第54話 大好きな人のため
「マ~ルティ~アちゃ~ん! おーい、マルティアちゃんってば~」
ん、んん~。
何だか、長い間眠っていたような気がします。
頭がボーッとする中身体を起こしてみると、そこは教会の宿舎にある、私の部屋のベッドの上。
いつの間にか、ここで寝かされていたみたいですけど。そんなベッドのすぐ隣にいたのは。
「あ、目覚ましてくれた?」
「──っ!? 白き魔女!?」
私と同じ白い髪をした彼女を見て、一気に目が覚める。
そうだ、私は白き魔女の誘いに乗って強欲の悪魔に会いに行って、強欲の悪魔のお腹の中でミシェル様と再会して浄化を行って、それから……。
「どうして私は部屋に? 強欲の悪魔は? ミシェル様はどうなったのですか!?」
「まあまあ落ち着いて。ここにはボクが運んであげたんだよ。それにしても驚いたなあ。まさか強欲の悪魔をやっつけちゃうなんて。マルティアちゃんやる~」
「やっつけたって、私がですか?」
強欲の悪魔の、お腹の中での出来事を思い出す。
大聖女の力を使って、浄化を試みましたけど、上手くいったということでしょうか?
けどどうやって?
強欲の悪魔の話では私が必死になればなるほど、その際に生まれる欲望を吸い取った彼は強くなるはず。
普通に考えたら、絶対に勝てるはずの無のに。
「どうして勝てたのか、分からないって顔してるね。早い話、強欲の悪魔は食あたりを起こしたんだよ。君から溢れ出す欲望が大きすぎて、とても彼のお腹の中には収まらなかったんだ」
「欲望が大きすぎて? 私って、そんなに強い欲望を抱いていたんですか?」
「そうだよ~。いくら強欲の悪魔と言っても、吸収できる欲望の大きさには上限があったみたいなんだ。ボクも初めて知って、驚いたけどね」
白き魔女は笑いながら、話を続ける。
「強欲の悪魔は、多大な犠牲を払ってでも願いを叶えたいっていう強い欲望が食べれると思ってワクワクしてた。なのにマルティアちゃんの欲は、そんなもんじゃなかったんだよ。何一つ犠牲にせずに願いを叶えたいなんて、そんな欲張りなかなかいないよ。人はどうしてもどこかで妥協したり、犠牲を払ってでも何とかしたいって気持ちが、少なからずあるものなんだもの」
白き魔女の言うことは、分かるかも。
けど私には、それがなかった。何も代償を支払わずに、願いだけは叶えたい。我ながらとんでもなく欲張りな事を望んだのです。
多くを犠牲にしてでも願いを叶えたいという欲望と、何も犠牲にせずに願いも叶えたいという欲望。
どっちが強いかなんて、比べるまでもありませんね。
「本来強い欲望は強欲の悪魔に力を与えるはずなのに、想定を遥かに上回る欲を持ってたもんだから、強欲の悪魔は与えられた力に耐えきれなくなったんだ。だから泣く泣く、君やミシェル君を吐き出さざるを得なかったんだよ。あのままお腹の中で暴れてちゃ、ヤバかったからね。下手すりゃ数百年、動けなくなってたかも。まさに史上最大の食あたりだね」
仲間がやられたと言うのに、ちっとも悔しそうな様子なく語る白き魔女。
何だか自分がものすごーく美味しくないって言われている気がして複雑ですけど、おかげで戻ってこれたのですよね。
けど待ってください。その言い方だと……。
「まさか強欲の悪魔は、まだ生きているのですか?」
「そりゃあね。アイツをやっつけるなんて、不可能なんだよ。弱らせることはできても、やっぱり消し去るなんてできない。人の心に欲望が有る限り、何度でも甦る。悪魔ってのはそういうものだよ」
白き魔女は笑顔で、だけど目だけは笑っていなくて、それがとても不気味に思える。
「けど、とりあえず今は安心していいよ。勝負は君達の勝ちだ。これ以上はボクも彼も、手出ししないから。……今回は、だけどね」
「見逃してくれるということでしょうか? けどどうして? 私は、アナタ達を欺いたのですよ」
まさか親切心で見逃してくれるわけでもないでしょうに。
「確かに、力づくで君に復讐するのは簡単だ。けどそれじゃあ、面白くないじゃない。こんな欲深い大聖女様なんて最高のオモチャ、下手に扱って壊すなんてもったいなさ過ぎるもの。いつかまた面白いゲームを考えるから、その時はまた、一緒に遊ぼう」
「絶対に嫌です!」
間髪入れずに答える。
やっぱり、親切心なんかじゃありません。きっと彼女にとっては世界の混乱も誰かの不幸も、みんな遊びなのでしょう。
白き魔女も元は人間で、迫害を受けたせいで心が歪んでしまったみたいですけど、だからといってこんな事をして許されるはずありませんし、付き合う気だってありません。
けどどうやら、私は白き魔女に気に入られてしまったみたいで。これからの事を思うと、不安になる。
「あ、そうそう。一つ言い忘れてた。ミシェル君の魂も、無事に体に戻ってるよ」
「本当ですか!?」
「うん。ただ彼の体は、強欲の悪魔と契約したせいで穢れに犯されてるから、今頃苦しんでるんじゃないかなあ? 悪魔の加護は消えちゃってるだろうし」
「──っ! それを早く言ってください!」
強欲の悪魔を退けても、ミシェル様の体に宿った穢れは、まだ残ってると言うことですか!
私は叫ぶと、大慌てで部屋を出る。
戻ってこれたと思って安心していたけど、ミシェル様がそんな目に遭っているなんて……。
「言っとくけど、他の悪魔契約者と違ってミシェル君は浄化しても平気だからー。彼の魂はマルティアちゃんとの交渉に使わなきゃいけなかったから、傷一つつけてなかったんだ。だから穢れさえ浄化したら、完全に元に戻る。何の問題もないよー」
背中越しに、白き魔女の声が聞こえてくる。
そんな事を教えてくれるなんて、意外と親切……いえ、もしかしたらミシェル様のこともオモチャにしたいから、死なせないというだけなのかもしれませんね。
でも、分かったのはありがたいです。
私は大急ぎで、教会の廊下を駆けていった。
「……バイバイ、マルティアちゃん。いつかまた会う日まで♡」
◇◆◇◆
さっきまでは気づきませんでしたけど、廊下の窓から見える外の景色は真っ暗。どうやら今は夜みたいです。
そして人気の無い教会の廊下を走って辿り着いた、ミシェル様の部屋の前。私はその扉を、勢いよく開きました。
「ミシェル様!」
部屋に飛び込むと、六つの目が一斉にこっちを向く。
中にいたのは、ダイアン様とハンス様と、アレックス様。そして私を見るなり、ダイアン様が慌てたように駆け寄ってくる。
「マルティアちゃん!? どこ行ってたの、白き魔女に連れていかれて、丸1日行方が分からなかったから心配したんだよ!」
丸1日!?
どうやら私は思ったより長い時間、悪魔のお腹の中にいたみたいです。
するとさらに。
「マルティア……様、ご無事ですか? お怪我は!?」
「白き魔女について行ったって聞いたけど、なんて無茶をするんだ。まさか、悪魔と契約なんてしてませんよね?」
ハンス様やアレックス様も、矢継ぎ早に聞いてきますけど……後にしてください! それよりもミシェル様です!
すると奥にあるベッドの上に、仰向けで寝ているミシェル様を見つける。
けど離れていても分かるくらい、その体は濃い穢れに犯されていて。ミシェル様は眠ったまま、苦痛に顔を歪めている。
「皆さん、説明は後でしますし、お叱りもちゃんと受けます。ですが今は、ミシェル様を治させてください!」
「……そうだね。ミシェルのやつ、少し前までピクリとも動かなかったのに、急に苦しみだしたんだ」
「それはきっと、解放された魂が帰ってきたのです。でも悪魔の加護がなくなっていますから、地獄の苦しみを受けているはず。ですが他の悪魔契約者と違って、浄化しても大丈夫だそうです」
先ほど白き魔女から聞いた説明を伝えながら、ベッドのすぐ横までやってくる。
悪魔のお腹の中にいた時はウィッグを付けて女装していましたけど、今はそれらの無い素の状態のミシェル様。
だけど顔を覗き込んでも反応はなく、息が荒くなっていてとても苦しそうです。
魂は戻っているみたいですけど、これではいつまでもつか。
私はそんなミシェル様の胸に、両手を添える。
「ミシェル様、今お助けします!」
手のひらから、浄化の光が放たれる。
だけどその瞬間、全身に激しい痛みが走って、一瞬よろめいた。
何これ、キツい──
よく考えたらさっき強欲の悪魔に捕らわれていた時も、浄化の力を使ったのです。連続で使用して魂を酷使するのだから、その負担は相当なもの。
だけど、それでも今は……。
「マルティア殿、顔色が……休まれないと、アナタまで倒れてしまいますよ!」
「そうだよ。浄化ならアタシがやるよ」
アレックス様とダイアン様が言いますけど、ごめんなさい。ミシェル様だけは、私がこの手で治したいんです。
するとミシェル様の唇が、微かに動いた。
「マ……ル……」
──ミシェル様!
感じる痛みを振り払って、尚も浄化の光を放ち続ける。
ミシェル様だけは、私がこの手で助けたいのです。
だって彼は私の運命を変えてくれた、大好きな人だから。
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