第6話 私がお世話係ですかー!?

「とにかく私は大丈夫ですから。地下牢だろうと断頭台だろうと、どこに送られても構いません!」

「俺が構うって。で、ハンスさんはどう考えてるの。この子に処分を与える? 与えない?」

「だ、大聖女様の慈悲の心を、無下にするわけにはいきません。重い処分は無しの方向で。しかし、さすがにこのまま帰すわけには。せめて誰か監視をつけないと」

「しかしハンス殿。そもそもミシェル殿の秘密を知っているのは、この教会本部でも数えるほど。事情も知らない者に監視をさせるのもどうかと」

「うむ、確かに……」


 難しそうな顔をして考えるハンス様。

 うう、面倒なことになってしまって、本当にすみません。

 すると、ミシェル様が思い付いたように声を上げた。


「そうだ、それならいい方法がある。マルティアを俺の、お世話係にするってのはどうだ?」

「お世話係でありますか?」

「ああ。事情を知らない奴らが、いつになったらお世話係を決めるのかって、うるさく言ってるだろ。マルティアをお世話係にしたら、監視もできるんじゃないか」

「うーん、それは……」


 ハンス様は考えているけど、お世話係って、私がですか!?

 今朝礼拝堂でシャーロットさん達も話していましたけど、大聖女であるミシェル様のお世話係になるのは名誉なこと。

 だけど私なんかが、お世話係だなんて。


「待ってください。私にお世話係なんて、きっと勤まりません」

「え、マルティアは俺のお世話係になるの、嫌?」

「い、嫌と言うか難しいと言うか……そんな捨てられた子犬みたいな目で見ないでくださいー!」


 悲しそうな顔をされると、罪悪感でいっぱいになる。


「わ、私がミシェル様のお世話係なんて、恐れ多いですよ~」

「ふふ、困っちゃって可愛い。私はマルティアちゃんに、お世話されたいんだけどなあ♡」


 ミシェル様は女性っぽい口調に戻ってイタズラっぽく笑う。

 茶目っ気のあるその笑顔が、可愛すぎます。

 ドキドキしすぎて、心臓が壊れそう。


「ふふ、ちょっとからかいすぎたかな。けど真面目な話、マルティアがお世話係になってくれたらこっちとしても都合がいいんだ。だってお世話係って、四六時中俺の側にいるんだろ。そうなると、俺が男だって気づく可能性が出てくるわけだけど、元々正体を知ってるマルティアなら問題ないじゃないか」

「それは……そうかもしれませんけど」


 するとこの提案に、アレックス様が賛成してくる。


「ハンス殿、私は案外良い手だと思いますよ。何よりお世話係が決まっていないせいで、厄介な問題がありますから」

「確かに。あれも早急に何とかしなければならない案件だったな」


 二人は頷き合っているけど、例の問題って?


「お世話係が決まってない事で、何かあったのですか?」

「うむ。マルティア殿、君はお世話係が、何をするかは知っているね。部屋の掃除やスケジュールの管理、着替え等の手伝いだが、問題はこの着替えの手伝いにある。ミシェル殿のために用意される衣装の中には、一人で着るには困難なものも多いのだが、お世話係がいない今、私やハンス殿が着替えを手伝っているのだよ」


 着替えのお手伝いですか。

 本来は司教様や騎士様の仕事ではないけれど、秘密を守るためには仕方がないのかも。


「しかしその事に対して、とんでもない噂を囁いている者がいてね。ミシェル様の着替えの場に我々がいるのは、いやらしいって言っているんだ」

「ええーっ!?」


 そんな、男性同士なら問題はないのに。

 ミシェル様が男性である以上、むしろ女性が着替えを手伝う方が問題ですよね。


 けど事情を知らない人からすれば、確かにお二人がミシェル様の着替えを手伝うのはおかしいって思うでしょう。


「ああ、どうしてこんなアホな事で悩まねばいけないのか。あらぬ噂が立って妻から離縁を突き付けられたらと思うと、胃が痛くなってくる」

「ハンス殿、彼女がお世話係になるのは、やはり我々にとっても都合が良いですよ」

「うむ……。マルティア・ブールよ、これよりそなたを大聖女ミシェル様の、お世話係に任命する。しっかり励まれよ」


 なんと、本当にお世話係になってしまいました!

 良いんですか、こんなノリで決めてしまって!


 ミシェル様は何故か嬉しそうに「やった」って言っていますけど、私にお世話係なんて勤まるかどうか。

 けどこの様子だと、拒否権はないのですよね。それにハンス様やアレックス様を見ると、本気で困ってるみたいですし。お役に立てるのなら……。


「か、かしこまりました。マルティア・ブール、誠心誠意頑張らせていただきますー!」


 勢いよく返事をしましたけど……これでもう、後戻りはできないのですよね。

 成り行きでお世話係になってしまいましたけど、はたして本当に大丈夫でしょうか?


 するとここで、ミシェル様が言ってくる。


「そういえばさ。お世話係になったんなら、君ともっとよく話をしたいんだけど、良いかな?」

「わ、私とお話しですか? もちろん構いませんけど」


 確かにこれから一緒にいる時間が長くなるのなら、お互いの事を知るのは大事ですよね。


「よし、それじゃあ早速はじめようか。と言うわけだから、ハンスさんとアレックスさんは出て行って」

「は? 我々を閉め出すおつもりですか?」

「二人がいたんじゃ、マルティアだって話しにくいだろ」

「しかし、いきなり二人きりにさせると言うのは」

「少しは俺やマルティアの事を信用してよ。出ていかないと、夜中に部屋にやってきたハンスさんが俺を押し倒そうとしたって、言いふらすよ」

「──っ! やる事がえげつなさすぎますよ、このワガママ聖女!」


 あ、今ハンス様の本音が見えました。

 多分ですけど、色々苦労しているのでしょうね。この短い時間で、よーくわかりました。


「仕方ありません、行きましょうハンス殿。私はよからぬ噂を立てられるなんてごめんですから」

「私だってごめんだ! 分かりました。ただしミシェル様、本当に話をするだけですからね。夜に男女が二人きりになるからといってよからぬ事をせず、節度を持つようお願いしますよ!」

「ふーん。節度って、どんな?」

「だから、その娘に手を出すようなことはお控えくださいと言っているのです! お願いしますよまったく」


 ハンス様は釘をさしてから、アレックス様と一緒に出て行ってしまい、後には私とミシェル様だけが残されましたけど。

 ハンス様が最後に仰っていた、私に手を出すのは控えろって、つまり……。


 ボンッ!

 意味を理解して、頭の中で爆発が起きる。

 よ、よくよく考えたら、男の人と二人きりというこの状況。意識したら、変にドキドキしてしまいます。


 思えば長年教会と言う閉鎖的な場所で育って、実家にいた頃も同年代の男の子と接する機会が、ほとんどありませんでした。

 つまり私は、男性があまり得意じゃないのです。


 まさかの事態の連続でその事をすっかり忘れてしまっていたけど、そんな私がミシェル様のお世話係?

 これって、大丈夫なのでしょうか?


「さあ、やっと二人きりになれたね」

「ひっ!」


 二人きりになった途端、ミシェル様が手を伸ばしてきましたけど、私は反射的に身を縮めてしまいました。

 って、いけません! 失礼な態度を取ってしまったー!


「ごめん、馴れ馴れしすぎた?」

「いえ、違います。実は私、教会暮らしが長いせいで男性に免疫がなくて。ミシェル様が悪いのではなく、男の人に慣れていないだけであって……」

「なるほどね……ちょっと待ってて」


 ミシェル様はそう言って離れると、部屋の隅にあった机に向かう。

 それにしても。改めて部屋の中を見ると、やっぱり一般の聖女である私の部屋とは作りが全然違う。


 広さが倍以上あるし、机も私の部屋にある簡素なものとは違って、高級品だとすぐにわかるものだし、その隣にはベッドも置いてあるけど、すごくふかふか。

 そういえばお世話係になるってことは、ベッドメイキングもしなきゃいけないのかな?


 そんなことを考えていると、ミシェル様が戻ってくる。

 だけどその姿は。


「ほら、これでどうかな?」

「え? 髪が伸びてます!」

「ウィッグだよウィッグ」


 自分の頭に手を当てながら、種明かしをしてくれるミシェル様。

 なるほど。普段はこれで、髪を長く見せていたのですね。


 けど、髪の長さが変わるだけで雰囲気も随分変わって、まるで本当に女性のよう。

 これなら怖くないかも。


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