第15話 白い髪でも聖女です!
聞こえてきたのは、男性の声。
湯あみを終えて寝間着に着替えて、あとは寝るだけだった私とミシェル様は、顔を見合わせる。
何が起きているかは、聞こえてきた声で何となく分かりましたけど……。
「俺、ちょっと行ってみるよ」
「待ってください。ミシェル様が行かれては、ますます騒ぎになるかもしれません。ここは私が様子を見てきます」
「確かに……悪いけど頼むよ」
羽織り物をして部屋の外に出ると、そこにはアレックス様と他の騎士団の方々がいて、四十歳くらいの男性が取り押さえられていました。
状況から察するに、この人がさっきの声の主なのでしょうか?
「アレックス様、この方は?」
「マルティア殿……なんでも彼の娘さんが穢れ病に掛かっているようで、ミシェル様に治してほしいと言ってきて──」
「頼む、この町には聖女がいないんだ! 教会からもなかなか派遣されてこないし、今を逃したら娘は助からないかもしれん! お願いします!」
男性の悲痛な叫びが、胸に突き刺さる。
穢れ病は通常、大地が穢れた土地で流行るものですけど、そうでない場所でも突然発症する事もあるのです。
その場合は症状は軽くて感染力が低い場合が多いけど、彼の様子を見ると娘さんの容態は、良くないのかも。
だけどアレックス様に目を向けると、表情を殺して首を横に振る。
「マルティア殿、アナタが何を考えているかは分かります。しかし前にも言ったように、大聖女様が動けば、事態は拗れかねません」
「それは、そうですけど……」
だけど不公平を無くすために困ってる人を見捨てるなんて。
前に理不尽な事でも受け入れなきゃいけないって教わりましたけど、やはり素直に飲み込むことはできません。
するとそこへ、ハンス様が遅れてやってくる。
「いったい何の騒ぎだ?」
「ハンス殿。この者が穢れ病に犯された娘を、ミシェル殿に治してほしいと言っているのですが」
「あの、何とかならないのでしょうか? この町には聖女がいなくて、普段は治療ができないそうなのです」
「マルティア、前にも言っただろう。ここでミシェル様が動けば、事はややこしくなりかねん。……近くの教会に連絡を取って、聖女を派遣してもらう」
え、派遣してくれるのですか?
ミシェル様に治療をさせないと聞いた時は焦りましたけど、良かった。見捨てるわけじゃないのですね。
だけど男性は、なおも叫ぶ。
「それでは遅いんです! 急に容態が悪化して、本当に危ないかもしれないんですから!」
そんなに危険なのですか!?
確かにそれだと到着を待っていたら間に合わないかも。いったいどうすれば……。
「話は聞きました。その方の娘さんは、私が治しますわ」
「ミシェル様、いつの間に!?」
後ろから突然声がして、見ればそこには、ウィッグをつけて女性に化けたミシェル様がいたのです。
待っててって言ったのに、部屋から出てきてしまったみたい。
するとハンス様が、苦言を呈する。
「なりません。物事は公平にと、言ったではありませんか!」
「けどそれでも、放ってはおけません。困ってる人を助けなくて、何のための聖女ですか。それに私には、彼の気持ちも分かるのです。私も昔貧民街にいた頃、聖女が来るのを待っていた時がありましたから」
そういえば、前にそんな事を仰っていましたっけ。
たしか町で穢れ病が流行って、聖女が派遣されてきたのはいいけど、ミシェル様の住んでる下町は後回しにされたのだとか。
だからこそ、彼の苦しみも分かるのでしょう。
その気持ちは、私にもよくわかります。私だって前に言いつけを破って、治療を行った事がありますし……あれ?
「お気持ちは分かりますが、ミシェル様はお下がりください」
「大聖女が治療したって、バレなきゃいいんでしょ。緘口令をしけば大丈夫だって」
「もう既に騒ぎになっているのですぞ。そのような事をされては……」
「あ、あの!」
言い争うミシェル様とハンス様の間に割って入ると、二人とも話すのを止めて、こっちを見る。
「ミシェル様の代わりに私が行って、治療してはダメでしょうか?」
「マルが?」
「はい。大聖女様が動かれたとなると問題になるかもしれませんけど、私はお世話係という点を除けば、ただの2級聖女ですから」
「うむ……」
胸をザワザワさせながら、返事を待つ。
ハンス様はしばらく思案するように考え込んだけど、やかて。
「マルティアよ」
「は、はい!」
「話を聞く限り、あの者の娘はかなり重症のようだからな。2級聖女のそなたでは、おそらく荷が重いだろう」
「あ……」
そうでした。焦るあまり、自分の致命的な欠点を忘れていました。
私は2級聖女の中でも、力が弱い方。
症状の軽いものなら治すことができますけど、進行具合によっては完治させるのは難しいかも。
中途半端な力しかない自分が、悔しくて仕方ありません。
だけど、ハンス様は続ける。
「だが症状を和らげる事ができれば、今はそれでいい。さっきも言ったように、近くの教会から聖女を派遣する故、後はそちらに任せれば良い。できるか?」
「──っ! 分かりました!」
私じゃ何の役にも立てないと思っていましたけど、それなら。
自力で全部治す事ができないのはもどかしいですけど、嘆いても仕方ありません。
それよりもまずは、できる事をやらないと。
すると大人しくしていたミシェル様が、声をかけてくる。
「マル、たしか君は、治療の経験は殆ど無いって言ってたけど……」
「はい……ですが訓練はちゃんと受けていました。必ず病状を緩和させて……」
「ああ、分かってる。俺が言いたいのは緊張せずに、落ち着いてやれってこと。大丈夫、マルならきっとできる。俺が保証するから」
「ミシェル様……」
それが根拠の無い励ましだとしても、彼の言葉は不思議と胸に響いて、気持ちが落ち着いてくる。
ミシェル様、ありがとうございます。必ずやり遂げてみせますから。
「では決まりだな。マルティア、ついて来い」
「マル、頑張って」
ミシェル様に背中を押されながら、ハンス様と一緒に取り押さえられている男性の前へとやってきます。
そしてハンス様は、彼に向かって告げる。
「話は聞かせてもらった。私は司教のハンス。大聖女様の旅のお供をしている者だ」
「司教様のお供! お願いです、どうか大聖女様のお力で娘を……」
「まあ待て。生憎大聖女様はそう簡単には動けん。だから、代わりの聖女を用意した。マルティア」
「はい」
名前を呼ばれて、前に出る。けれど男性は私を見るなり、怪訝な顔をしてきた。
「白い髪……司教様、彼女が聖女なのですか?」
──っ! またです。
ベールを被っていなかったせいで、露になっている白い髪を、男性は気味悪そうな目で見る。
いったい何度、この髪のせいで治療を拒まれてきたでしょう。
縁起が悪いだの不気味だの言われて、治療に加わる事すらできなかった日々が、頭の中に甦る。
別にそれでも、問題はありませんでした。力の弱い2級聖女が一人欠けたところで、他にも聖女はいますから。
患者さんを不安にさせるお荷物なんて、いない方がいい。そう陰口を言っている方もいて、私自身その方が良いのかもって思った事もあります。
だけど……だけど今は……。
「……白髪だと、いけませんか?」
「え?」
「髪が白くても、私は聖女です! アナタの娘さんは、危険な状態なのですよね。必ず私がお助け致します。だからどうか、信じてください!」
不安に呑まれちゃいけない。
せっかくミシェル様が背中を押してくれたのに、こんなところで挫けてはいけないと声を上げる。
そんな私の言葉に男性は気まずそうに目を反らしたけど、すぐに口を開く。
「……失礼を言って申し訳なかった。どうか娘を、よろしくお願いします」
ええ、もちろんですとも。
こんな私でも、誰かの役に立つことができるのなら。
誠心誠意、期待に応えてみせましょう!
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