第18話 女装聖女の恋と葛藤【ミシェルside】

【ミシェル視点】


 言った……言ってしまった……。

 穢れ病の治療を終えて帰ってきたマルに、昔同じように治療を受けて助けてもらったのは自分だと打ち明けたのが、ついさっきのこと。


 結局あの後すぐ、明日も早いからもう寝ようってなったのだけど。ベッドに入ってからも、俺は興奮して眠れなかった。


 マル、驚いてたなあ。けど俺としては、ちょっとは気づいてくれていても良かったのにって思う。

 あの頃と今とでは俺の風貌もだいぶ変わってるから無理もねーのは分かるけど、もうちょっとこう、な。


 こっちはあの日以来、白髪の聖女を忘れたことなんて一日もねーってのに。


『気分はどうですか? 悪くありませんか? ──良かったぁ、もう大丈夫ですからね』


 あの時穢れ病に犯されていた俺を、癒しの力で助けてくれた聖女様が見せてくれた、嬉しそうな笑顔。


 まるでどっちが助けられたのか分からないほどの、幸せそうな表情。それを見た途端、胸の奥で何かが弾けた。

 

 雪のように白い髪がとても綺麗で、向けられる笑顔が、まるで天使みたいに可愛くて。聖女様に『ありがとう』と返しながら、宿った気持ちの正体に気づいた。

 俺は助けてくれた聖女様に、恋をしたんだ。


 その後彼女はすぐに帰ってしまって、結局名前も知らないままだったけど、その出会いは俺の運命を大きく変えた。


 もう一度あの子と会いたい。どうすれば会えるだろう?

 俺はそれから数年経った後、教会の騎士団に入る事にした。

 あの子が教会に属している聖女というのは間違いなかったから、教会騎士になればもしかしたら会えるんじゃないかって思って。

 メチャクチャ不純な動機だよな。


 幸い教会騎士は身分に関わらず、やる気と実力があれば誰でも入団できるから入る分には問題なかったけど、下町の皆には驚かれたなあ。

 いくら来る者拒まずとはいえ、育ちの悪い俺が入るには、あまりに似つかわしくなかったから。

 実際入った後も、下町の孤児ってことをバカにしてくる奴もいたけど、そんな奴らは稽古で叩きのめしてやった。


 そうして数年にわたる厳しい訓練を続けた俺は、晴れて見習いを卒業。だけど一人前の兵として魔物討伐の任につく事になった頃、突然手に華の形をした紋章が現れた。


 最初は、なんか変なもんできたなーくらいの気持ちでいたけど、ある時教会のお偉いさんにたまたまそれを見られた事があって、そこから事態が発覚。


 けど、俺が伝説の大聖女だって知った時は、夢でも見てるのかって思ったよ。

 だって俺、男だぜ。どう考えてもおかしいだろ。


 けど実際、大地の穢れを祓う浄化の力は使えたし。穢れ病に掛かった人に力を使ってみたら、そいつはたちまち元気になった。

 信じられねーけど、どうやら俺は本当に、聖女になっちまったらしい。


 その後男が大聖女だってなったら色々問題があるって言われて、女に化けるための地獄の特訓を受けることになるんだけど。


 本当はさ、女に化けることに、抵抗がなかったわけじゃねーんだ。

 だけどそれでも大聖女として生きていく事を決めたのは、子供の頃白髪の聖女に助けられた事が大きかった。


 俺もあの子みたいに、苦しんでいる人の力になりたい。

 そう思ったから、大聖女になることを決意した。

 そして教会本部で大勢の前で御披露目があったあの日、再び運命が動いた。


 教会のバルコニーから、集まっていた大衆に手を振っていた時、彼女の存在に気づいた。雪のような、白い髪の聖女がいることに。


 広場の隅で、こっちを見上げている白い髪の女の子。

 遠目だったけど、白い髪なんて珍しいし、何より毎日のように思い出していた恋焦がれている相手なんだ。一目見た瞬間、あの時のあの子だって確信したよ。


 あの時バルコニーから飛び降りて、声をかけなかった俺は偉いと思う。

 けど教会本部にあの子がいると分かったものの、それから数日は会う事が叶わなかった。


 大聖女と一般聖女とでは、扱いが全然違うもんな。けどあの子が近くにいるって思うだけで興奮が抑えられずに、夜も眠れなかったよ。


 そしてある朝、こっそり部屋を抜け出して教会内を散歩してた時、ついに会うことができたわけだけど。

 同僚の他の聖女達に水を掛けられて虐められていたから、俺はブチ切れた。


 一人をよってかたって虐めて水まで掛けるなんて、聖女のすることかよ! 

 本当は虐めの主犯の女の顔面をグーで殴ってやりたかったけど、水を掛けるだけで止めておいたのだから、俺も慈悲深くなったもんだ。


 まあそんなわけで、決して良いとは言えないものの、何とか再会を果たしたわけだけど……。


 俺は暗い中、隣のベッドに目をやる。

 そこには布団を被って、こっちに背中を向けて横になっているマルの姿が。

 好きな女の子が隣で寝てるって、スゲー状況だよな。

 するとマルが寝返りを打ってきて、顔がこっちを向く。


「すー、すー」


 目を閉じて、規則正しく寝息を立てるマルの寝顔が、手を伸ばせば届く距離にある。

 ああっ、もう! 毎晩毎晩、この可愛い寝顔には悩まされるなあ!


 この旅が始まって、マルと同じ部屋で寝泊まりするようになってからは、毎日が煩悩との戦いだ。

 薄めの夜着を着てるもんだから、体のラインが丸分かりで、目のやり場に困るっての。

 痩せっぽっちで凹凸はないけど、その華奢な体を何度抱き締めたくなったことか。


 なのにマルってばそんな俺の気持ちなんて気づいてなくて、いつも無防備で寝てる。それが余計に、俺を悶々とさせているんだ。

 前に男慣れしていないようなことを言ってたけど、その割には警戒心が皆無なんだよなあ。


 ええい、くそ。ハンスさんも周りから怪しまれないためとか言ってマルと同室にしたけど、ずいぶんえげつない拷問をしてくれる。

 好きな女の子がこんな近くで寝てるのに、平然としていられる男がいるかっての!

 大聖女は、聖人君子じゃないんだぞ!


 柔らかなほっぺに触りたくなるし、息をする度に上下する小さな胸に、つい目がいってしまう。

 息の漏れている唇に自分のそれを合わせたくなる衝動と、こっちは毎晩戦っているんだ。


 マルは自分に魅力が無いって勘違いしてるようなところがあるけど、それは大きな間違い。

 お願いだから、もう少し自分の魅力に気づいてくれ!

 男と同じ部屋で寝るんだから、ちょっとは警戒心持てっての!


 一応照れてる様子はあったけど、マルってば普段から無防備と言うか天然と言うか、無自覚に俺の理性を壊しにくるような所があるからなあ。

 いっそのこと本当に壊してしまって、マルのことも滅茶苦茶にできたらって思わなくもないけど……って、何を考えてんだ俺は。


 マルは俺を信頼してくれているんだから。それを裏切るような事をしちゃいけない。

 何より助けてくれた恩人を、自分が好きな女の子を、傷つけてたまるか。

 ただそれはそれとして、やっぱりちょっと思ってしまうのは……。


「……いつか俺の事を大聖女としてじゃなく、男として見てくれよな」


 暗い中ポツリと呟く。

 これ以上マルの寝顔を見てたら、理性が壊れそうだ。俺は布団を被って、無理矢理目を閉じた。


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