第23話 大地の浄化

「ミシェル殿、ご無事ですか!?」

「ええい、魔物風情が。ミシェル様、お怪我はございませんか?」


 動かなくなった巨大ミミズにホッとしていると、ハンス様とアレックス様が駆け寄ってくる。

 私は襲われた恐怖から足がガクガク震えて立てずにいたけど、ミシェル様の安否が知りたくて彼を見る。


「二人とも、平気だ……平気ですわ。マルが庇ってくれましたから」

「なんと。マルティア、よくやってくれた。初めてそなたに感謝するぞ」


 珍しくハンス様が誉めてくださいましたけど、倒れたままでは格好がつきません。は、早く立たないと。

 すると、ミシェル様がスッと手をさしのべてくる。


「マル、大丈夫?」

「は、はい。お役に立てて何よりです」


 彼の手を取って立ち上がったけど、まだ少し足が震えている。

 すぐ横にある、巨大ミミズの亡骸を見ると、今にもまた動きそうで怖くなるけど、いつまでも震えてはいられませんよね。しっかりしないと。


「ありがとう。マルが咄嗟にたすけてくれなかったら、危ないところだったわ。けど、どうしてアイツが襲ってくるって分かったんですの?」

「確かに。こんなミミズのような魔物は珍しく、地下からの襲撃など私達も予想できなかったと言うのに」


 ミシェル様、それにアレックス様も不思議そうに尋ねてきますけど。


「それは、悪意と言うか。攻撃的なものを感じて」

「攻撃的なもの?」

「はい。魔物は穢れを持っていますから、気配が分かるじゃないですか。それが地面の中を強い穢れが移動しているように感じたので、もしかしたらと思ったのですが……」


 なんて話してはみたものの、説明が下手だったでしょうか。ミシェル様達は腑に落ちないような顔をしながら、私を見る。


「ええと、つまりマルは、地面の中にいる魔物の気配が分かったってこと?」

「はい。力が弱いとはいえ、聖女ですから」

「いや、普通は聖女でも、そんな細かな穢れの気配なんて察せられませんわ。たぶん、他の聖女の方も」


 え、そうなんですか?

 ミシェル様は女性の演技を崩さないようにしながらも、口元に手を当てながら考えるような仕草を取る。

 けど、これってそんなに珍しい事なのでしょうか?

 するとハンスさんが。


「まあ一応、似たような力を持った聖女の話は聞いたことがありますが……」

「何かご存知なのですか?」

「いや、おそらく私の勘違いだろう。それよりも、浄化を再開させませんと。いや、またあのようなミミズに攻められたら、ミシェル様に危険が及ぶ。残念だが作戦は一旦中止、撤退して対策を立ててから出直した方がよいか」


 そうでした。

 巨大ミミズの襲撃は退けたとはいえ、まだ戦いは続いているのです。

 けどこれに、ミシェル様が異議を唱える。


「私は反対ですわ。それでは騎士団の頑張りが無駄になってしまいますもの。何としても浄化を完了させるべきです」

「いや、しかし。ミシェル様にもしもの事があっては」

「ミミズを切り裂いた私の剣技を見ましたよね。また魔物が来たところで、返り討ちにして差し上げますわ」

「先ほどは運よく助かっただけです。もしもマルティアがミミズの接近に気づいてなかったら、やられていたでしょう」


 確かにさっきのは、危なかったです。

 けど作戦の中止を訴えるハンス様と、続行を促すミシェル様。両者とも言い分が分かるだけに、どちらの味方もできません。

 だけどここで、アレックス様が間に入る。


「ハンス殿、それなら一つ提案が。要は地下からの攻撃に対策が取れればよろしいのですよね。でしたら、先ほど申していたマルティア殿の察知能力を頼ってはいかがかと。理屈はわかりませんが、彼女が地下を移動する魔物の気配が分かるのなら、教えてもらいさえすればミシェル殿をお守りすることができます」

「え、私がですか!?」


 思わぬ提案に声を上げる。 

 責任重大ですけど、確かにそれなら。けど、ハンス様とミシェル様は渋い顔をする。


「待て。確かにさっきは気づいたようだが、確証の無い力を当てにするのは危険だぞ」

「私はマルの言うことなら疑いません。けれど、もしもマルが危ない目にあうと言うのなら、私も反対しますわ」


 二人とも反対です。

 だけどその方法ならミシェル様をお守りできて、戦いも終わらせられるのですよね。でしたら。


「ミシェル様、ハンス様、どうかやらせてください。絶対に足を引っ張ったりはしませんから」

「マル……足を引っ張っぱるとかじゃなくて、危ないのはマルの方で……」

「それを言うなら、浄化を行うミシェル様だって危険じゃないですか。自分は危険を承知で浄化を進めようとするのに、私にだけ危ないから止めろと言うのは、ずるくないですか?」

「私とマルとでは、話が違うから!」

「違いません!」


 ミシェル様相手に生意気な物言いになってしまいましたけど、私だってここは譲れません。

 すると、アレックス様が私達の肩にポン手を置く。


「二人とも落ち着いて。ミシェル殿、アナタの負けです。御自分の命と彼女の命に、順列をつけたいわけではないでしょう。その代わり私が責任もって、マルティア殿も守りますから」

「──っ。マルに傷一つでもつけたら、許さないからな!」

「もちろんでございます。ハンス殿も、それでよろしいですか?」

「うむ……仕方がないか。ただし、もしも使えないとなったら、その時はすぐに撤収する。マルティアもよいな」

「はい!」


 本当を言うと、怖くないわけじゃありませんけど、役に立てるのなら何だってやります。

 ミシェル様はまだ心配なのか、チラチラとこちらに目を向けますけど、それでも先ほどと同じように地面に手をつく。


「これより、浄化を再開します。アレックスさん、何かあったらマルを頼みます」

「おまかせください!」

「マル、なるべく早く終わらせるけど、それまでよろしくお願いしますわ」

「はい。魔物のことは私達に任せて、ミシェル様は御自分の成すべき事に、集中してください」

「分かりましたわ……浄化開始!」


 再び浄化が始まって、さっきと同じように地面についたミシェル様の手から、まばゆい光が溢れ出す。


 けど、それに見とれている余裕はありません。どこから来るか分からない魔物に、気を配らないと。


 大丈夫、さっきも見つけられたのですから、今度だって……。

 私は神経を研ぎ澄まして、来る魔物の襲撃に備える。


 そしてそうしている間にも浄化は進み、騎士団の方々やダイアン様が戦っていく。

 あんなにいた魔物は徐々に、その数を減らしていくのでした。

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