第10話 これもお世話係のお仕事ですね
朝の支度が終わった後、今日は予定通り各お偉いさん方との謁見や挨拶回り。
そんな中私はまだお役目初日ということもあって、特に何かできるというわけではなかったのですが。
挨拶回りが終わって教会に戻ると、ようやくお仕事が舞い込んできたのです。
と言っても、ミシェル様のお部屋の掃除という、誰にでもできる内容なのですけど。
それでももちろんしっかりやらせて頂きました。
そして掃除を済ませた後、ミシェル様が部屋に入ってくると……。
「すごい、部屋中ピカピカだね。さすがマル、俺が見込んだだけはある。掃除の天才!」
「あ、あの。ただ掃除をしただけで、誉めすぎですって」
普通に掃除をしただけなのに誉め殺しをされて、顔を赤らめる。
それにしてもミシェル様。さっきまで人と会っていた時は「ご機嫌麗しくございます」とか、「お会いできて光栄ですわ」とか言いながら完璧に淑女を演じていたけど、お部屋に戻ってきた途端に、すっかり素に戻っていますね。
服はスカートのままだけどウィッグは取って、完全にリラックスモードです。
今はハンス様とアレックス様も用があっていませんから、より開放的になっているのかもしれません。
「そう言えばさ。さっき商会の人と会った時、クッキーをもらったんだ。せっかくだからお茶にしない?」
「お茶ですか。分かりました、すぐに用意しますね」
ミシェル様のお部屋には立派なティーセットや、いかにも高級そうな茶葉が備えられていて、私はてきぱきと準備を始める。
この茶葉、いつも私が飲んでいるものと違って、高級品なのでしょうね。
香りを嗅いだだけでも、良い品だって分かりますもの。
そのお茶をポットに入れて、カップと一緒にテーブルで待機しているミシェル様の元に運んだのですが……。
「あれ、ティーカップが一つしかないけど?」
「え? すみません、どなたか来客の予定があったのですか?」
「来客? 違う違う、マルの分はどうしたのかって聞いてるの」
笑いながら答えるミシェル様でしたけど、私の分って。
「そ、それはもしや、私がミシェル様と一緒にお茶をしろと? そんな、恐れ多いです!」
「へぇ~。俺が一緒にお茶したいって言ってるのに、マルは断るんだ〜。俺とはお茶なんて、したくないんだ~」
「ふぇ? い、いいえ。そういうわけでは……」
「じゃあ一緒に飲もう。それとも、やっぱり俺なんかと一緒に飲みたくないって思ってる?」
「そ、そんなことは……ううっ、ミシェル様意地悪です」
本当はとっても恐れ多いですけど、そんな風に言われたら、断るなんてできないじゃないですか。
結局もう一つカップを用意して、二人分のお茶を淹れる。
う~ん、本当に良いんでしょうか? あ、でもこのお茶、すごく良い香りです。
ミシェル様にすすめられて一口飲んでみましたけど、とても口どけの良い味わい。やっぱり大聖女様の飲まれるお茶は違いますねえ。
そして高級なのは、お茶だけではありません。
頂いたというクッキーも、一目で高い品だとわかります。
だって、まるで宝石かアクセサリーみたいに、キラキラしているんですもの。
「凄く綺麗です。これ、本当にクッキーなんですか?」
「ああ、俺も最初はビックリしたよ。貧民街にいた頃もクッキーは食べた事はあるけど、これを見た後だとあれが砂利みたい思えてくるよ」
ミシェル様が過ごしていた町がどれだけ貧しいかは知りませんけど、きっと冗談ではなく本当の事なのでしょうね。
するとミシェル様、その宝石のようなクッキーを一枚指でつまんで、私に差し出してきました。
そして。
「はい、あーん」
「……えっ?」
予想外の行動に、思わずは固まってしまいました。
ひょ、ひょっとしてこれは、このまま食べろと仰っているのですか?
「どうしたの? 食べてくれないの?」
「あ、あの……。ミシェル様のお手を煩わせなくても、自分で食べられますから……」
「そうか。マルはおれの『あーん』を拒むのか」
「こ、拒むってそんな。ああ、そんなうるんだ目をされないでくださ──むぐっ!?」
喋ってる途中なのに、ミシェル様は笑いながら、私の口にクッキーを押し込んできたのです。
わ、私ってばミシェル様から、『あーん』で食べさせられてる……。
ひゃー! 何ですかこの状況はー!?
「ミ、ミシェル様~、イタズラがすぎますよ~」
「ごめんごめん。マルの反応が面白いからつい。大聖女なんて演じていると、肩が凝るからね。たまにはふざけて、息抜きしたくなるんだよ」
「だ、だからってこんなの……」
止めてください。そう言おうとしたけど……。
よく考えたら、ミシェル様の言うことも分かるかもしれません。
だって本当は男性なのに、ずっと女性のふりをして過ごさなきゃいけないのは、すごいストレスになるはず。
ならたまには、息抜きをさせてあげた方がいいのかも? それもきっとお世話係の役目……なのかな?
「ごめんねー。マルは反応が可愛いから、ついイタズラしたくなっちゃって困るよ」
謝罪の言葉とは裏腹に、ニコニコと意地悪っぽい笑みを浮かべるミシェル様。
やっぱり楽しんでいるみたいですし、ここは私も期待に応えないと……。
「マル? おーい、マルー? ひょっとして怒った? ごめん、ちょっとからかいすぎた……」
「──分かりました」
「へ? 何が……」
「ミ、ミシェル様がお望みとあらば……どうか私に、好きなだけイタズラしてください!」
「…………は?」
ポカンと口を開けるミシェル様。
だけど私は、構わず続ける。
「イタズラに付き合うのも、お世話係のお役目なのですよね。で、でしたらどんなイタズラでも辱しめでも、受ける覚悟はできています。私の事を、滅茶苦茶にしてくれて構いませんから!」
イタズラをすることが、ミシェル様の息抜きになると言うのなら。
私はお世話係として、それに応えてみせましょう!
『あーん』でお菓子を食べさせてこようが、顔にラクガキをされようが、ドンと来いです!
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