第48話 ミシェルの決断【ミシェルside】
【ミシェルside】
マルをベッドに寝かせた後、俺はこっそりと部屋を抜け出した。
頭にはウィッグをつけて、女物の服を着た、女装スタイル。いつもみたいにメイクをしたり体型をカバーするテコ入れまではしなかったけど、元の格好じゃ誰かに見つかった時不信がられるからな。
外に出るなら多少手抜きでも、大聖女ミシェルとしての格好をしといた方が良い。
まあこんな時間に出歩いている奴がいるかは分からないけど、念のためな。
時間はもう真夜中。
教会の廊下は真っ暗で、窓からさしこむ月明かりを頼りに、俺は進んでいく。
そうして建物から外に出て、たどり着いた先は中庭。この時間なら、誰もやって来ないだろう。
俺は念のため辺りに人がいないか確認した後、夜の闇に向かって言った。
「近くにいるんだろう、白き魔女。お前に話がある」
もしも事情を知らない第三者が見ていたら、大きな独り言を言っている変な奴と思うだろう。
だけど俺は、アイツならいると確信していた。
すると突如一陣の風が吹き、地面に落ちていた木の葉が舞う。
そして風が収まった時、中庭の中央にソイツはいた。
「やあ、君ならきっと来てくれるって思ってたよ、ミシェル君」
ニコニコと笑みを浮かべる白い髪の女の子、白き魔女。
その笑顔は無邪気で可愛らしく、マルと同じ髪の色ということもあって、もしもコイツが魔女じゃなかったら、好感を持っていたかもしれない。
だけど俺は敵意と警戒心に満ちた目で、奴を睨み付ける。
「ちょっとー、そんな怖い顔しないでよー。ボクを呼んだのはミシェル君じゃない。だいたい、夜中にこんな美少女と会ってるんだから、もうちょっと楽しそうな顔しなよ」
「生憎俺はマル一筋だ。つーか無駄話はいいから、さっさと本題に入るぞ。俺の中にある大聖女の力を、マルに返してやってくれ。お前ならできるんだろ?」
そう、俺はこれを頼むために、こうしてコイツを呼び出したんだ。
元々マルの力なら、マルの意思で元に戻せないかって思ったけど、生憎コントロールできねーみてーだ。
すると白き魔女は俺を見ながらニタニタと、意地悪そうな笑みを浮かべる。
「正確には君の願いを叶えるのは、ボクじゃなくて悪魔だよ。ボクは仲介役だからね」
「どっちでも良い。さっさとその悪魔を呼んでくれ」
「へぇ~、いいの? 仮にも……本当に仮にもだけど、今まで大聖女として振る舞ってきた君が、悪魔と契約しようとしてるんだよ。これがどういう事か、本当にわかってる?」
わかってる……つもりだ。
教会において悪魔は、弱みにつけ込んで多くの人を不幸にする、最も悪しき存在とされている。
そんな悪魔と契約すると言うことは、言わば教会への裏切り行為。だけど……。
「俺に何かあっても、本物の大聖女が……マルがいるなら何とかなるだろう」
「ふーん。信頼しているのか丸投げしてるのか分からないけど、まあ良いや。でもね、さすがにタダで願いを叶えてもらえるほど、甘くはないよ。何せ君の願いは君だけでなくマルティアちゃんの、そして世界の運命が大きく変わるかもしれない巨大な願いなんだから。それなりの代償は、支払ってもらうよ」
……やっぱりそうきたか。
何せ相手は魔女や悪魔なんだ。慈善事業でやってるはずがないって、わかってはいたさ。
「何だよ、その代償ってのは。命でも差し出せってのか?」
「近い。けどちょっと違う。欲しいのは命じゃなくて、君の魂だよ。そもそも君の持っている大聖女の力をマルティアちゃんに返すには、魂をいじるのが絶対条件なんだ。そもそも君は、聖女の力がどこに宿っているか知ってるかな?」
「たしか魂に宿る、だったか?」
教会入りした直後、大聖女としての教養を得る必要があるってハンスさんから言われて、山ほど読んだ聖書や教本の中に書いてあったはず。
けど魂に宿るってことは……そういうことか。
「気づいたみたいだね。マルティアちゃんから与えられた大聖女の力は、今君の魂の中に宿っているんだけど、悪魔の力でそれを分離させるんだ。そしたら引き剥がされた力は自動的に、本来の持ち主であるマルティアちゃんの元に帰るはずだよ」
「本当に大丈夫だろうな? その分離とやらに失敗して、マルに力が戻らないなんてなったら、殺すぞ」
「その点は任せて。うちの悪魔、魂の扱いに関しては玄人だから。それよりも、力が分離した後君の魂がどうなるかを、しっかり聞いておいた方が良いんじゃない?」
「……どうなるんだよ?」
「悪魔にパクっと、魂を食べられちゃうんだよ。けど何も、死ぬわけじゃない。君の体は穢れに犯されて、寝たきりになるんだ。そして君の精神、心は悪魔のお腹の中で生きる。悠久の時を、苦しみながら生き続けるんだ」
そこから白き魔女は、魂が抜けた後の俺の体がどうなるか、説明をしていく。
他の悪魔との契約者もそうだけど、悪魔の加護とやらがあるおかげで、穢れによって肉体が死ぬことはない。
ただ俺の場合、他の契約者と違って魂を丸ごと差し出すのだから、死んだも同然なんだろうけど。
「大聖女様がそんなことになったら、皆ショックだろうねえ。ボクが言うのもなんだけどさ、君のやろうとしている事のせいでたくさんの人が不幸になるかもしれなくて、ミシェル君は悪魔に食べられちゃう。こんな契約、ハッキリ言って損ばかりだよ。それでもやるの?」
……確かに。今の話を聞いていると、冗談じゃないって思えてくる。
悪魔に食われて腹の中で永遠の時を過ごすのなんて御免だし、ハンスさんやアレックスさん、聖女としてのレッスンをしてくれたアリーシャさんなど、世話になった人達全員を裏切る事にもなる。
こんなことやるべきじゃない。マイナスの方が多すぎる。そう、分かっているけど……。
(マル……)
頭に浮かぶのは優しく微笑む、最愛の女の子の姿。
どうしてあの時、俺はマルの力を奪ってしまったんだろう? そのおかげで再び会えることができたけど、そのせいでマルはどうなった?
同僚の聖女からは虐げられ、大聖女になれば家族も認めてくれただろうに、それを台無しにしてしまった。
今さら力を返したところで、罪滅ぼしにはならないかもしれない。けどそれでも……。
「……やってくれ」
それでも俺には、こうする以外の選択肢なんて無かった。
これが正しくないって分かっているし、マルだって喜ばないって分かっているけど、それでも。
すると白き魔女は口角を上げて、ニィッと笑みを浮かべる。
「あははっ、いいねえ。自らが犠牲になっても構わない。大聖女がいなくなって、世界が混乱の渦に巻き込まれるかもしれない。だけどそんな犠牲を払っても、叶えたいっていう強い欲望。……ソノ欲望、頂クヨ!」
……こうして、悪魔との契約は果たされた。
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