第5話 ミシェル様の事情と私の処遇
しばらく時間が経過して、混沌としていた状況は何とか落ち着きました。
ミシェル様も上着を羽織ってくれて、これでようやくまともに話すことができます。
そして私はと言うと、部屋の中央で正座しながら、三人に目を向けられていた。
「ではもう一度問う。マルティア・ブールよ、お前はミシェル様の正体をその目で見たな?」
「……はい」
「ああ、なんて事だ……」
頭を抱えながら、ため息をつくハンス様。
一方ミシェル様はと言うと。
「バレちゃったもんは仕方ねーだろ。良いじゃねーか、マルティアは真面目そうだし、黙っておくよう頼めば。ナイショにしててくれるよな?」
ニッコリ笑いながら尋ねる彼女……違う、彼にコクコクと頷いて答える。
それにしても、髪が短くなって口調も変わってしまい、もう男性にしか見えないミシェル様だけど、それでもまだ信じられない。
そもそも男性と言うことは、本当はミシェル様は大聖女じゃないのでしょうか?
何か理由があって、大聖女様のフリをしているのかも?
だけど疑問に思っていると、ミシェル様は何かを察したような顔をする。
「どうしたの、ジロジロ見て? もしかして、男が大聖女だなんておかしいって思った?」
「い、いいえ。そういうわけでは」
「いいって。不思議に思うのも当然だもんな。俺だって最初は紋章が現れても、自分が大聖女だなんて思わなかったし」
そう言いながら、右手の甲を見せてくる。
そこには式典で見た、ステンドグラスのように美しい、華の形をした紋章がくっきりと記されていた。
この七色の華の紋章。確かに伝承にある、大聖女様の証だ。
この紋章は聖女と呼ばれる人の体のどこかに必ずあって、生まれた時に既に刻まれているパターンと、ある日突然現れるパターンとがあるけど、今のミシェル様の口振りだと彼は突然現れた方なのかな?
だけどやっぱり、男性に紋章が現れたなんて信じられない。
「どう? これが俺の紋章。ちょっと待ってて」
ミシェル様はそう言うと、部屋に置いてあった植木鉢を持ってくる。
まだ小さな芽が生えているだけの植木鉢。するとミシェル様は、その芽に手をかざした。
「見てなよ」
目を閉じて、手をかざし続けるミシェル様。
するとどうだろう。小さかった芽がいきなり、ニョキニョキ~って、大きくなったのです。
(え、嘘? もしかしてミシェル様がこの芽に、生命力を与えたの?)
芽はみるみるうちに育っていき、やがて黄色くて綺麗な花を咲かせたのです。
す、すごい。
咲いた花の美しさと、奇跡の力を使ったミシェル様に言葉を失っていると、彼はイタズラっぽく笑う。
「どーお? これで俺が大聖女だって、信じてくれた?」
「はい、もちろんです。……あの、でもどうして? たしか伝承では、聖女の力は女性にしか宿らないはずで──」
「そうだ。だから問題なのだよ!」
話に割って入ってきたハンス様。
見ればアレックス様も肩をすくめて、ミシェル様も苦笑いを浮かべている。
「問題って、いったい何があったんですか?」
「何がだと? 小娘、教会の言い伝えとは違うことが起きたのだぞ。もしもこの事が公になって、教えが間違っていましたと知れわたったら、教会の威厳に関わる。そうなれば反教会派や悪魔崇拝者を、調子に乗らせるかもしれんのだぞ!」
「え? あ、ああ……」
ハンス様の言わんとしている事が、ようやく分かった。
教会は私達の住んでいる王国、更には他国にも強い影響力を持っているのだけど、それをよく思っていない人がいるのです。
教会に大きな顔なんてさせたくない人達が。
そしてもう一つ厄介なのが、悪魔崇拝者。
実は悪魔を崇拝する人は案外少なくなく、そんな彼らにとって教会の教えに大きな誤りがあったとなると、確かに調子づかせてもおかしくないかも。
でも、と言うことは。
「それじゃあ、ミシェル様が女性の格好をしているのって……」
「ああ。バレちゃまずいって言うんで、女装してるってわけ」
「な、なるほど、よーくわかりました。イメージって大事ですものね……」
「左様。偏見を持った人間がどれだけ厄介か、白い髪をしているお主も、分かっているのではないか?」
う、確かにその通りです。
すると、ミシェル様が顔をしかめる。
「おい、そんな言い方はないだろ。髪の色が珍しいってだけじゃねーか」
「それは分かっています。白い髪が不吉というのは迷信だと、教会も把握しています。ただ世間には、なかなか浸透していないのです」
「教会が大丈夫って言ったくらいじゃ、世間の印象は変わらないって事か。使えねーな教会」
わ、私の事はもう良いですって。
それより、ミシェル様の話です。
「なんで俺が大聖女なんだって、自分でも思うよ。けど、なっちまったものはしょーがねー。ハンスさんは最初、頭抱えてたけど」
「当たり前です! せっかく皆が待ち望んだ大聖女様が見つかったと思ったのに……どうしてアナタは男なのですか!」
「知らねーよ! こっちだって男じゃ都合が悪いから女のフリをしろって言われて、困ったんだぞ!」
疲れた表情のハンス様と、面白くなさそうな顔のミシェル様。きっとどっちも苦労したんだろうなあ。
すると今度は、アレックス様が私に話しかけてくる。
「君も、私達の事情は分かったね。これは教会の最重要機密で、私やハンス殿をはじめ極々限られた者しか知らない案件だ。本当なら、一般聖女が知って良いような事ではない。これがどういう事かは分かるね?」
「──っ! だ、誰にも喋りません。約束します!」
こんな大きな秘密、言えるわけがない。
それ以前に、私は普段から一人ぼっちだから話す友達もいないし、もし仮に喋ったところで頭がおかしいって思われるだけかもしれないけど。
けどハンス様は、まだ納得いかなかったみたい。
「喋らないのは当然だ。しかし今一つ信用ならん。相応の処置をとらせてもらう」
「しょ、処置と言うのは?」
「決まっているだろう。人との接触を避けるため、地下牢に閉じ込めてだな……」
「ひっ!?」
地下牢って、そんな。
だけど元々こうなったのは、私が部屋に乱入してしまったのが原因だし、反論なんて許されませんよね。
ああ、ただハンカチを返しにきただけなのに、どうしてこんな事になってしまったんだろう。
「ハンス殿、さすがに閉じ込めるのはやりすぎなのでは?」
「やりすぎなものか。早速牢の手配をして……いや待てよ。喋れんようさるぐつわを付けるのが先か?」
ひぃぃぃぃっ!
私はいったい、どうなってしまうのでしょうか!?
くすん。もしかしたらこのままお婆ちゃんになるまで、牢に閉じ込められるのかな?
そうなる前に一度でいいから、クリームの乗ったふわふわのパンケーキを、食べたかったなあ。
だけどこれは全部、自分の失敗が招いたこと。潔く受け入れるしか……。
「おい、冗談じゃねーぞ」
話が進む中、地の底から響くみたいな冷たく低い声が、私達の動きを止めた。
ミ、ミシェル様?
「さっきから聞いてりゃ、ふざけた事言ってんじゃねー! 地下牢に閉じ込める? さっき俺、そいつの不利になるような事はするなって言ったよなあ?」
「お分かりくださいミシェル様。これは必要な処置なのです」
「ほーう、そうか。よーくわかった。けどそっちがそういう態度を取るなら、俺にも考えがある?」
「は? か、考えとは?」
嫌な予感でもしたのか、ハンス様の表情がひきつる。
「そうだなあ。大聖女なんてやってりゃそのうち、大勢の人の前に立つ時が来るだろう。次の式典の時でいいや。その時俺は……脱ぐ」
……はい?
私は……いえ、ハンス様もアレックス様も、ミシェル様が何を言っているのかよくわかっていないみたいで、一同首をかしげる。
しかしミシェル様は、恐ろしい事を言ってきたのです。
「脱ぐって言ってるんだ。さっきみたいな上だけじゃない。下まで全部脱いで一糸纏わぬ姿になって、集まっている人を掻き分けて走り回る。大聖女がそんな事をしてみろ。お前らが大事にしている教会の威厳とやらは、どうなるかな?」
「なっ……なななななっ!?」
ハンス様のお顔がみるみる青ざめていって、私もサーっと血の気が引いていく。
だって、は、裸で走り回るって……ハレンチです!
もしそうなったらきっとその場は、阿鼻叫喚の嵐となることでしょう。それにミシェル様が男性だって事も、バレてしまいます。
た、例え冗談でも、そのような事を言うのは……。
「さあどうする。大聖女の全裸ショーをさせたいのか?」
恐ろしく冷たい目で、地獄の問いかけをするミシェル様。
──っ! 冗談ではありません!
このミシェル様の目は本気です!
とんでもない脅しにハンス様はもちろん、アレックス様も慌て出す。
「ミシェル殿、どうかお考え直しください!」
「バレるにしても、最低最悪のバレ方です。そうなったら教会はおしまいです」
「お願いでございますミシェル様! 私の事なんていいですから、それだけはおやめくださいー!」
「ちょっと、どうしてマルティアまで頭を下げてるの?」
ミシェル様呆れてますけど、下げるに決まってますよ。
元々私の失敗のせいでこんな事になったってのに、教会存続の危機になるなんて。
今までお世話になってきた教会に恩を仇で返すなんて、あってはならないのです!
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