第20話 特級聖女のダイアン様
力強い声がしたかと思うと、バタンと部屋のドアが開いた。
驚いて目を向けると、そこにはスラリと背の高い二十歳くらいの、銀色の短めの髪をした女性が立っていました。
も、もしやこの方が、先ほど話していたダイアン様ですか!?
一発でそう思った理由は、彼女の額にあります。
そこには特級聖女の証である赤と青の二色の華の紋章が、くっきりと刻まれていたのです。
聖女の紋章が現れる場所は人それぞれですけど、あんなに目立つ所にあるのは初めて見ました。
すると予想を裏付けるように、ハンスさんが彼女に語りかける。
「……ダイアン嬢、部屋に入る時はノックをしてください。アリーシャ殿からも、きつく言われているでしょう」
「あ、そういえばそうだったね。けど今はアリーシャ先生はいないし、多目に見てよ。そ・れ・よ・り~、大聖女様久しぶりー!」
ミシェル様に向かって、ブンブンと手を振りはじめる。やっぱりこの方がダイアン様で、間違いないみたいです。
戦う聖女である故か、聖女と言うよりまるで騎士の軽装のような格好をしていますけど、その姿は美しい。
同性でもつい見とれてしまうような美人さんで、スタイルは抜群。特級聖女様ともなると、容姿も優れているのでしょうか?
だけど見とれていると、ダイアン様はふと気づいたように、今度は私に目を向けてくる。
「おや、そっちの子は、はじめましてかな?」
「は、はい! ミシェル様のお世話係をしています、2級聖女のマルティア・ブールと申します」
「へー、マルティアちゃんかぁ。ミシェルってばやるねー。大聖女のか職権を濫用して、可愛い子を傍に置いたのかー?」
「人聞きの悪い事を言うな! マルを選んだのは、公平な選別だ!」
ミシェル様は顔を真っ赤にしながら言い返しましたけど、それを聞いたハンス様とアレックス様は。
「公平でしょうか?」
「そもそも選別していませんからねえ」
二人して、苦笑いを浮かべています。
私がうっかりミシェル様のお部屋に乱入してしまって、成り行きでお世話係になっただけなんですものね。
するとダイアン様は何を思ったのかグイグイと私に近づいてきて、ジッと顔を見つめてきます。
「ねえねえ。ミシェルのお世話係ってことは、あの事は知っているのかな?」
「あ、あの事とは?」
「ほら、大聖女なのに、本当は男だっていう……」
「ダイアン嬢!」
言いかけた言葉を、ハンス様が止める。
けどひょっとして今、ミシェル様が男性だって言おうとしました?
「それは他言無用と言ったではありませんか。幸いマルティアは知っているから良かったものの、そうでなかったら大変な事になっていましたよ。まさか、他で喋ってないでしょうね?」
「なんだ、やっぱり知ってるんじゃない。だったら、怒らなくて良いじゃん。心配しなくても、他では言ってないよ。アタシ口固いもん」
「どうだか……」
ハンス様は疲れた様子でため息をつかれましたけど、二人の間に挟まっている私はオロオロ。
もしかしてこの二人、あまり相性が良くないのでしょうか?
「あ、あの。ダイアン様も、ミシェル様のことはご存知なのですね。やっぱり特級聖女様ともなれば、知らされているのですね」
「あー、違う違う。なんつーか、ちょっとしたハプニングでたまたま知っちゃったって感じ?」
「ちょっとしたハプニングだぁ? あれだけの事をしておいて、よく言うよ。マル、俺の後ろに隠れて。この人、超危険人物だから!」
えっ? ええーっ!?
状況が掴めないままミシェル様は私の手を引っ張って、背中に隠します。
「ミシェル様、ダイアン様とはいったい、何があったのですか?」
「それは……そうだね、話しておこうか。あのとんでもない出会いを」
そうしてミシェル様は、お二人の出会いについて話してくれたのです……。
【ミシェル視点】
あの頃俺はとある地方の教会で、淑女になるための訓練を受けていた。
講師のアリーシャさんの訓練は厳しく、歩き方一つとっても、やれ背中が丸くなっている、やれ顎はもう少し引くだのとにかく言うことが細かくて、毎日ヘトヘトだったよ。
そしてその日も特訓が終わって、その俺は汗を流すべく風呂に入っていた。
万が一にも俺が男だってバレないように、個人部屋の中に備わっている浴室を使っていて、更にその日は浴室の前の部屋の中に、ハンスさんとアレックスさんが待機していた。
俺はゆっくりと湯に浸かって、疲れを取っていたんだけど。その時不意に、部屋の方から騒がしい声が聞こえてきたんだ。
「たのもー! 大聖女様がいるって聞いて、挨拶に来たよー!」
「ダ、ダイアン様!? 急に来られては困ります。ミシェル様はただ今湯に浸かって、身を清められている最中にございます」
「ふーん、大聖女様って、ミシェルって名前なんだー。けど、良いじゃん風呂。聖女同士、裸の付き合いといこうじゃない」
「なっ!? ダイアン様、お止めください!」
「なに? アタシ今から風呂入るんだけど。男はさっさと出てけー!」
何やらとんでもない会話が聞こえてきて、俺は慌てて湯船から出たよ。
状況をハッキリ理解できたわけじゃないけど、なんかヤバい感じがして。
だけど俺が出て行くよりも早く、浴室のドアがバンと開かれた。
そして……。
「はじめましてー、大聖女ミシェル様ー! アタシ特級聖女のダイアンって言いまーす。以後お見知りおき……を?」
入ってきたのは初めて会う、一糸纏わぬ姿の女性。
そして俺も、体を隠すものは何もない素っ裸の状態。
こんな状況で、パニックになるなと言うのが無理な話で……。
「ぎぃやああああああああっ!?」
俺の絶叫が、浴室に響いた。
これが俺と特級聖女……いや、恥女ダイアンとの、忘れたくても忘れられない最悪の出会いだった。
【マルティア視点】
ミシェル様の話を聞いて、開いた口が塞がりません。
わ、私はいったい、何を聞かされているのでしょう?
そういえば裸の付き合いって。前にハンス様が、もしそんな話をしていたような。
あれって、ダイアンさんの事だったのですね。
「あははははーっ、あの時はビックリしたよー。大聖女様がいるって聞いて行ったのに、胸は真っ平らだし下には見慣れないモノをぶら下げてて……」
「この恥女がーっ! それ以上言ったら殺すからな!」
はうっ。ミシェル様が今まで見たことないくらいブチ切れていらっしゃいます。
きっとその時の体験は、強烈なトラウマになったのでしょうね。心中お察しします。
って、でも待ってください。今の話を聞くと……。
「あ、あの、ミシェル様」
「なに、マル?」
「ダイアン様が浴室に入ってきたと言うことは、その……ミシェル様も見られたのですよね? お風呂に入ろうとしていた、ダイアン様の事を……」
「ん、まあそりゃあ……」
答えたミシェル様でしたけど、突然ハッと気づいたように、顔を赤くする。
「ま、待ってマル! 見たことは見たけど、すぐに目を反らしたと言うか、見たくもないものを無理矢理見せられた俺は被害者なんだから。そんなジトッとした目で見ないでよ!」
むぅ~、本当ですかぁ~?
まあ今の話を聞く限りでは、ミシェル様に落ち度はなく不可抗力だったみたいですけど。
そもそもダイアン様もゲラゲラ笑っていて気にしていないようですし。別にいいですよーだ。
本人達の間で決着がついているなら、私には関係無いことですしねー。
けど、どうしてでしょう? その場面を想像すると、何故かモヤモヤムカムカしてきます。
ダイアン様、美人でスタイルも良いですし、そんな人の裸体を見て、本当にミシェル様は何とも思わなかったのでしょうか?
とにかく、ダイアン様が少々……いえ、だいぶぶっ飛んだ方だと言うのはよーくわかりました。
そう言えばさっき話の中で名前が出てきた、ミシェル様の教育係をされていたというアリーシャさん。
確かミシェル様は彼女の教え子の中で2番目に手が掛かったと言う話を以前に聞きましたけど、ひょっとして1番大変だったのって……。
って、私ってばなんて失礼なことを。
こ、このことは、考えないでおきましょう。
「あー、そろそろいいかな?」
私達が思い思いに話したり考えたりしていると、アレックス様がパンパンと手を鳴らしてくる。
「ダイアン殿が来てくれたのなら、魔物討伐と浄化の段取りが大きく変わってくる。それについて話し合いたい」
「おお、そうだったな。ダイアン嬢、あなた様のお力を借りることになりますが、よろしいですかな?」
「あいよ、元々そのつもりで来たんだから、泥舟に乗ったつもりで任せなって」
「……それを言うなら大船では?」
「あー、そうだったそうだった。あっはっはっ!」
間違いを指摘されても、豪快に笑うダイアン様。
とにかく、頼りにして良いのですよね。
戦う聖女と言われているダイアン様の実力がどれ程のものなのか、私はまだ知りませんけど、騎士団が劣勢の中援軍が来てくれたのは心強いです。
こうしてダイアン様を加えての作戦会議が始まって、私は特にできることはありませんでしたけど。
せめて全員の無事と作戦の成功を、心よりお祈りしますね。
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