第17話 あの日あの町、の男の子

 リリィちゃんの治療を行って宿に戻った時は、もうすっかり夜も更けていました。

 浄化の力を使ったのですから、もうへとへと。だけどおかげで治すことができましたし、行って良かったです。


 そしてハンス様と別れて部屋まで戻ってくると、ミシェル様がベッドに腰をかけて座っていました。


「お帰りマル。治療はどうだった?」

「はい。リリィちゃん……さっきの方の娘さん、すっかり良くなりました。ミシェル様が励ましてくれたおかげで、落ち着いて力を使うことができたのです。ありがとうございます」

「俺は何もしてないよ。マルが頑張ったからだって」


 ミシェル様はそう言いながら、頭を撫でてくる。

 本当なら、このまま話をしたいところですけど、その前に。


「あの、ミシェル様……まずは着替えたいのですけど」

「あ、ゴメン。俺は部屋の隅にいるからゆっくり着替えて」


 顔を赤くしながら、こちらに背を向けるミシェル様。

 リリィちゃんの家に行く際にいったん着替えていたので、もう一度着替え直さないといけませんけど、こういう時はミシェル様と同室なのが厄介です。

 私達のどちらかが着替える時はいつも、もう片方は見ないよう背を向けているのですよね。

 着替えの度に外に出ていくのは、端から見れば不自然でしょうし。


 何だかツッコミ所満載な気もしますけど、気を取り直して着替えを始める。

 ミシェル様には背を向けてもらっているとはいえ、やっぱり恥ずかしい。

 早く終わらせてしまわないと。


 だけど着ていた服を脱いだ時、左鎖骨の下にある聖女の証。華の紋章が目に入ってきました。


 ミシェル様のような七色の華とは違う、色無しの2級聖女の紋章。なのにどうして、リリィさんを完治させることができたのでしょう?


(本当に不思議……あ、でももしかしたら、ミシェル様に聞いたら何かわかるかも?)


 素早く着替えを済ませると、続けてミシェル様に先ほどの治療の時の様子を詳しく話しました。


「……というわけで。私の行った治療は、本来2級聖女にできる範囲を超えていたみたいなのです」

「なるほど、確かにそれは不思議だね。けどまあそのリリィって子が助かったのならいいじゃない」

「それはそうなんですけど……そういえばミシェル様も前に、私が2級聖女だって聞いて、驚いていましたよね」

「あ、ああ……マルがいきなり服を脱ごうとした時の話か。確かにあれは驚い……」

「そこじゃありません! ミシェル様、あの時私が2級聖女だって事を不思議がっていませんでしたか?」


 今思い返してみると、あの時のミシェル様と今日のハンス様の反応はよく似ていました。

 まるで私が2級聖女だということが、信じられないと言うように。


 するとミシェル様、なにやら考えるように腕を組んだかと思うと、やがて決心したように言ってくる。


「そうだね……もうそろそろ、言っていいかな。あのさマル、前に地方の町に治療のために派遣された時、女の子に連れられて下町に行ったって話してたよね。そこで、男の子の治療したって」


 はい。私が先輩の言いつけをやぶって、勝手に治療した時のことですね。


「その派遣された町って、ヒューガって町でしょ」

「知っているんですか!?」

「うん。知ってるも何も、俺が生まれ育った故郷だからね」

「なるほど、故郷……って、ええっ!?」


 さらっと仰いましたけど、何ですかそのビックリ情報。

 待ってください。ミシェル様は下町で育ったと仰っていましたけど、あの時私が連れて行かれた場所が、まさにそんな所でした。

 ということはまさか……。


「順を追って説明するね。あの日いったい、俺達の間で何があったのか……」


 そうしてミシェル様は、あの日の事を語り始める。

 元々ミシェル様達下町の孤児は、子供同士集まって助け合いながら生活していたそうなのですけど、ある日町に穢れ病が流行って、一人の子供が穢れ病に掛かったそうなのです。


 幸い、町にはすぐに教会から聖女達が派遣されましたけど、治安の悪い下町は治療が後回しにされていたそうで。順番を待っていたら、治療がいつになるか分かりません。


 すると、仲間の一人が言ったそうなのです。

 無理矢理にでも聖女を引っ張ってきて、治療をさせようって。


「そいつは俺達の中で一番年上で、皆の姉さんみたいな奴だったんだ。マルも会ったことあるはずだよ」

「もしかして、あの時私を呼びに来た女の子ですか?」

「せいかーい」


 ミシェル様は面白そうに笑っていますけど、私は口を開けたままポカンとするばかり。

 だけどこれで、話の全貌が見えてきました。


「ミシェル様がどうして、私が2級聖女であることに疑いを持ったのか、分かってきましたよ。あの時治療した男の子。ひょっとしてあの子も、2級聖女では治せないほど、穢れ病が進行していたのでしょうか?」

「うん。だからてっきり、あの時助けてくれた白い髪の女の子は、1級聖女の誰かだって思ってたんだけど……」


 ミシェル様は手を伸ばしてきて、私の白い髪を梳く。


「俺が教会入りした日、広場でマルに気づいてたってのは前に話したよね。一目見て分かったよ。君があの時の聖女様だってね」


 ニッコリと笑うミシェル様を見て、自分の顔が赤くなっていくのがわかる。

 ミシェル様、たった一度出会った私のことを、覚えていてくださったのですね。


「あの……ミシェル様は前に、元々私をお世話係にするつもりだったって仰ってくれましたよね。ひょっとしてそれも、あの時の事が理由なのですか?」

「うん。マルがあの時助けてくれた聖女なら、何としてでもお世話係にしたいって思ったよ。もっともマルの方から部屋にやってきて、俺が男だって知っちゃうのは想定外だったけど」

「す、すみません!」

「いいって。おかげでこうして、お世話係になってもらえたんだもの。俺にとっては、渡りに船だったよ」


 ミシェル様はイタズラっぽく笑っていますけど、私は話を受け止めるので精一杯です。


「まあ今思えば、昔俺達がやったことは相当迷惑だったけど。順番を無視して聖女を連れてくるなんて、凄いわがまま。結局あの後、マルは怒られちゃったんだよな。ごめんね、俺達のせいで」

「め、滅相もありません。私のことは、気にしなくていいですから」


 それに怒られはしても、誰かの役に立てたことは素直に嬉しかったですから。


「そういえば。あの時穢れ病に掛かっていた男の子は、その後元気にしているでしょうか? 実は、ずっと気になっていたのですけど……」


 少し心配しながら、ミシェル様を見る。

 何せ穢れ病の治療をちゃんと行ったのは、あの時が初めて。あの男の子は今でも元気にしてるかなーって、時々考えていたのですけど……。


 すると不意にミシェル様の表情が、少し引きつる。

 あ、あれ? どうしたのでしょう?


「あの、ミシェル様、どうかされたのですか?」

「ああ、もう。ここまで話して、どうして気づかないのかなあ。マルが助けた男の子ってのは、俺だよ!」

「…………え?」

「『え』じゃないよ。あの時穢れ病に掛かって死にかけてたのは、正真正銘俺なの!」

「えっ……ええーっ!?」


 告げられた事実に、思わず声を上げる。

 で、でも待ってください。あの時の男の子って……。


「あの、ですがあの子は、ミシェル様より幼かったと思うのですが……」

「俺、昔は体が小さくて、実年齢より下に見られてたからなあ。それにあの時は穢れ病に掛かって顔色悪かったから、普段とは大分印象違ってたのかもね。だけどよーく思い出してみて。似てると思わない?」


 た、たしかに。

 記憶をたどってみると、あの時床にふせっていた男の子と、今目の前にいるミシェル様との顔が、重なって見えます。

 むしろ今まで、よく気づかなかったものです。


 それじゃあ本当に、ミシェル様があの時の……。


「どう、信じてくれた?」

「は、はい。申し訳ありません、今まで気がつかなくて」

「仕方がないよ。ああ、それとね……」


 ミシェル様はイタズラっぽく笑うと、私の耳元に口を持ってきて、甘い声で告げる。


「実はあの時助けてくれた聖女様……マルに一目惚れしたんだ。マルをお世話係にしたかったのも、そういう下心があったからなんだよ」

「なっ!?」


 な、ななな、何を仰るのですか!?

 ひ、一目惚れって、私にー!?


 囁かれた言葉が、まるで甘い蜜のように心に溶けて、胸焼けを起こしたみたいに体の中が熱くなっていく。

 う、嘘……嘘ですよね?


 耳にしたことが信じられずに、顔を真っ赤にしながら口をパクパクさせていましたけど。

 ミシェル様はそんな私を見て、おかしそうに笑う。


「なーんてね。どう、ビックリした?」

「──っ!? か、からかわないでくださーい!」

 

 ううっ、そんな質の悪い冗談を言うだなんて、酷いです。

 お、乙女の純情を、何だと思っているのですかー!?


「ミシェル様酷いです! 意地悪です! 最低ですー!」

「ごめんごめん。ついからかってみたくなっただけだって……ああ、そんなポカポカ叩かないでよ」

「知りません! もう、ミシェル様のバカー!」


 相手が大聖女様だと言うことも、自分がそのお世話係という立場にあることも忘れて、ポカポカ叩く。

 こ、告白されたのなんて初めてなのにー!


 だけどあの時の男の子と今こうして一緒にいるなんて、何だか運命みたいな気がして。

 怒りながらも、どこか嬉しさを感じるのでした。



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