第22話 襲いくる魔物たち

「いやー、歌った歌ったー。けど、本番はここからだ。皆、準備はいい? 魔物どもを蹴散らすよ!」

「「「お、お~」」」


 騎士団の皆さんが、弱々しい声を上げる。

 そして一人元気なダイアンさんは魔物のいる平野を向いて、ご自分の額にある聖女の紋章に右手をかざしました。


「世の為、人の為! 悪の魔物を打ち砕く特級聖女ダイアン! この紋章の輝きを恐れぬのなら、かかってこい!」


 魔物の軍団に向かって、芝居がかった口上を言い放つ。

 するとさっきまで苦しんでいた魔物達は、一斉にこっちに向かって突進してきました。


「シャァァァァヅ!」

「グオォォォォッ!」

「ガアァァァァッ!」


 雄叫びを上げながら、迫る魔物達。魔物は浄化を行う聖女を狙う傾向があるので、狙いはダイアン様です。


 もしかしたら浄化以外にも、歌に苦しめられたと言うのも理由かもしれませんけど、とにかく狙われているのは彼女。

 けれど、本人は迫る魔物を前にしても全く動じる気配がなく、悠然と待ち構えています。

 そしてそんなダイアン様の眼前に、巨大なミミズが迫ってくる。だけど──


「ダイアーン、クラーシュ!」

「ギィアアアアッ!?」


 巨大ミミズが放物線を描くように宙を舞い、一瞬、何が起きたか分かりませんでした。

 だけどダイアン様を見ると、拳をつきだしているじゃないですか。


 もしかして、殴ったのですか? 

 いや、まさか。あの巨体が殴っただけでふっ飛ぶはずが……。


「あーはっはっは! 威勢がいいねえ……はっ!」

「グギャン!?」


 今度はハッキリ分かりました。

 ダイアン様は、殴って魔物をやっつけているのです。


 騎士団の人達は剣や槍を使って戦っているのに、殴るって。

 こ、これが戦う力を授かった、特級聖女ならではの戦い方なのでしょうか?


 そんな唖然とする私をよそに、ダイアン様は次々と襲ってくる魔物をなぎ倒していく。


「うりゃー! 聖女キーック!」

「「「ギャアアアアッ!」」」


 すごいです。想像していた戦い方とは違いますけど、この人間場馴れした強さ。一個師団並みに強いというのも納得ですよ。

 するとそんなダイアン様の活躍に、他の騎士団の面々も声を上げる。


「よーし皆の者ー! ダイアン様に続けー!」

「魔物どもを打ち倒せー!」


 剣や、槍が振るわれ、弓から放たれた矢が宙を舞う。

 こうして、本格的な戦いが始まったのです。


 迫りくる魔物を、拳や蹴りで凪ぎ払っていくダイアン様。

 先程の歌で魔物が弱っているということもあり、他の騎士団の方々も剣や槍を振るいながら、次々と敵をやっつけていっていく。


「よし、魔物どもの足止めは十分だな。ミシェル様、今のうちに」

「分かりました。これより浄化を開始します」


 ハンス様の指示でミシェル様はその場でしゃがむと、地面に手をつける。


 そうです。ダイアン様の強さに目を奪われてしまっていましたけど、これから行う事こそが、今回の作戦の要なのです。


 浄化は先ほどダイアン様も行いましたけど、あれは一時的に穢れを弱める効果しかありませんでした。

 今のままでは魔物達を追い払っても、いずれまた穢れは強くなり、新しく魔物がやってくるだけ。大事なのは、大地の穢れを完全に浄化することなのです。


 地面に手をついたまま、目をつむるミシェル様。

 いよいよ、浄化が始まるのですね。

 だけど……。


「──っ! あれ? どうしてできないの?」


 地面に手をついたまま、焦った声を出す。

 ミシェル様の浄化の仕方は、私と同じく手を触れて光を放つ方法のはずですけど、彼の手のひらには全く変化が現れません。

 だけどどうして? 前に花に力を使った時は、ちゃんと成長を促せていましたし、間違いなく力は使えるはずなのに。

 いえ、もしかしたらこれは……。


(ひよっとしてミシェル様、緊張されているんじゃ?)


 普段の飄々とした態度を思うと信じがたいですけど、考えてみればこれが大聖女としての初仕事。

 そして大聖女と言っても、ミシェル様だって人間です。初めての事で上手くできなかったとしても、不思議じゃありません。

 けどこのままじゃ、いつまで経っても浄化できません。

 けど、だったら……。


「ミシェル様、まずは落ち着いて深呼吸をしてください」

「マル?」

「焦っていては、思うように力が使えません。肩の力を抜いて、浄化が終わった後の澄んだ大地をイメージしてみてください。大丈夫です。ミシェル様なら、きっとできますから!」


 私だって、リリィちゃんの穢れを浄化のする事ができたのです。ミシェル様に、できないはずがありません。


 ミシェル様はしばらく黙りましたけど、やがてふうっと息をはく。


「……よし。ありがとうマル。……大地の穢れよ、浄化せよ!」


 さっきまでの焦った様子はなく、しっかりとした目で大地見つめるミシェル様。

 すると彼の手から、目映い光が広がっていったのです。


(これが、ミシェル様の浄化の力!?)


 手から光を放つのは私と同じですけど、力の大きさは桁違い。

 聖女の持つ感覚が、それを教えてくれます。

 す、すごいです。大地の穢れがみるみる消えていくのが、感覚で分かります。

 さっきのダイアンの浄化も凄かったですけど、ミシェル様の浄化はそれよりももっと強くて美しい。

 一時はどうなることかと思いましたけど、もう心配いりません。

 大地の穢れが、薄れていきます。


 けど、浄化を目にしているのは私達だけではありません。

 騎士団と戦っていた魔物達が、一斉に騒ぎ出しました。


「ギャー、ギャー!」

「魔物どもめ、ミシェル殿に気づいたようだ。アレックス殿!」

「はい。ミシェル殿は私がお守りします」


 アレックス様が剣を構えながら、ミシェル様の前に立つ。


 さっきはダイアン様が狙われていましたけど、ミシェル様はそれ以上の浄化を行っているんですもの。どうやら標的が変わったみたいです。


 わ、私も何か力になれたらいいのですけど。

 しかし生憎、私は他の方々と違って戦う力なんて持っていません。できる事と言えばいざという時、ミシェル様を連れて逃げること。今は見ていることしかできません。

 もっとも、出番がないならその方がいいのですけど……。


「アレックス様ー、バリケードを突破して、そっちに魔物が!」

「任せろ! 一匹や二匹通したところで、ミシェル殿には指一本触れさせん!」

「はっはっはー! アンタらの相手はこのアタシだよ。聖女パーンチ!」


 ……どうやら心配はなさそうですね。

 魔物の大半はダイアン様と騎士団の方々が抑えてくれていますし、何体かこちらに近づいてきてもアレックス様や守りに入ってる騎士の人達が倒してくれています。


 結果私は何もできずにいますけど、ミシェル様が危険な目にあわれるより、この方が良いのです。

 このまま浄化が完了して、魔物達を追い払ってくれたら解決。そう思ったその時……。


 グルルルルゥ。


 ──っ!

 な、何でしょう? 今突然、鋭い悪意のようなものを感じました。


 言うならばそれは、教会で私に嫌がらせをしてくる方の冷たい視線を、さらに鋭く攻撃的にしたような強い殺意。

 危険な何かが、すぐ近くにいる。そんな感覚がありました。


 けど慌てて辺りを見回しても、魔物達は完全に足止めされていて、ミシェル様に近づけません。

 

 おかしいです。確かに近くで悪意を感じたのですけど、私の気のせい?

 できればその方がいいのですけど、長年蔑まれてきた私は、悪意や攻撃的な気配には敏感なのです。

 本当に気のせいなのでしょうか? それとも……。


 不安にかられながらミシェル様を見ると、今も地面に手をついて浄化を行っています。

 その近くに魔物の姿はなく、一見すると大丈夫そうなのですけど……。


「ああっ! ミシェル様、逃げてください!」

「え?」


 地面に手をついていたミシェル様が顔を上げましたけど、その様子は無防備そのもの。


 マズイです!

 私は無我夢中で駆け出すと、彼に飛び付きました。


「ミシェル様ぁ!」

「うわっ! マ、マル?」


 抱きつく形で押し倒し、困惑の表情を浮かべるミシェル様。

 当然浄化は中断されてしまいましたけど、今は……。


「ガアアアアアッ!」

「っ! 何だ!?」


 突然響いた咆哮に、皆が一斉に振り向く。


 するとどうでしょう。

 今の今までミシェル様がしゃがんでいた場所が突然盛り上がり、巨大ミミズが勢いよく頭を出してきたじゃないですか!


「シャアアアアッ!」


 間一髪。あのままだったらミシェル様は、ミミズに食べられていた事でしょう。

 しかし難を逃れた彼は勢いよく立ち上がると、

 腰にあった剣を鞘から抜きました。


「でやああああっ!」

「ガヴッ!?」


 振り下ろされた剣が、巨大ミミズを切り裂いた。

 巨大ミミズはしばらくのたうち回っていたけど、やがて力尽きてグッタリと倒れる。


 ……あ、危なかった。

 もしも私が気づくのがもう少し遅れていたらと思うとゾッとする。

 自分達が今いるのが、いつ命を奪われても不思議じゃない戦場だって、改めて痛感されられました。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る