第21話 大地に響く歌声
一夜明けた次の日。
ダイアン様を加えた私達は騎士団の方々と一緒に、シマカゴへと続く平野に向かいました。
するとそこには……。
「あれほどの数の魔物がいるとはな」
「ええ。疲弊した騎士団だけだと、いささか以上に厳しい相手ですね」
平野の先に広がるその光景を見たハンス様とアレックス様が顔をしかめて、私も息を呑む。
広い平野で蠢いているのは、魔物の群れ。
背中にコウモリのような羽の生えたトカゲや、私の倍くらいの大きさの巨大なミミズ。翼の燃えている真っ赤な鳥など、数多くの魔物がそこにいたのです。
ああいった魔物はたまに、町に入ってくることもあって、私も見たことがないわけではないのですけど、あんな大軍となると話は別。
恐怖で鳥肌が立ってきて、同時に胸を締め付けるような息苦しさを感じました。
この息苦しさの原因は、大地の穢れによるもの。この平野一帯が既に強い穢れに汚染されているようで、少しの間ならともかくこんな所に長時間いては、穢れ病に掛かってしまう人も出てくるでしょう。
そしてその大地の穢れのせいで、魔物達が集まるという、悪循環ができてしまっています。
今から私達は、あのたくさんの魔物を相手にして、巨大な穢れを祓わなければならないのですよね。
そんな事、本当にできるのでしょうか……。
「マル、顔色が悪いけど、平気ですか?」
不安に思っていると、そっと肩を抱いてくるミシェル様。
周りに人がいるため、今は口調が丁寧です。
彼はまるで大切な物でも扱うように、優しくギュッと抱き寄せる。
「すみません。あんな数の魔物を見たのは初めてで」
「怖い? やっぱり今からでも町に戻っていた方が……」
「いえ、ミシェル様が行かれるのに、私だけ安全な場所になんていられません。どうか傍にいさせてください」
「マル……。分かりました。けど、絶対に無理はしないで、私の側を離れないでくださいね。アナタは必ず、私が守りますから」
励ましてくれるミシェル様。
そんな彼は今、ウィッグをつけてメイクもして、女装してはいますけど、服装はきらびやかなドレスではなくダイアンさんがしていたのと同じ、騎士の軽装のような格好。さらに彼の腰には、剣が下げられています。
聖女らしくない格好ですけど、これはいざという時動きやすくするため。そして剣はもしもの時、身を守るための装備です。
「ミシェル殿。アナタの希望で剣を持たせはしましたけど、やるべきは大地の浄化です。剣を振るうとしても、それは身を守る時だけ。くれぐれも前に出ないようお願いします」
「アレックスさん……分かっていますわ。魔物の相手は騎士団やダイアンさんに任せればよろしいのでしょう。それで、そのダイアンさんは今どこに……」
「おーし、みんな揃ってるねー。こっちも準備できたよー!」
話していると、後ろからダイアン様が現れました。
その格好は昨日と同じく、まるで騎士のよう。こうして見ると本当に、特級聖女様とは思えません。
けど、あれだけの数の魔物を相手にしないといけないのですよね。本当に大丈夫なのでしょうか?
「ん、どうしたのマルティアちゃん? あ、さては可憐でビューティフルなアタシが、魔物相手に戦えるのかって、不安になってるな?」
「ふえっ!? い、いえ、そんな事は」
「いいっていいって。みんな最初はそう思うし。けど安心して。アタシ今まで一度も、ケンカで負けたことないから」
ニッと笑うダイアン様。
すると今度は、ミシェル様が尋ねる。
「そういえば、私もダイアンさんがどう戦うのか、存じ上げていないのですが」
「おわっ、なんかミシェルが女言葉使ってると、違和感しかないねえ。今は見た目は美女なのに」
「茶化さないでください。……ここには騎士団の方もいらっしゃいますから、淑女を演じないと」
「ああ、そうだったね。けど、アンタも元騎士団なら、アタシの噂くらい聞いたことあるでしょ?」
ミシェル様は「噂でなら」と納得した様子で頷きましたけど、その噂を知らない私はまるで分かりません。
「あの、ミシェル様。ダイアンさんって、そんなにお強いのですか?」
「私も噂でしか知りませんが、本人のこの自信。きっとこれは確かな強さの現れですわ」
なるほど。きっと武術を心得た人だと分かる何かがあるのでしょうね。
するとアレックス様が、私達に声をかけてくる。
「ではそろそろ。ダイアン殿、お願い致します」
「あいよ。皆は少し下がってて」
そう言って、数歩前に出る。
そしてその先にいるのは、おびただしい数の魔物の群れです。
「アレックスさん。ダイアン様はどうやって、あれだけの魔物と戦うのですか? まさか一人で突っ込むつもりでは?」
「いや。まずダイアン殿は戦いの前段階として、大地の浄化を行うんだ」
「大地の浄化? けど、魔物がいる状態でそれをやったら、狙われて危険なのでは?」
だからこそ、魔物を追い払ってから浄化を行うのがセオリー。
実は魔物は、穢れの浄化を感じとって、それを行っている聖女を積極的に襲う傾向があるのですよね。
つまり、魔物の近くで浄化を行うのは大変危険な行為。本来なら、そんなことさせてはいけないはずですけど……。
「そこが彼女の狙いなんだ。魔物が自分を狙ってきてくれた方が、返り討ちにしやすいとの事だ。それに大地を浄化していた方が魔物は弱るし、逆にこっちの団員は穢れを受けずにすむからね」
「なるほど、そういう狙いがあるのですね」
「まあさすがに、魔物に狙われた状態で完全に浄化するのは難しいんだけどね」
けどある程度でも良いので浄化しておけば、確かに戦う上では有利になります。
ダイアン様が魔物に狙われる危険はあるけど、本人はむしろそれを望んでいるみたいですし。
「さすが特級聖女様。頼りになりますね」
「まあ問題は、浄化をする時に彼女が歌う、歌なんだけどね」
歌? あ、もしかしてあれかも。
実は聖女の中には歌を歌うことで、浄化の力を発揮させる方がいるのです。
私が手をかざして浄化の光を放つのとは違って、歌声に乗せて浄化の力を響かせる。
その歌は通称、『天使の歌』と呼ばれているのですが、ダイアン様もそのタイプだったのですね。
「戦場に響く天使の歌か。ダイアンの普段のガサツ極まりないイメージとは、違いますわね」
「ミ、ミシェル様。そう仰らないでください。きっと素敵な歌声なのですから」
失礼な言い方をするミシェル様を慌ててフォローしましたけど、ハンスさんが何故かため息をつく。
「天使の歌か。それなら良かったのだがな」
「え? それはいったい……」
「話はこれまでだ。くるぞ!」
緊張したようなハンス様の声に、私やミシェル様も身構える。
そしてついに、ダイアン様が動かれました。
「山よ! 大地よ! アタシの歌を聴けー!」
力強い掛け声と共に、ダイアン様の浄化の歌が披露される。
披露されたのですが……。
ボエ~ッ!
ホゲ──ッ!
ボゲえぇえぇえぇえぇッ!!!!!!!!
──っ!
ひ、ひぃぃぃぃっ! な、なんですかこの超音波は!?
それはまるでガラスを爪で引っ掻いたような……いいえ、それ以上に不快な音。とても人間の口から発せられているとは思えません。
思わず耳を塞ぎましたけど、とてもそれだけで防げるようなものではなく、頭はガンガンしますし目はぐるぐる回ってきます。
そして見ればミシェル様やハンス様、アレックス様や他の騎士団の面々も、同じように耳を塞ぎながら苦しんでいるじゃないですか。
するとミシェル様が苦悶の表情を浮かべながら、アレックス様に尋ねる。
「ア、アレックスさん。これはいったい?」
「ミシェル殿、それにマルティア殿も知らないと言っていましたね。実はダイアン殿の癒しの力は確かなのですが、歌唱力の方は少々……」
「これが少々なんてレベルですか! 天使の歌じゃなくて、悪魔の歌じゃないか!」
またもミシェル様が失礼な物言いをしましたけど……ごめんなさいダイアンさん。今回はフォローできません。
だって聴いていると意識が飛びそうなくらい、とんでもない歌なのですもの。
にも拘らず本人は、いたってノリノリな様子。
「あっはっはっ! どんどん行くよー。ホゲえぇえぇえぇッ!」
ま、まだ歌うのですか?
見れば前方にいた魔物達まで、苦しそうにしているではありませんか。
鳥形の魔物は地面へと落ち、先程見かけた巨大なミミズは体をくねらせてのたうち回っていて、まるで地獄絵図。
けど不思議なことに、大地の浄化はちゃんと行われているのです!
元々穢れが濃かったせいでさすがに完全に元通りとはいきませんけど、明らかに穢れが薄くなっています。
淀んでいた大地は、少しずつではありますが、回復してきている。
歌はこんなにも壊滅的なのに、信じられません!
「嘘だろう。少しずつだけど穢れが薄くなってる。毒を以て毒を制してるってことなのか?」
「ダ、ダイアン嬢の浄化の力は確かだ。しかし歌唱力は壊滅的で、皆は『ダイアンリサイタル』と呼んで恐れている」
ダイアンリサイタル!?
けどこれって、人間にもダメージがあるのではないでしょうか?
それに魔物が苦しんでいるのも穢れが祓われてる以上に、歌そのものが攻撃になっている可能性も。
と言うか、絶対にそうですって!
そして、それからしばらくダイアン様の歌は続きましたけど、それもようやく収まってくる。
や、やっと終わりました~。
しかし周りを見ると、騎士団の方々は、とても疲れた様子。まだ魔物との戦いはこれからだというのに、こんなんで本当に大丈夫ですかー!?
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