第7話 聖女のお仕事と聖女の紋章

 安堵しているとミシェル様は気遣って、口調まで変えてくれる。


「ごめんなさいね。こんなことに巻き込んじゃって」

「そんな、元はといえば、私が話を聞いてしまったのが悪いのですから。そのせいで私なんかがお世話係になってしまって、本当に申し訳ありま──むぐ?」

「こーら。自分の事を、『なんか』って言わない」


 顔に手を当てられ、両側からほっぺを押さえられて、思わず変な声が出る。

 不思議。さっきまでちょっと怖い気持ちがあったのに、今はまるで本当に女性とお話しているみたい。

 ミシェル様、女性の演技がお上手です。


「それにね。私は今回の件がなくても、アナタをお世話係にしようと思っていたわ」

「ええっ!? そ、そんな。どうして私なんかを」

「ほら、また『なんか』って言ってる。そんなこと言う子には、教えてあげません」


 ミシェル様は拗ねたように頬を膨らませたけど、その様子が何だか可愛くて、つい和んでしまう。


「ねえ、アナタのこと、マルって呼んでもいい?」

「え、マル?」


 マル……私の名前はマルティアだから、上二文字を取ってマルって事でしょうけど、愛称で呼ばれるなんて初めてで、こそばゆい。


「いい、いいです! ミシェル様がお望みなら、好きなだけ呼んでください!」

「そう? じゃあ遠慮なく呼ばせてもらうわ、マル」


 はわわ。何だかすごく幸せな響き。

 本当なら罰を受けてもおかしくない大失敗をしてしまったのに、良いのかな?


「それでマル。アナタは教会暮らしが長いって言ってたわよね。と言うことは今まで聖女として、たくさんの人に奉仕してきたのでしょう。良かったらその時の話を、聞かせてくれない?」

「え?」

「ほら、私大聖女と言っても、紋章が現れてから一年しか経っていなくて。しかもその間、聖女らしく振る舞えるようずっと女になるための教育を受けててね。穢れを浄化するとか人を癒すとか、したことがないのよ」


 そうだったんだ。一瞬、大聖女様なのにって思ったけど、事情が事情なのだから仕方がないかも。

 それにしても、女になるための教育って。何をしたのかはわからないけど、今は立派に大聖女として振る舞われているんだもの。凄く苦労されたのは想像に難くない。


 そんなミシェル様のため、参考になるなら話をして差し上げたいけど……。


「すみません。実は私、浄化も癒しもあまりした事がないんです。いつも、気味の悪い人とは関わりなくないって言われて……」

「えっ?」


 申し訳なさと恥ずかしさをこらえながら言う私に、ミシェル様は驚いた顔をする。


 王国では昔から時々、穢れと呼ばれる魔力が大地から溢れる現象が起きている。

 その穢れに汚染された土地は作物が育たず、またそこにいる人を病に犯してしまう、恐ろしい現象。

 しかもその汚染された大地には、魔物と呼ばれる魔力を持った狂暴な獣達がやってくるようになるから、余計に質が悪いのだけど。聖女はその穢れを浄化するのがお仕事です。


 どれくらい浄化できるかは個々で違うけど、汚染された大地に赴いて浄化を行うの。

 あと穢れに犯された、穢れ病と言われる状態の人を浄化の力で治すのも、聖女の役目。

 言わば穢れ病専用の、お医者さんといったところだ。


 教会はそんな聖女達を管理して、穢れが発生した際にはその土地に派遣させる。

 当然教会に属している私も、派遣されて行ったことはあるのですけど……。


「私の場合この髪のせいで、どうしても気味悪がられてしまうのですよ。穢れ病の人を治そうとしても、余計に悪くなるんじゃないかって言われて、浄化させてもらえない事がほとんどなのです」

「はぁ? 何さそれ。意味がわからない!」


 納得いかなかったのか、怒りを露にするミシェル様。

 実は一度だけ、聖女の力で穢れを治療したことはあるのですけど、本当にその一度きり。

 私は力が弱いばかりか、治療させてももらえない、役立たずな聖女なのです。


「あ、ですが私一人いなくても、他にも聖女はいますから、いつも浄化も治療も問題なく行われて……」

「そんな事どうでもいいわ! マルは悔しくないの? せっかく力になりたいって思って行ったのに、そんな扱いを受けて。ただ髪の色が、珍しいってだけじゃない」

「慣れていますから……ミシェル様もご存知ですよね。白き魔女のお話しを……」


 白き魔女と言うのは、教会に伝わる神話に出てくる、白い髪をした恐ろしい魔女のこと。

 何千年もの昔、一人の魔女と呼ばれる女性が悪魔と契約して、人々を苦しめていたのだとか。

 最後は神様から力を授かった教会騎士や聖女達の活躍で討たれたそうだけど、白い髪はその白き魔女を連想してしまいますから、よく思わない人が多いのですよね。


 もちろん私とその魔女には、何の繋がりも無いのだけど。


「不吉な髪だとは、両親からも言われましたし」

「親からも? マルの家って、いったいどんなところだったの?」

「地方の男爵家です」


 私の家は聖女の産まれやすい家系だったみたいで、昔はたくさんの聖女を教会に輩出していたみたいだけど、ここ数代は全く産まれていませんでした。

 実はそのせいで、家はちょっと傾いているのです。


 そんな中、ついに待望の聖女が産まれたのですけど、生憎それは力の弱い2級聖女。しかも忌み嫌われる白い髪をしていたのだから、両親はガッカリ。

 結局家に馴染めず、厄介払いされるような形で教会に預けられたのだけど。そこでもやっぱりこの髪が、印象を悪くしちゃっているのですよ。


 だけどその事を話すと、ミシェル様の表情がみるみる険しくなっていく。


「何なのその話……髪が白いってだけでそんな不当な扱いをされて、マルはどうして怒らないの?」

「それは……慣れていますから」


 子供の頃から、新しい出会いがある度に気味悪がられていました。

 傷つかないわけじゃないけど、そもそも怒るなんて発想はありませんでした。

 するとミシェル様、何を思ったのか、そんな私の髪を優しく撫で始める。


「ふぇ? ミシェル様?」

「気味悪がった人達は、何を見ていたのかしら。今朝も言ったようにアナタの髪は、雪みたいに綺麗なのに」

「ふえぇぇぇぇっ!?」


 全身がカッと熱くなる。

 き、綺麗だなんて。美しいミシェル様に言われても、説得力ありませんよー。


「それに浄化や治療をさせてもらえなかったのも、どうかと思うわ。マルの力なら、たくさんの困っている人を、救えたでしょうに」

「そ、それはないですよ。だって私2級聖女の中でも、特に力が弱い方ですからー」

「そんなこと無い……って、2級聖女? まさか、そんなはず無いでしょ。1級聖女じゃないの?」


 頭を撫でていた手が、ピタリと止まる。

 心臓がバクバクしてたから助かったけど、何をそんなに驚いているのでしょう?

 あ、でも私を1級聖女と勘違いされていたということは……。


「あの……ひょっとして1級聖女じゃないなら、お世話係クビですか?」

「えっ? ううん、そんな事無いから安心して」


 よ、良かった~。

 どういうわけか疑っているみたいだけど、本当に2級なのだから仕方がありません。

 いったい何が原因で勘違いをされていたのだろう……あ、そうだ。


 よく考えたら2級聖女だって、簡単に証明する方法があるじゃないですか。

 自分の襟元に手を持ってくると、服のボタンを外していく。


「ん? ちょっとマル、何やってるの?」

「紋章を見せれば、分かってもらえると思いまして。私の聖女の紋章、鎖骨の下にあるんです」


 聖女の紋章は力の強さによって使われる色が増える仕組みになっていて、ミシェル様の紋章はステンドグラスのような7色。

 現在教会に5人しかいない特級聖女は2色。そして1級聖女は1色で、2級聖女は縁取りだけされた色無しの紋章。

 これを見てもらえば、信じてもらえるはずです。


 だけど修道服の胸元をはだけさせようとしたその時、ミシェル様が慌てたように声を上げた。


「待った待った待った! マル、大事なこと忘れてない!?」

「え? と言いますと?」

「俺が本当は男だってこと! 今自分がどこを見せようとしてるか、分かってる?」


 …………え?


 そういえば、ミシェル様は男性なのですよね。

 そして紋章を見せるために服をはだけさせるとなると鎖骨はもちろん、下手したらその下まで晒しかねないというわけで……。


「きゃああああっ!? す、すすすす、スミマセンスミマセンスミマセーン! お見苦しいものを見せてしまうところでしたー!」

「いや、俺の方こそ……まあいいや、今夜のお話はもう終わりにしよう。これ以上は、俺の理性が持つかわからない」


 私と同様にミシェル様も、恥ずかしそうに赤らめた顔を反らす。

 いつの間にか口調も元に戻っていて、やっぱり男性なんだって思えてきて、余計に恥ずかしくなってくる。

 ううっ、いったい何をやっているのでしょう。だいたいもしミシェル様が女性だったとしても、いきなり肌を晒すのは、よく考えたらどうかと思いますし。今日はとことん失敗続きです。


 と言うわけで、わちゃわちゃしているうちにこの日は解散となりました。

 あ、明日はもっと、しっかりしないといけませんね。

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