第9話 浄化は等しく公平に
疑問に思っていると、ミシェル様が口を開いた。
「ああ、わかるよ。俺だって最初は、どうしてさっさと困ってる人を助けに行かねーんだって、キレてたもん。けど、話を聞くとなあ……」
すると今度は、ハンス様が話し出す。
「マルティア・ブール。そなたが言っている事は間違いではない。聖女の奇跡の力は穢れを祓うため、神から与えられた力。大地を浄化し、病を治すのが本分。だがミシェル様に、おいそれとそれをさせるわけにはいかんのだ」
「どうしてですか!? 大聖女様なら、一般の聖女では浄化不可能な強い穢れも、祓えるのですよね?」
「まあ聞け。……これから行動を共にするなら、そなたもちゃんと知っておいた方がよかろう。例えば西と東にそれぞれ、穢れに犯された町があったとしよう。そこで西の町に、ミシェル様を派遣したとする。そうすると、東の町の者はどう考えると思う?」
「それは……次は自分達の町に来てほしい、でしょうか?」
同じように困っている町に大聖女様が現れたのなら、次は自分達の番なのではと期待すると思うのですけど。
けど、ハンス様は難しい顔をする。
「確かにそれも間違いではないだろう。しかし中には、こう思う者もいる。大聖女様は自分達のことを見捨てて、西の町に行ったのだと」
「そんな! 確かに後回しになってしまいましたけど、見捨てるわけじゃないのですよね。ちゃんと後で行くのですよね!?」
「当然そのつもりだ。だが事実として、西の町より東の町の方が助けるのは遅れてしまう。となると、どうしてもっと早く来てくれなかったのかと、怒りを募らせる者もいるだろう。過去には実際に暴徒化した町の住人が教会に押し寄せて、多くの負傷者が出たこともある」
「そんな……」
教会は見捨てたわけじゃないのに、完全に悪者扱い。そんなのあんまりです。
けどここで、ミシェル様が言う。
「酷い話だとは思うけどさ。怒った町の人の気持ちも、少しわかるんだ。俺も昔、貧民街って呼ばれる下町で暮らしていた頃は、穢れ病に掛かったやつがいても、治療は後回しにされてたからなあ」
「え? 下町で暮らしていたって……」
「俺は元々地方の、下町の出身なんだよ。そっから教会騎士団に見習いで入って修行を積んで、よくやく隊に入れたと思ったら聖女の紋章が現れて、大聖女になったんだ」
生い立ちを語ってくれるミシェル様ですけど、騎士団に入ってたってことも初耳ですよ。
けど今問題なのは、そこではないですよね。下町の優先順位が低かったって仰いましたけど……。
「どうしてミシェル様の住んでいた所は、治療が後回しだったのですか?」
「治安がよくなかったからだよ。子供の頃はそこまで考えが回らなかったんだけど、俺が育った場所は行儀の悪い奴が揃っててさ。殺傷事件や物取りが頻繁に起きていた。そんな場所に聖女なんて寄越したら下手すると治療の前に、金目当てで襲われかねない」
「そんな……」
酷い。一部の心無い人のせいで、治療が遅れてしまうなんて。
「下手したら人間の方が、穢れよりも恐ろしい。騎士団でも暴徒化した人達を鎮圧した事はありますけど、魔物と戦うよりも厄介でしたよ」
「全くだ。だが言っておくが、教会も見捨てるわけじゃないぞ。治安の悪い場所にはまず騎士団を行かせて、安全を確保してから治療を行う。魔物が出る土地でも、そうしているだろう」
確かに。
穢れた大地に魔物が出現したら、まずは騎士団が赴いて魔物を討伐します。聖女が行って負傷者の治療を行ったり大地を浄化したりするのは、その後なのです。
もしも先に聖女を行かせて魔物に襲われたら、浄化も治療もできなくなってしまいますから。
だから教会は聖女の安全を考えて派遣しているのですけど、魔物相手だけでなく、治安の悪い場所に行く時もそんな風に準備を整えていたのですね。
「俺もさ。せっかく大聖女になったんなら、片っ端から浄化していけば良いじゃんって最初は思ってたよ。けどデタラメに力を使っても、不満や恨みを生むってなるとなあ。それに教会だって、ちゃんとやり方を考えてるんだろ」
「左様。例えばさっきの西の町と東の町の話だと、西の町に大聖女様を行かせるのなら、同時に東の町にも聖女の一団を送る。両方に大聖女様を行かせる事はできないが、代わりに特級聖女を呼ぶなどして少しでも不公平を無くさんと、不満は溜まる一方だからな」
そう語るハンス様は、浮かない表情。もしかしたらハンス様自身、このやり方が絶対に正しいとは思っていないのかも?
私も、納得がいくようないかないような、モヤモヤした気持ちになる。
不平等を無くすのは大事だけど、そのせいで行くのが遅れて、助けられない命も出てくるかもしれないと思うと、胸が苦しい。
けどその反面、考えなしに動くとどこかで不満も出てきてしまう。
ミシェル様が力を使って終わりなどという、単純な話でないのはよーくわかりました。
「私、今までも教会で聖女をやってきましたけど、上がそんな風に色々考えているなんて知りませんでした」
「一般の聖女は、知らなくて良いことだ。余計なことを考えずに、ただ治療と浄化を行っていればいい」
「ちょっとハンスさん。いくらなんでもその言い方はねーんじゃねーの? さすがに知る権利くらいはあるだろう」
「ミシェル殿、落ち着いてください。言い方はキツいかもしれないけど、これはハンス殿なりの考えなのです。もしも現場で治療や浄化を行う聖女達が今の話を聞いて、これでいいのかと迷ったらどうなると思います? 迷いは力に綻びを生んで、満足に発揮できなくなってしまう。だから、あえて教えないようにしてるんですよ」
「ぬぐぐ、確かに……」
アレックス様にたしなめられるミシェル様だけど、とても複雑そう。
そしてアレックス様は、今度は私に目を向ける。
「マルティア殿も、覚えておくように。これから先、理不尽なことはいくらでも起きる。それに対して我々が取る手段は常に最善ではなく、中には納得のいかない事もあるだろう。けど考え無しに動くと、より大きな悲劇を生むこともある。だから時には、受け入れなきゃいけない理不尽だってあるのです」
「はい……」
私は返事をするしかなかったけど、決して割りきれたわけじゃない。
けどそれでも、ハンスさんやアレックスさんがちゃんと考えて言ってくれてるって分かるから、余計に複雑な気持ちになる。
確かにこんな風に思い悩むのなら、知らせないのも優しさなのかもしれません。
「物分かりがよくて助かるよ。ミシェル様の時は『納得いかない納得いかない』と、3日も駄々をこねられましたっけ」
「最終的に文句を言わなくなったんだからいいでしょ。……よく考えたら俺も、耳が痛い事あるし」
ミシェル様が何を思ったのかは分かりませんけど。
そういえば私も昔、派遣された町で……。
「あの、今の話を聞いて思い出したんですけど。私、前に穢れ病の治療のため地方の町に行った時、先輩の命令に背いた事があるのです……」
あれは教会に入ってすぐの、12歳の頃の話でしたっけ。
おずおずとカミングアウトすると、アレックス様が驚いたような顔をする。
「君が? なんだか意外だねえ、そんなことをするようには見えないけど」
「す、すみません。その時私は穢れ病の治療に行っていたのですけど、この髪を気味悪がられて、治療からは外されていたのです……」
そこまで話すと、三人とも同情したような、もしくは怒ったような顔をする。
何だか余計な気を使わせてしまったかもしれませんけど、本題はそこじゃありませんから。
「そしたら、私より少し年上くらいの女の子がやってきて、穢れ病に掛かってる友達がいるから来てほしいと言われたんです。先輩聖女様からは待機しておくよう言われていたのですが、放ってはおけずに。それでついて行った家には、穢れ病に掛かった男の子が寝かされていたんです」
「なるほど。それで君は、その子の治療を行ったわけか」
「はい……治療を終えて元の場所に戻った後、先輩にはこっ酷く怒られてしまいましたけど」
当時はそれでも、男の子を助けられたから良かったって思ってたけど、今の話を聞いた後だとこれも不平等な行いだったと反省させられます。
すると案の定、ハンス様が渋い顔をする。
「当然だな。そなたはその子供を特別扱いし、順番を無視して治療したわけだ。結果そいつは助かったかもしれんが、そういう軽率な行動が不満を生んで……」
「お説教はいいじゃん。昔の話なんだし、今さら怒らなくても」
「む……まあその時のことは良いとしてマルティアよ。今後は大聖女様のお世話係という立場もある。勝手な行動は、くれぐれも慎むように」
「は、はい!」
案の定注意されちゃいましたけど、確かに気を付けないと。
けど申し訳ありません。今の話を聞いても尚、あの時助かった男の子が言ってくれた「ありがとう」を思い出すと、助けて良かったって思ってしまうのです。
それはずっと白い髪を気味悪がられて治療したいのに拒まれてきた私の、悪い自己満足なのでしょうか?
結局この話はここで終わって、朝の支度が再開されたのですが、その最中不意にミシェル様が顔を近づけてきて、耳元で小声で囁く。
「教会的には良くなかったのかもしれないけどさ。マルおかげで男の子は助けられたんだ。その事も、ちゃんと覚えておいてね」
「ミシェル様……ありがとうございます」
感激して、ペコリと頭を下げる。
あの時、私のとった行動は間違っていたかもしれないけど。それでもこんな風に言ってもらえたのが、たまらなく嬉しかった。
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