第46話 男性なのに、聖女の理由

 彼女はいったい何を言っているのでしょう?

 ミシェル様が偽物だなんて、そんな……。


「ふふ、何言ってるのか分からないって顔だね。まあすぐに理解できないのも分かるけど、ミシェル君。キミは本当に、大聖女じゃないから」

「何言ってるんだよ。俺が大聖女じゃないって言うなら、コイツは何なんだよ?」


 言いながら、手に刻まれた七色の華の紋章を突き付ける。

 そうです。ミシェル様には大聖女の証である、紋章があるじゃないですか。

 それに実際にシマカゴで、大地の浄化を行っているのですから。大聖女でないはずがありません。

 けれど、白き魔女はクスクスと笑う。


「だ~か~ら~、さっきも言ったでしょ。その力は本物の大聖女から、贈与されたものなんだってば。過去の大聖女の中にも、自分の力を他人に分けることのできる贈与の力を持っていた子がいるって知ってる?」

「それは知ってるけど……。俺もその、贈与の力を持っているんだろ」

「違う、逆だよ。君のその力は全て、与えられたものなんだ。そこにいる本物の大聖女、マルティアちゃんからね」

「わ、私が!?」


 待ってください。私が大聖女って、そんなバカな。


「そんなはずありません。私は大聖女どころか、最下級の2級聖女なのですよ!」

「まあ落ち着いて。それじゃあ順を追って説明していくけど、その前に一つ。ミシェル君、君は大聖女として目覚める前に、どこかでマルティアちゃんと会ってないかな?」

「……昔俺が穢れ病に犯された時、マルが治してくれたよ」


 ミシェル様、魔女の質問になんて、答えなくていいですから!


「なるほどね。たぶんだけど、マルティアちゃんが大聖女として目覚めたのは、その時なんじゃないかな。きっとミシェル君の治療中に、大聖女の力が覚醒したんだよ」

「ですから、私は大聖女じゃなくて……」

「大聖女なの! けど確かに今は、浄化の力の大半は無くなってる。ミシェル君に、奪われちゃったから」

「えっ?」

「待て、どういうことだ!?」


 私もミシェル様も、同時に声を上げる。


「さっき贈与の力の話はしたよね。大聖女として力に目覚めたばかりのマルティアちゃんは力の贈与の特性をコントロールできずに、ミシェル君を治すつもりが自分の中にある大聖女の力の大半を、彼に渡してしまったんだよ」

「う、嘘です! そんなことあるはずが……」

「無いってどうして言えるの? だいたいさあ、男が聖女だってことが、そもそもおかしいんだよ」


 ──っ!

 それは今まで何度も話に出て、頭を抱えていた事。

 けどもし白き魔女の言う通り、元々私が大聖女で、ミシェル様は力を貰っただけと考えたら辻褄が……って、私は何を考えているの!?

 こんないい加減な話、真面目に受け取っちゃいけません!


 だけど頭ではそう思っていても、白き魔女の紡ぐ言葉はまるで魔法のように、私達を引きずり込んでいく。


「大聖女の力に目覚めたマルティアちゃん。だけど直後にその力の大半を、ミシェル君に渡してしまった。ミシェル君に大聖女の紋章が現れた時期を考えると、力を使えるようになるまで数年掛かったみたいだけど、ミシェル君が男なのに大聖女になった理由はこれ。そして偶然か運命か、マルティアちゃんとミシェル君は再会したわけだけど……その後何か、変化はなかった?」

「……マルが2級聖女を超える力を使えるようになったのは、俺のお世話係になった後だった」

「なるほど、たぶんそれはミシェル君が側にいることで、本来自分の物だったはずの力が、少しずつ流れ込んできてたんだよ」

「そんな……待ってください。それは全て、アナタの憶測ですよね。根拠なんて何もないじゃないですか!」

「そ・れ・が、分かっちゃうんだよねー。君たちの関係ってさ、ボクとボクが契約している悪魔との関係に似てるんだよ。片方が片方に、力を渡しているってところがね。最初は何なのか分からなかったけど、君達二人の間には、間違いなく繋がりがある。ボクにはそれが見えるんだ」


 そんなの、デタラメを言ってるだけです!

 何せ相手は魔女なのですから、言うことを鵜呑みになんてできませんよ。


 だけどいくら否定しようとしても、もしかしたらと言う気持ちが、どこかで引っ掛かってる。


 そして隣を見ると、ミシェル様は真っ青な顔で白き魔女を見つめています。


「推測も多分に交ざっているけど、だいたいは合っていると思うよ。さて、真実を知って、君達はどう思った?」

「……何も。仮にアナタの言ってる事が本当だったとして、だからどうしたと言うのですか。ミシェル様の力が私からもらったものだったとしても、今はミシェル様が大聖女で、私はそのお世話係。それだけです!」

「ふふっ、マルティアちゃんらしい答えだ。君は欲がないから、自分の力を奪われちゃったって分かっても、怒らないって思っていたよ。けど、ミシェル君はどうかな?」


 名前を呼ばれると、固まっていたミシェル様はハッとしたように目を見開いた。


「君の力はマルティアちゃんから貰った……ううん奪ったものだ。そのおかげで君は大聖女として多くの人から敬われ、脚光を浴びてきた。けどその栄光は、本来マルティアちゃんが得るはずだったものだよ」

「止めてください! 私はそんな……」

「マルティアちゃんは仲間であるはずの聖女達に虐げられていたけど、大聖女になってたらそれもなくなっていただろうね。彼女の両親だって、娘が大聖女として目覚めたら、大切にしてたんじゃないかなあ? 治療しようとしたのに理不尽に罵られるなんて事もなくなる。敬われ、愛され、光輝く道を歩くはずだった大聖女マルティア。それを台無しにしたのはミシェル君……君だよ」

「──っ! 俺が、マルから奪った……」


 真っ青だったミシェル様の顔が、今度は真っ白になっていく。

 声も唇もガタガタ震えていて、こんなミシェル様見たことがありません。


「あーあ、ミシェル君が力を奪ったせいで、今のマルティアちゃんにあるのはカス程度の力だけだねー。ミシェル君以外の人を治療しても聖女の力が発芽しないあたり、力の贈与の特性も失われたみたい。今あるのは魔物を察知する能力と、微かな癒しの力だけかー」


 スクスクと笑う白き魔女。けどそうだったとしても、私は構いません。あの時ミシェル様を助けた事を、何一つ後悔なんてしていないのですから。

 けど、ミシェル様は違ったようです。


「どうやったら俺の……俺が奪った力をマルに返せる?」

「ミシェル様、いったい何を? 私は別に、返してもらわなくても……」

「もう、マルティアちゃんは黙ってて。……ボクの契約している強欲の悪魔に頼めば、返す事は可能だよ。元々その話をするつもりで、君に会いにきたんだから。けど分かってる? マルティアちゃんに力を返すって事は、単純な話じゃない。今まで大聖女だって信じられてきた君が偽者だったってなったら、世間は大混乱だ。教会への不信感を持つ者も現れたり、悪魔崇拝者も調子に乗るだろうね」


 悪魔との契約を促しているアナタが、それを言いますか?


 もちろんそんな事態になんて、させるわけにはいきません。

 そして何より、ミシェル様を悪魔に関わらせるなんて、あっていいはずがありません!


「……帰ってください」

「へ?」

「マル?」


 こっちを見る二人。

 私は両手を広げて、ミシェル様を守るように彼の前に立ちます。


「ミシェル様、魔女の戯れ言に耳を貸してはなりません! 白き魔女、ミシェル様はアナタとの取引になんて応じません。どうぞお帰りください!」

「待ってマル。けど、このままじゃマルが……」

「いいんです! 彼女の言ってる事が本当だったとしても、力を返してほしくなんかありません! 私はミシェル様のお世話係。おかしな話を吹き込んで惑わすような人は、近づけさせません!」


 このまま白き魔女の話を聞かせ続けていたら、ミシェル様が間違った選択をしかねません。それだけは、阻止しないと。


 すると白き魔女は、ふうっとため息をつく。


「どうやら本物の大聖女様が、偽者を守る番犬になっちゃったみたいだね。しょうがない、今日のところはもう帰るよ。けどねミシェル君、ボクに用がある時はいつでも呼べば来るから」

「呼びません! もう二度と来ないでください!」

「ふふっ、怖い怖い。噛まれないうちにおいとましよ~っと。それじゃあまたね~♪」


 白き魔女は言いたいことだけ言うと、煙のようにずうっと消えてしまいました。

 さっきまで喋っていた彼女は普通の人間と変わらなかったのに、やっぱり悠久の時を生きる魔女。人間離れした術が使えるようです。


 けど、それよりも今は……。


「ミシェル様、白き魔女の言った事は忘れましょう。私達は何も言われていませんし、何もなかったのです」

「けど、大聖女の力は元々マルの……だったら、返さなきゃ」

「要りません! 返品不可です!」


 力を返してもらって、代わりに私が大聖女になればいいなんて、単純なものではないのです。


 知らなかったとはいえ今まで大聖女として振る舞ってきたのに、それが嘘だと知れたら、ミシェル様がどうなるか。


 人間とは、案外残酷なもの。

 今までずっと騙していたと悪意の捌け口にされたって、おかしくないのです。

 力が弱い、髪が白いという理由で虐げられてきた私には、それがよく分かります。

 そんな事になるのなら、私は力なんて欲しくない。大聖女になんて、なりたくありません。


 私は消沈しているミシェル様の手を、両手でそっと握る。


「ミシェル様は大聖女で、私はお世話係。それでいいじゃないですか。どうかこれからも、側に置いてください」


 私から手を取るなんて、普段なら絶対にできない行為。

 だけど震える手を強く握りながら、思いの丈を伝えていく。


 けれどそれでも。

 結局ミシェル様は最後まで、首を縦に振ってはくれませんでした。



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