第19話 汚れた大地と魔物の脅威
サーガ村でリリィちゃんの治療を行った後、ミシェル様から告げられた衝撃の事実。
まさかあの時助けた男の子が、ミシェル様だったなんて。
そしてその事に全く気づいていなかった自分の鈍さには、頭を抱えたくなります。
ミシェル様もきっと、呆れていますよね。
しかしその後は特別な事件や騒動が起こるわけでもなく。
旅を続けて7日目、私達は目的地であるシマカゴの、一つ手前の町に到着しました。
今夜はここで休んで、明日はいよいよシマカゴ入り。
魔物がはびこっている穢れた大地は、もう目と鼻の先なのですから、気を引き締めておかないと。
ただ……。
「これは……思った以上に酷い有り様だ……」
やってきたのは、町にある教会。そこには魔物を討伐するためにやってきた騎士団の方々もいたのですが、彼らは皆一様に疲れきっている様子。
今は礼拝堂が彼らの拠点となっていますけど、そこでは多くの騎士達が怪我の治療を行っています。
すると到着した私達を見て、一人の年配の騎士の方が近づいてきました。
「おお、ハンス殿。それにアレックス殿も。遠路はるばる、来てくださってありがとうございます。あなた方が来てくださったと言うことはそちらが……」
「ああ。大聖女ミシェル様だ」
「おお、なんとお美しい。皆のものー、大聖女様が来てくださったぞー!」
途端に騎士達は歓声を上げる。
けれど、ハンス様やアレックス様は、何故か浮かない表情。そして他の人達には聞こえないよう、最初に話かけてきた騎士様に小声で尋ねる。
「魔物どもの状況はどうなっている? ちゃんと退けられたのか? 安全を確保できんと、浄化どころじゃないぞ」
「それが、何度か退けてはいるものの、奴らはどんどん集まって来ているのです。どうやら大地の穢れが思ったよりも深刻なようで、魔物が次々と呼び寄せられているのかと」
「なんと。報告は聞いていたが、ここまで状況が悪いとは」
頭に手を当てながら、顔をしかめるハンス様。
今のお話で、私にも何となく状況はわかりました。
大地の穢れが発生したら、それに呼び寄せられて魔物がやってくる。
普通なら魔物を退けた後に、大地の浄化を行うのですが……その魔物を、追い払えていないということですよね。
すると隣でミシェル様が深刻な顔をしながら、ポツリと呟く。
「マズイ……魔物を追い払えてない今だと、浄化の許可は降りないかも」
「やっぱりそうなりますよね。魔物のいる場所での浄化は、危険ですから」
「ああ大地の浄化をする時は、浄化に集中しなくちゃいけないから無防備になる。そこを魔物に襲われたら危険だ。俺も元騎士団だから、よく分かるよ」
そういえば。ミシェル様は騎士団員として、戦場に立った事があるのですよね。
確かに今の話を聞くと、そんな危ない場所に連れて行くのは危険です。
ですが、ミシェル様はアレックス様に告げます。
「あの、魔物がいても構いません。私を行かせてくれませんか」
「ミシェル様なにを!?」
たった今、危険だと話したばかりなのに。
だけどミシェル様は続ける。
「アレックスさんは知っての通り、私は剣術をたしなんでいましたから。自分の身くらい守れましてよ」
確かに。通常の聖女とは違って、元騎士団のミシェル様なら、いざとなったら自分も魔物と戦いながら、大地の浄化を行えるかもしれません。
だけど。
「それは許可できません。……あなたの剣の腕は知っていますが、戦場の恐ろしさはご存知でしょう。危険がある以上、行かせるわけにはいきません」
「ですが……戦いながら大地を浄化する聖女だって、いるでしょう」
「……彼女は例外中の例外でございます」
二人が何を話しているか。途中からはよくわかりませんでしたけど、とりあえず許可は降りないというのはわかりました。
私の心中は複雑です。ミシェル様が危険な戦場にいかなくて済む事にホッとする反面、それでは何のためにここまで来たのか。
すると、騎士様と話をしていたハンス様がこちらを向く。
「とにかく、我々の部屋が用意されているそうですから、いったんそちらへ。良いですね」
「……了解です」
ミシェル様は不満気でしたけど大人しく従い、私達は教会の奥にある大きな部屋へと案内されました。
そして私とミシェル様、そしてハンス様とアレックス様といういつもの面々で、今後について話し合います。
「だからー、俺も戦えるんだから大丈夫だって。魔物に遅れはとらないから、浄化させてよ」
「なりません。確かに場合によってはそれも考えていましたが、あの怪我人だらけの騎士団を見たでしょう。魔物の侵攻を抑えるため連日戦っていた騎士団は、疲弊しきっています。今の彼らでは、ミシェル様を守らせるには荷が重いです」
「その騎士団の人達の頑張りを無駄にしないためにも、一刻も早く浄化しなきゃいけないじゃん!」
ハンス様とミシェル様が言い争っていますけど、どちらの言い分もわかります。
ただ、それでも私が思うのは。
「ミシェル様、どうか無茶はお止めください」
「マルまで……。けどこれじゃあ、大聖女の力があったって、宝の持ち腐れじゃない」
「それでもです。確かに力があるのなら、それを使わなければという気持ちは立派ですけど、危険な目にあっても構わないと言うのは違いますもの」
「危険な目にあってるのは、騎士団だって同じでしょう。なのに自分だけ安全な場所にいるなんて、できないよ」
「ですが……そうです、せめて援軍。援軍が来るまで待ってみてはいかがでしょう? 騎士団の援軍は、来てくれるんですよね」
今いる騎士団だけでミシェル様を守らせるのは、確かに心配。けど新しく、別の騎士団が来てくれるのなら、状況は変わるはず。
しかしアレックス様が。
「それなんだけど。情報の行き違いがあったようで、私もさっき知ったんだが、追加の騎士団は来ない」
「そんな……」
「けど、そう悲観しなくてもいい。騎士団は来ないが代わりに……ダイアン殿とその護衛兵が来るそうだ」
え、ダイアンさんって……。
その名前、聞き覚えがあります。たしかその方って……。
「アレックス殿、それは真か!?」
「嘘だろぅ。あの人がくるの?」
名前が出た途端、ハンスさんは声を上げて、ミシェル様は頭を押さえる。
えっ? えっ?
何だかあまりいい反応ではないように見えるのですけど、ダイアン様って確か。
「あの、間違ってたらごめんなさい。ダイアンさんってあの、特級聖女のダイアン様ですか?」
「ああ、そうだ」
アレックス様の返事に、私はやっぱりと頷く。
大聖女ほどではないにしても、聖女の中でも特に強い力を持っていて、2色の華の紋章が体のどこかに刻まれているのが、特級聖女。
現在教会に5人しかいない特別な聖女ですけど、確かその中の一人が、ダイアンという名前だったのです。
私は会ったことがありませんけど、名前くらいは聞いたことがあります。
けど、今必要なのは浄化の力を持った聖女ではなく、戦う力を持った騎士団のはず。なのにどうして、来るのが騎士団ではなく特級聖女なのでしょう?
「あの、どうして特級聖女の方が来られるのですか? 魔物がうようよいる場所に近づいたら、危なくないですか?」
「ああ、普通はそうだ。けど、このダイアン殿は特別でね。君は特級聖女が浄化の力以外にも別の力を持っていると言う話は、知っているかな?」
「はい。未来を予知したり、穢れ病以外の怪我や病気を治したり、でしたっけ」
「そう。そしてこのダイアン殿が持っているのが、戦う力なんだ。聖女の持つ聖なる力を身体能力の向上に使って、高い戦闘力を生み出す。その強さは、騎士団一個師団に匹敵するとか」
「そんなに!? そんな方が来てくださるなんて、頼もしいじゃないですか! これなら安心ですよね」
だけど、ハンス様やミシェル様を見ると、何故か二人とも浮かない表情。
どうして? 喜ばしい事のはずなのに。
「お二人とも、いったいどうなされたのですか?」
「あー、いや。ちょっとね」
「気にするな。ダイアン嬢は腕は確かだが……我々が個人的に苦手なだけだ」
ミシェル様は元気がありませんし、ハンスさんもそんなことを仰るなんて、珍しい。
いったいダイアン様って、どんな方なのでしょう?
なんて思っていると……。
「たのもー! 大聖女様がいると言うのはここかーい!」
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