑張らないと。

 ミシェル様のお世話係になってから、今日で7日目。

 最初は何をするにもおっかなビックリでしたけど、ようやく慣れてきました。


 まあ初日にミシェル様のお部屋で気絶してしまうという、大失態を犯してしまったわけですけど。

 

 けど、いつまでもそんなダメダメなお世話係ではいけません。

 少しずつできる事を増やして、早く一人前のお世話係にならないと。

 着替えの手伝いは未だに恥ずかしさがありますけど、ミシェル様のお召し物は一人では着られない複雑な作りのものが多いので、こっちも慣れないといけませんね。


 そのためにもまずは朝食をしっかり取って、元気をつけないと。

 寝間着から修道服に着替えて、部屋を出て行く。

 さあ、今日も頑張りましょう。



 ◇◆◇◆



 今は朝食の時間ということもあり、教会内にある食堂は一般の聖女や、他の教会関係者でごったがえしている。


 私も食堂の隅で、一人で朝食を取ります。

 もうすっかりお馴染みの、いつもの光景。他の聖女の方々は仲の良い方々と楽しそうに話しながら食べていて、たまにそれを羨ましいって思うこともありますけど、私は常に一人なのですよね。

 それももう慣れましたけど。


 ただ最近、少し気になるのは……。


「ねえ聞きました。大した力もないくせにミシェル様のお世話係をやっている、身の程知らずの2級聖女の話を」

「ええ。図々しいにも程がありますよね。いったい何様のつもりなのだか」

「しかもその人、醜い白い髪をしているのだとか」

「まあ、何ということでしょう。私だったらそんな髪をしていたら、恥ずかしくて表を歩けませんわ。そんなのがお世話係だなんて、許せませんわね」

 

 聞こえてきたその声に、思わず身を縮める。

 ミシェル様のお世話係になって7日。私がお世話係になったという噂は一般聖女の間でも広まっているようなのですが、どうやら皆さん納得していないみたいです。今まで何度、こんな言葉を聞いたことか。


 今喋っていた子達は、すぐ側に私がいることに気づいているのでしょうね。さっきからチラチラと視線を感じますもの。

 すると彼女達の会話は、さらにエスカレートしていく。


「ミシェル様もどうして、そんな子をお世話係に選んだのかしら?」

「もしかしたら何か弱みを握って、お世話係にするよう脅したとか?」

「まあ、なんて酷い。聖女の風上にも置けませんわね。こんな子がミシェル様のお世話係だなんて、嘆かわしいですわ」


 弱みを握って脅したなんて彼女達の想像なのに、あたかもそれが真実みたいに言っています。

 もっともミシェル様の秘密を知ってしまったため、成り行きでお世話係になったのですから、完全に的外れとは言えないのが辛いところ。


 けどだからといってこんな風に言われて、平気なはずがありません。

 まるで見えない針をチクチクと刺されているような居心地の悪さ。せっかくの朝ごはんも食が進まず、まだ食べてる途中ですが席を立ちました。

 だけど、トレイに乗せて返却しに行くと、カウンターの奥にいた調理師のおば様、ライラさんが声を掛けてきました。


「おやマルティアちゃん、もう食べないのかい?」

「はい、食欲がなくて……。せっかく作っていただいたのに、申し訳ありません」


 食べかけの食事の乗ったトレイを返却して、ペコリと頭を下げる。

 ライラさんは長らく教会の食堂で働いている料理長さん。

 お子さんのいる40代の女性で、髪のせいで気味悪がられている私にも優しく接してくれる、数少ない方なのです。


 するとライラさん、心配そうに私を見ると、カウンターから出てきました。


「これじゃあ後でお腹がすくでしょう。後でコレを食べなさい」

「これは……チョコレート?」


 差し出されたのは、包みに入ったチョコレート。

 ライラさんはそれを、私の手に握らせます。


「食欲がないのは仕方ないけど、あんたはただでさえ痩せてるんだから。食べたくなったら食べなさい」

「ライラさん……ありがとうございます」

「それとね……あんたの事をろくに見ようともしていない子達の声なんて、気にしちゃダメだからね。アタシはマルティアちゃんがミシェル様のお世話係になって、良かったって思ってるよ。あんたみたいな良い子を選ぶなんて、さすが大聖女様、お目が高いよ」


 ライラさんは周りに聞こえないよう声を潜め、だけどハッキリと言って、笑ってくれました。


「あ、ありがとうございます。でも実際、私より相応しい人はいますし」

「いいやいないね。でなきゃ大聖女様も、あんたを選んだりしないでしょう」


 うーん、経緯が経緯なだけに、これには頷けないのですが。

 だけどこんな風に言ってくれているのに、落ち込んでなんていられません。

 丸まっていた背中を伸ばして、顔を上げる。


「ありがとうございます、ライラさん。私、頑張りますね」

「うん。今日もしっかり、お世話に励むんだよ」


 ライラさんに背中を押されて、少し元気が出てきました。

 悪口を言われるのはやっぱりへこみますけど、こんな風に応援してくれる人がいるのは、すごく嬉しい。


 元気をもらった私はライラさんと別れて、食堂を後にしました。



 ◇◆◇◆



「あー、朝からしんどいー。なあ、今日は大聖女お休みしちゃダメかなー?」


 机に顔を伏せながら、元気の無い様子でそんな事を言っているのはミシェル様。

 食堂から出て、お部屋を訪れてみたらこの様子。だいぶお疲れのようですけど、いったいどうしたのでしょう?


「いかがなされたのですか? もしかして、風邪でしょうか? でしたらハンス様に報告して、今日はお休みをもらうよう手配を……」

「あー、大丈夫。冗談で言ってみただけだって。ほら、昨夜は遅くまで会食や話し合いがあっただろ。それがもうしんどくてさー、疲れが取れてねーんだ。飯は滅茶苦茶豪華だったはずなのに、堅苦しいマナーを守ったり常に笑顔を作ってなきゃいけなかったから、味わってる余裕もなかったしな」


 それは御愁傷様です。

 確かにそれでは、せっかくの料理もあまり美味しくないかもしれません。


「昨夜の飯に比べたら下町の皆で食べてた固いパンの方が、よほど旨かったなー」

「下町……そういえばミシェル様って下町にいた頃は、どんな生活をしていたのですか?」

「どうって言われてもなあ。子供でもできる仕事をもらって金を稼いで、その日暮らし。親の無い子供同士で助け合いながら、パンを分け合って過ごしていたよ。けどそんな悪ガキが今や大聖女で、偉い人相手に『おほほ』って愛想振りまいてるんだから、世の中何がどうなるかわかんねーよな」


 ミシェル様は笑っていますけど、子供でも働かないと生きてはいけないなんて。

 大変な生活を送っていたって分かります。


 それに比べて私は、家でも教会でも居場所がなかったとはいえ1日3食の食事は保証されていたわけですし、恵まれていたのでしょうね。


「教会騎士になるために町を出たけど、下町の奴ら元気でやってるかなー? もしも俺が大聖女として里帰りしたら、バレて大騒ぎになるだろうな。アイツらの驚いた顔を見てみてー気もするけど、やっぱマズイよなー。って、マル、浮かない顔してどうした?」

「い、いえ。ちょっと自分の不甲斐なさに落胆しただけですから、お気になさらずに」

「大丈夫か? 顔色悪いけど、朝飯はちゃんと食ったのか? マルはただでさえ痩せてるんだから、しっかり食わねーと」


 ライラさんに言われたのと同じことを、また言われてしまいました。

 私ってそう何度も言われるくらい華奢なのでしょうか? これは余計な心配をかけないためにも、もっとちゃんと食べないと。


「そういえばマルって普段、食堂で飯食ってるんだよな。なあ、たまには一緒に食べれないか?」

「一緒に? それって、私がこの部屋で朝食を取るということでしょうか?」

「それでも良いけど、俺が食堂に行くってのはどう? 俺もたまには、マルが食べてるような飯を、食べてみたいんだけど」

「ミシェル様が食堂に? ですがそれだと、大騒ぎになるかと」


 何せミシェル様は今や教会一。いえ、国一番の有名人なのですから。

 食堂に行って食事なんてしたら、あっという間に人だかりができてしまいますよ。


「ダメか。俺は全然気にしないんだけどなー」

「ミシェル様はよくても、ハンス様がお許しにならないと思いますよ。それに私も、ミシェル様と食堂で食べるのはちょっと……」

「え、俺と一緒に食べるの嫌なの? 俺何か、マルに嫌われるようなことした?」

「いえ、そう言うわけではないのですけど……」


 嫌いになるなんて、とんでもありません。

 ただ、ただですよ……。


「ミシェル様はよく、『あーん』をしてきますから……」

「……へ?」


ミシェル様は何を言ってるのか分からないのかキョトンとした顔をしましたけど、『あーん』ですよ『あーん』。

 お世話係になった初日に、二人でこの部屋でクッキーを食べた際にやってきたあれです。

 実はあの後も二度ほど一緒にお茶を飲んだのですけど、毎回私にお茶菓子を『あーん』で食べさせようとしてくるのです。

 もしも食堂でもそれをやられたら、恥ずかしくてひっくり返ってしまいますよー!


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