第11話 ミシェル様のイタズラ

 どんなイタズラをしてきても、受け止める覚悟はできてるのに。なぜかミシェル様は手で頭を押さえながら、うつ向きました。


「マル、君って子は……どうして俺の理性を壊しにくるかなあ? 自分が何を言っているか、わかってる?」

「勿論です。ミシェル様になら、何をされても構いませんから!」

「へぇ、言ったね。だったら……」


 次の瞬間、ミシェル様はスッと席を立つと、私のすぐ隣にやってきます。

 近づいてきたと言うことは、やはり顔にラクガキでもするつもりでしょうか?


 だけど次の瞬間、予想外の行動に出る。

 座っている私の足と背中にサッと手を回したかと思うと、そのままひょいっと横抱きにしてきたのです。


「ひゃあっ!? ミシェル様、これはいったい?」

「マルが悪いんだよ。俺になら何をされてもいい。滅茶苦茶にして構わないって、言ったよね?」

「い、言いましたけど……あの、けどまずは下ろしてください。私、重いですから!」

「どこが? マルは華奢すぎ、ちゃんと食事取ってるの?」


 はうっ! コ、コンプレックスをつかれました。

 同僚の聖女達から、貧相だの鶏ガラだの言われてバカにされた事があって、密かに気にしていたのに。

 実家にいた頃は役立たずの娘と言われ、食事を与えられない時もありましたから。すっかり貧相な体になってしまったのですよね。


 そしてミシェル様は私を下ろすと、今度は体をゆっくり撫でてくる。


「腰だって、こんなに細いじゃん」

「ひうっ!?」


 さっきまで足を持ち上げていた手で、今度は腰をなぞってきました。

 ひ、ひぃ~。な、ななな、なんですかこれは? ミシェル様に触れられると、何だか変な感じがしますー!


 だけど離れようとしても背中に手を回されて、身動きを封じてきます。

 と言うかミシェル様、意外と力が強い。元々騎士団に入ってたそうですし、麗しい見た目に反して案外たくましいのかも?


「本当に細くて柔らかい。このまま抱き締めたら、壊れてしまいそう」

「こ、壊されたら困ります」

「ふ~ん、さっきは滅茶苦茶にしていいって言ったのに、ダメなの? それは我が儘じゃないかなあ?」

「そ、それは……」

「我が儘な悪い子には、お仕置きが必要だね。……ねえ、キスしてもいい?」

「──&¢≧<£@#☆!?」


 声にならない声を、上げたのかどうか自分でもよくわかりません。

 だってミシェル様の言葉が完全に私の理解を超えているのですもの。


 キ、キスってあの、お魚の鱚ではないのですよね?

 夫婦になる人同士が神様の御前で誓いを立てる時にする、アレですよね?

 お仕置きするって言ってたのに、どうしてそうなるんですかー!?


 だけどそんな私の心中なんてお構いなしに、ミシェル様のお顔が近づいてくる。


「……いくよ」

「ひぃ──」


 これから起こることを想像して、思わずギュッと目を瞑る。

 そしてついに、それは訪れた。

 チュッと言う、唇の感触。


 目は閉じていたけど、間違いありません。

 私はキスをされたのです…………頬に。


「どう、怖かった? けど、悪いのはマルなんだからね。狙ってるのか天然なのか知らないけど、あまり男心をくすぐりすぎると、いつか本当に痛い目にあうんだから」


 怒ったような声で、私を叱るミシェル様。

 だけど……。


「って、マル? おーい、マルー?」


 ミシェル様が何か仰っていますけど、全然頭に入ってきません。

 私、ミシェル様に、キスをされたのですよね……。

 頬とはいえその衝撃はすさまじく、頭の中がボーッとしていいます。


 ミシェル様に、キスをされた……。

 キスをされた……。

 はあ、あはは。そんなはずありません。これはきっと、夢でも見ているのでしょう。そうに違いありません。


 その証拠に、だんだん意識が薄くなっていっていますもの。きっとこれは、目を覚ます予兆ですよ。


「マル、マルー! くそ、まさか頬にキスしたくらいで気絶するなんて、どれだけ弱いの? 医務室に運んで……いや待て」


 何だかミシェル様の、慌てている声が聞こえてきます。


「もしもハンスさんにこの事がバレたら、お世話係に手を出したって怒られるかも? そうなってもし、マルが解雇なんてなったら……やっと会えたのに、こんな事で離れるなんてできるか! つーか俺、ひょっとしてマルに嫌われたんじゃ? 嫌なら嫌って、ちゃんと言えよなー!」


 どうやら一人で騒いでいるみたいですけど、もう何を言っているのかほとんど理解できません。

 

 けど、本音を言うと、決して嫌というわけではなかったのでよね。

 心臓はバクバク。頭は沸騰するくらい熱くなって、すごく恥ずかしかったですけど、頬に残る唇の余韻はとても暖かく、とろけるよう。

 

 私はそれを感じながら、ゆっくりと意識を失っていったのでした。


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