第47話 それぞれの身の上話

 白き魔女から、大聖女の真実を聞かされてから7日……いいえ、そもそもあれが真実だなんて、私はまだ認めていませんから。

 全部大嘘だって可能性も、十分にあり得るんですからね!


 とにかくあれから7日が経つわけですけど、私達はあの時の事を、ハンス様にもアレックス様にも、ダイアン様にも話していませんでした。


 ミシェル様が今まで通り大聖女をやっていく事に変わりはないのです。余計なことを言って混乱させるよりは、何も話さないでおいた方がいい。

 と言うわけで、表面上は今までと何も変わらない毎日を送っていたわけなのですけど……。


「マルティア殿、最近ミシェル殿と何かありましたか?」


 ミシェル様がハンス様と共に教会の会議に出ている最中、別室で待機していた私に、アレックス様が聞いてきました。


「な、何かあったって、どうしてそんな事を聞くのですか!?」

「少し気になってる事がありまして。ここ数日、やけにアナタとミシェル殿との距離が近いと言うか、必要以上に一緒にいる事が多いように思えたのですが」


 うっ、それは確かに、間違っていないかもしれません。

 7日前、白き魔女が私達を訪ねてきてからというもの、私はこれまで以上にミシェル様の側をくっついて離れないようにしていたのです。


 だってもしもまた白き魔女がやってきて、ミシェル様を惑わせるようなことを言ったら大変じゃないですか。

 ミシェル様は大分動揺していましたから、何かあったら私がお守りしないと。


「こ、この前の式典で、悪魔崇拝者の襲撃があったじゃないですか。もしまた同じようなことがあったらと思うと不安で」

「なるほど。けどマルティア殿がそこまで気にする必要はありませんよ。あれ以来、騎士団の方でも警備は強化しているからね」

「はい、それは十分よく分かっています。ですがその、念のため……」

「それは分かるのだが、気を張り詰めすぎと言うか……。例えば先日のように、ミシェル殿の寝所に枕を持ち込んで寝泊まりしようとするのは、さすがにいきすぎなのでは?」


 ううっ、そこに触れますか。

 そうなのです。もしも私が呑気に寝ている間に白き魔女がミシェル様に接触してきたらと思うと、心配でつい。


 これにはハンス様は目を丸くして、ミシェル様は頭を抱えて、結局は無しになってしまいましたけど。

 遠征に行った時も同室で寝泊まりしていましたけど、あの時とは事情が違うって、怒られてしまいました。


「あまりこう言うことは言いたくないですし、君達に限って大丈夫だと思いますが、アナタは女性で、ミシェル様は……。ですから、あまり困らせるような事はしない方がいいかと」

「す、すみません」


 アレックス様からの珍しい注意に、慌てて頭を下げる。


 ミシェル様の部屋で寝泊まりする以外にも、入浴中もどうにかして側にいられないか本人に相談したことがあるのですけど、その時は「頼むから勘弁してくれ」と懇願されてしまいました。

 四六時中お守りするって、難しいです。


「責任感が強いのは、悪いことじゃないよ。けど君の役目は、ミシェル殿を守ることじゃなくてお世話をすることだ。もっと肩の力を抜いていいんだよ」

「はい……すみません……」


 とは言ったものの、白き魔女の事を考えると、とても安心できません。


 ただ7日経っても未だ何も起きてないのを見ると、行きすぎてると言われる私の行為も、少しは効果があるのかもしれません。

 本当にこのまま何もなければ、それが一番良いのですけど。


 そうしているうちに夜になって、夕飯を済ませた後、私はミシェル様のお部屋を訪れていました。

 最近は寝る直前まで、私はいつもミシェル様のお部屋にいるのです。


 女装を解いて男性の姿で、夜着を纏っているミシェル様。本来男性のこのような姿は見るべきではないのでしょうけど、もうすっかり慣れてしまっています。


 そして白き魔女を警戒すると言っても、姿を現さない限りはできることなんてないので、この時間は他愛もない世間話や身の上話をする事がほとんど。

 今日はミシェル様が、下町で暮らしていた頃のお話をしてもらっています。


「……そんなわけで、下町には身よりの無い子や、親が出稼ぎに行ってて子供だけで暮らしている子がたくさんいたんだけど。皆の姉さんみたいな人が、子供たちをまとめていた。これは前に話したよね」

「はい。私がヒューガの町を訪れた時、呼びに来たあの人ですね」


 穢れ病に掛かったミシェル様を治してほしいとやって来たお姉さんのことは、よーく覚えています。

 考えてみればあの人が呼びに来てくれなかったら、今こうしてミシェル様と一緒にいる事もなかったのですよね。


「姉さんは今では町の食堂で働いているんだけど、下町を離れた後も時々、お店の残り物を子供達に差し入れに来てくれてたんだ。俺が騎士団に入るって言った時も、応援してくれてたよ」

「優しい方だったのですね。そういえばその方は、ミシェル様が大聖女という事は、ご存知なのでしょうか?」

「いや。下町の人達はきっと皆、俺は騎士になってるものと思っているよ。まさか女装して大聖女やってるなんて知ったら腰を抜かすだろうね。もちろん、秘密は絶対に話しちゃいけないって口止めされているけど」


 なるほど。

 けど下町の人達とは、家族同然に育ってきたわけなのに、そんな人達にまで秘密にしなきゃならないなんて、ミシェル様は平気なのでしょうか?


 もしかしたら私が力なんて与えてしまったせいで、ミシェル様の人生を狂わせてしまったのでは……。


「あの、ミシェル様は寂しくないですか? 下町の方々と会えなくて」

「仕方ないよ。あまり会えなくなるってのは、騎士になるって決めた時から分かっていたからね。それでも自分で決めた道なんだから、後悔はしてないさ」


 騎士になると決めた時から……。大聖女になる前から、覚悟はされていたのですね。


「まあこの辺のことは、あまり気にしないで。ハンスさんからも大聖女ブームが落ち着いたら、たまには里帰りしてもいいっては言われているし。もちろん、秘密は厳守だけどね」

「そうなんですね。良かったです。姉弟同然に育った人達ですから、やっぱりたまには会いたいですものね。話を聞いてたら、私も妹に会いたくなってきました」

「へえー、妹さんに……って、マルって妹がいたの?」


 目を丸くするミシェル様を見て、思わず自分の口を塞ぐ。

 いけません。つい言ってしまいましたけど……。


「そ、それが。アティと言う名前の6つ年下の妹がいるのですけど。この事はあまり言わないよう口止めされているのです」

「口止めって、誰から? そもそも何で?」

「ええと、言ってはいけないと言ってるのは、私の両親なのですけど……」


 昔はお姉ちゃんお姉ちゃん言って私の後をついてきてた、とってもとっても可愛い妹なのですが。

 両親は私と妹が仲良くするのを、良く思っていなかったのですよね。


「私が6つの時に産まれた妹は、私とは似ても似つかない黄金色の髪をした1級聖女でした。力の強い聖女を待ち望んでいた両親は妹が産まれたことを大変喜んだのですけど、同時に私に、姉妹である事を言わないよう言ってきたのです。私がいることで、妹に迷惑が掛かるかもしれないからと」

「なんで? どうしてマルがいたら、妹さんに迷惑がかかるのさ?」

「それは……色々あったんです」


 両親が告げた理由は、私が白い髪をしていて、尚且つ2級聖女だから。将来有望な1級聖女の妹に、そんな出来損ないの姉がいることが知られたら、イメージが悪くなる。

 そう言われたのですけど……。


「ま、まあこの事は良いじゃないですか。それに、アティとは仲良かったですよ。笑った顔がすっごく可愛い、自慢の妹です」

「うん、可愛いって分かるよ。なんたってマルの妹なんだもの。俺も一度、会ってみたいな」

「いつか紹介できたら嬉しいです。あの子、私がミシェル様のお世話係をしてるって知ったら、きっと驚くでしょうね」


 残念ながら両親からは、アティに悪影響が出ると言われているので最近は手紙も書けていませんけど。

 もしもミシェル様を紹介できる日が来たら、嬉しいです。

 だけどふとミシェル様の目が、愁いをおびる。


「俺のお世話係か。それよりも、マルが実は大聖女だったって方が喜ばないかな。自慢のお姉さんだって、胸を張れるもの」

「え? ミシェル様、何を言って……」


 今の今まで穏やかに話をしていたのに、突如頭の中で警鐘が鳴りだす。


 するとミシェル様は私の背中に手を回してきて、強く抱き締めてきました。


 いきなりのことに、何が起きているのか理解が追い付きません。

 ミシェル様に抱き締められていることへの羞恥と先程感じた不安の両方が、胸の中で渦を巻いていく。


 そしてミシェル様は、パニックになる私の耳元で囁くように言う。


「マル、今まで不自由な思いをさせてごめんね。だけど、全部返すから……」

「だから何を言って……むぐっ!?」


 聞き返した途端、何かで口を塞がれて、同時にツンとした匂いが鼻をついた。

 これは、何かの薬の匂い?

 薬品を染み込ませた布を、口に当てられている。そう気づいたと同時に、私の意識はスーっと遠くなっていく。


 ──っ、ダメ。

 ミシェル様が何を考えているのかは分からないけど、このまま眠ってしまうわけにはいきません。

 けどそうとわかっているのに、意識を保つことができずに、眠りへと落ちていく。


「ミシェル……様……」

「ゴメンね、マル……」


 薄れる意識の中、最後に聞いたのは謝罪の言葉。

 そして最後に見たのはミシェル様の、泣きそうな顔でした。



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