エピローグ
最終話 私達はこれからも
今日は月に一度の集会の日。
教会の礼拝堂に集まったたくさんの聖女達の前に立ったのは、黄金色の髪をした美しい女性……に変装をしているミシェル様。
彼は集まった聖女達に向けて言う。
「先日この教会内で古の魔女が現れ、聖女をたぶらかすと言う事件が起きた事は、皆さんご存知かと思います。あんな風になりたい、こんな願いを叶えたいと言う気持ちは誰にでもあって、それは決して悪いものではありません。だけど忘れないでください。私達の選択で誰かが傷つき、苦しむ事もあるということを。大切な人を悲しませないためにも、どうか魔女や悪魔の誘惑に負けないでください」
言い終わって、ペコリと頭を下げるミシェル様に拍手が起きる。
私は離れた場所から、その様子を見ていましたけど……。
「誘惑に負けないで、ねえ。どの口が言うかーってツッコミたくなるね」
笑いをこらえるようにそう言ったのは、すぐ隣にいたダイアン様。
私は彼女やハンス様と一緒に、ミシェル様のスピーチを聞いていたのですけど……。
「ダ、ダイアン様。その話は」
「いいじゃん、どうせ誰も聞いてないって。それにきっと本人だって心の中では、『俺はなに言ってんだろ?』って思ってるよ」
「そ、それはそうかもしれませんけど~」
実際にさっき別室でスピーチのリハーサルをしていた時、ミシェル様は「俺はなに言ってんだろ?」って一字一句違わない事を仰っていましたし。
するとそんなコソコソ話している私達を見ながら、ハンス様がゴホンと咳払いをする。
「ダイアン様、スピーチ中はお静かに。マルティア……様も」
「は、はい。すみません」
慌てて謝って身を縮める。
あの事件の後、悪魔と契約をした私達はこっ酷く怒られてしまいました。
結果的に白き魔女と強欲の悪魔の思惑を阻止できましたけど、たくさんの人に迷惑をかけてしまったことにかわりありません。
その分の償いは、これから時間をかけてしていかないと。
そんなことを考えていると、スピーチを終えたミシェル様がこっちにやってきて、礼拝堂にいる聖女達の視線が集まる。
「ああ、さすが大聖女様。今日もお美しい」
「本当……けど、何であんなのがお世話なのかしら?」
冷たい言葉と視線に、思わず身を縮める。
だけどやってきたミシェル様が、そんな私にニコッと笑いかけてくれました。
「雑音なんて気にしないで。マルは俺にとって、最高の女の子だから」
……ああ、ミシェル様。
一時は濃い穢れに犯されて危険な状態だった彼ですけど、私の使った大聖女の浄化の力で、今はすっかり元通り。
私はこれからも、心ない事を言われ続けるかもしれません。
だけどそれでもミシェル様のお世話係であり続けたい。それが私の、願いなのです。
◇◆◇◆
「……なあ、やっぱりマルが俺のお世話係やってるって、おかしくないか?」
集会があった日の夜、ミシェル様のお部屋へと戻ってきた私達。
ミシェル様はウィッグを取って化粧も落として、見た目は男の子に戻っているけど服装はドレスというアンバランスな格好。
もうすっかり見慣れた姿なのですが、それよりも衝撃的なのはさっきの発言。
お、お世話をやるのがおかしいって、つまり……。
「あ、あの、ミシェル様。それは私なんかじゃお世話係はつとまらない。か、解雇と言うことでしょうか?」
「どうしてそうなるの!? おかしいのは、本物の大聖女はマルなのに未だに俺がその座にいて、マルがそのお世話係やってるって事だよ!!」
ああ、そういうことでしたか。
確かにこの前の白き魔女や強欲の悪魔の一件で、実は私が大聖女だと言うことが明らかになったわけですけど……。
「仕方がないですよ。今まで大聖女だと言われていたミシェル様が実は違っていたってなったら、余計な混乱を招きますもの。しばらくは今のままでやるしかないって、話し合って決まったじゃないですか」
「それは分かってるけど……」
「そもそも今、大聖女の力を使えるのはミシェル様の方なのですから」
「そこが問題なんだよなー。まさかまた、俺に力が移っちゃうとはね」
ミシェル様はため息をつきながら、自分の右手の甲を見る。そこには大聖女の証である七色の華の紋章が、しっかりと刻まれていました。
対して私の紋章。今は服に隠れていますけど、鎖骨の所にある紋章は、2級聖女のそれ。
そうなのです。強欲の悪魔から解放された後、私は穢れに犯されたミシェル様の浄化を行ったのですが……その際どういうわけかまた、力がミシェル様に移ってしまったのですよね。
これには私もミシェル様も、事情を知ってる全ての人達皆が困惑。
ハンス様が言うには、大聖女の力が長い間ミシェル様の中にあったから、移りやすくなっているのかもしれないとの事です。
あんな騒動を経ても、結局はまた元通り。
そして2級聖女の紋章しか持たない私が大聖女を名乗っても、きっと皆納得しません。
というわけで、ミシェル様は今まで通り大聖女として振る舞い続け、私はお世話係をやっているのです。
もっとも公表こそできないものの、私も本物の大聖女ということで、教会から監視を受けています。
まあ大聖女と言っても、今は2級聖女並みの力しか残ってないのですけどね。
するとミシェル様は、そんな私をジッと見つめながら言います。
「俺はやっぱり少し、後ろめたいかも。実際俺は偽物の聖女で、本来崇められるべきはマルなのに」
「まだそんな事を仰るのですか? 力の出所はどうあれ、今人々に希望を与えているのは、間違いなくミシェル様なのですから。胸を張ってください。それとも……ミシェル様は私に力を返して、縁を切りたいのでしょうか?」
言ってて胸の奥が、ズキリと痛む。
ミシェル様にしてみれば、欲しくもない大聖女の力を与えられて、迷惑しているのかも……。
「そんなわけないだろ! 力を盗っちゃってるのはやっぱり気になるけどさ、マルと一緒にいられるのは、素直に嬉しいんだ」
「ふえっ? あ、ありがとうございます。……私も、ワガママかもしれませんけど、ミシェル様と一緒にいられて嬉しいです……」
不意打ちの言葉にカーッと頭が熱くなって、つい恥ずかしい返事をしてしまう。
「あんな事があったのに、またミシェル様を巻き込んでしまって心苦しいですけど。……ごめんなさい、私、欲張りになってしまったみたいです」
「そういえば、強欲の悪魔も言ってたね。まさか無欲に見えたマルが、一皮向けば誰よりも欲張りだったのには驚いたけど、べつにいいじゃん。おかげで、誰も犠牲にならずにすんだんだから。それに──」
不意に言葉を切ると、何を思ったのか。ミシェル様は私の背中に手を回してきて……ギュッと抱きしめてきたのです。
「欲張りなのは、俺も同じ。いつだってマルに触って、独り占めしたくなる」
「ふえっ!? な、何を言っておられるのですか。は、放してくださーい!」
「むぅ、マルってまた俺のこと、苦手になってない? 悪魔の腹の中で手を握った時は、平気そうにしてたのに」
ミシェル様は不満そうに頬を膨らませましたけど、あの時とは状況が違いますし、手を握ると抱き締めるも全然違いますから!
そ、それにですよ。
前はミシェル様が男性だから苦手だとか、戦ってる姿を見て怖いと感じてしまったとか思っていましたけど、どうやらそれは違うみたいです。
契約をする前に、強欲の悪魔が言っていました。愛する男か世界か選べ、と。
その時は深く考える余裕がありませんでしたけど、つまり私は、その……ミシェル様のことが……。
「後ろめたさはあるし、今のこの状況が良いとも思わない。だけどもう絶対に、マルを手放したくない。マルはどうなの? 俺と同じ気持ち?」
「わ、私は……」
抱き締められて、甘い言葉を告げられて、ドキドキでいっぱいで声が出てこない。
まるで頭の中で、熱された鉄球が飛び跳ねているよう。心臓は破裂しそうなくらい、強い鼓動を刻んでいます。
「ねえ、マルの聖女の華紋、見せてよ」
「えっ?」
聖女の華紋って。でもあれがあるのは……。
しかしミシェル様は私の返事を待たずに服の襟元に指をかけると、おもむろにズラしてくる。
ま、ままま、待ってください!
だけど焦っているうちに、あっという間に右鎖骨の下。紋章が露になる。
幸いその更に下までは晒されずにすみましたけど、それでも男性であるミシェル様に肌を見せているのです。羞恥で頭がおかしくなりそう。
しかし更に……。
「キスしていい?」
──っ! 今日のミシェル様は大胆。全く歯止めが効きません!
私は言葉の意味を理解するのがやっとで、返事もできずに口をパクパクさせていると、ミシェル様のお顔が近づいてくる。
決して嫌じゃないけど、羞恥でおかしくなってしまいそう。
でも、覚悟を決めないといけないのでしょうか?
ドキドキで頭がいっぱいになる中、ついに紋章にミシェル様の唇が触れ……
バン!
……触れる直前、部屋のドアが勢いよく開きました。
な、何事ですか!?
私もミシェル様も驚いてドアを見ると、そこにいたのは金色の髪をしていてスカートをはいた小柄な女の子。
って、待ってください。あの子は──
「マ……マルティアお姉様ー!」
「アティ!? アナタ、どうしてここに?」
現れたのは私の6つ下の妹、アティだったのです。
慌ててミシェル様から離れると、突進してきたアティをぎゅ〜っと抱き締める。
ああ、この抱き心地。最後に抱き締めたのはもう何年も前だけど、アティに間違いありません。
うふふ~、会ってそうそう抱きついてくるなんて、アティってば相変わらず甘えん坊なんだから~♡
背がちょっと伸びているけど、キュートな顔は昔のまま。世界一かわいい妹です。
だけど本当にどうして、こんな所にいるのでしょう?
「お姉様~、会いたかった~!」
「お、落ち着いてアティ。アナタ、どうしてここに? もしかして、教会入りしたの?」
「ううん、お父さんとお母さんが許せなくて、家出してきたの! だってお姉様を家から追い出したばかりか、私を40過ぎの貴族のロリコンオヤジと結婚させようとしてきたんだよ!」
「まあ、なんてことを!?」
アティは今11歳ですから、30歳も歳が離れているじゃないですか!
だいたいアティはまだ幼女なのにそんな歳の差婚なんて、お父さんもお母さんもその貴族の方も、正気の沙汰じゃありませんよ!
「安心してアティ! アナタは絶対に、私が守るから、」
アティを更にぎゅっと抱き締める。
うちの両親はアティを政略結婚させるため、厳しい教育を強いてきましたけど、本人が望まない結婚なんてさせられません。
この子は必ず、私が守らないと……。
「それにしても、よくここが分かったわね?」
「教会の人に聞いたら、お姉様があの大聖女様のお世話係になったって話してくれて。さすがお姉様! だけど……」
アティは何を思ったのか、私からバッと離れる。
残念、もう少しぎゅっとしたかったのに。
そしてどういうわけか、ポカンとしているミシェル様をギロッと睨みます。
「てっきり大聖女様とお茶でもしてるかと思ったら、何なのこの変態女装男は! お姉様のどこにキスをしようとしていたこの変態! ド変態!」
ちょっとこの子ってば、ミシェル様になんてことを!?
って、よく考えたら私ってば、服がはだけたままでしたー!
「ア、アティ違うの。こ、これは……」
慌てて着崩れを直しましたけど、恥ずかしさで言葉が出てこない。
そしてよくよく考えたらミシェル様は現在、化粧を落としてウィッグも外して、服だけはドレスという有り様。
あれ? ひょっとしてアティ、ミシェル様が大聖女様だって、分かってないのかも?
普通は大聖女様が男性だなんて、思いませんものね。
するとミシェル様が、慌てたように言う。
「えーと、君はマルの妹さんだよね。誤解だよ、信じられないかもしれないけど、俺は……」
「黙れお姉様を手を出そうとする変態ー! これでも喰らえー!」
「ぐわっ!?」
ああ、アティの回し蹴りが、ミシェル様の頭を直撃しました。
あわわ、スカート姿でなんてことをーっ! それにミシェル様、大丈夫ですかーっ!?
突如現れた妹、アティによってもうひっちゃかめっちゃか。
世界の運命を左右しかねない、悪魔や魔女の企てを阻止してきましたけど……。
これから先も波乱の日々が待っていることを、私達はまだ知らない。
おしまい♪
私が大聖女♂様のお世話係!? ~虐げられていた下級聖女のはずなのに、何故か溺愛されています~ 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi
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