第2話 白髪聖女の憂鬱

 聖女。それは神様から与えられた奇跡の力を、その身に宿した女性のこと。


 この世界には、穢れと呼ばれる毒が存在します。それは人や大地を汚染してその命を奪い、魔物と呼ばれる生き物を呼び寄せてしまうこともある、危険きわまりない悪魔の猛毒なんだけど。それを浄化する力を持っているのが聖女なのです。


 そして聖女の多くは力の弱い2級聖女と、強い1級聖女に分けられて、ほとんどの聖女がそのどちらかに分類されているのだけど、稀に特別強い力を持った聖女もいて、その人達は特級聖女と呼ばれているのだけど。

 この度教会に招かれた大聖女ミシェル様は、特級聖女よりも更に上の、特別中の特別な存在。

 数百年に一人しか世界に現れない、規格外の力を持った、聖女様なの。


 歴代の大聖女達は皆何らかの形で、歴史にその名を残しているすごい人ばかり。

 そんな大聖女が現れたのだから、教会内外問わず世間は大騒ぎなんだけど……。


 大聖女様が現れた所で、一般の聖女がやることが特に変わるわけではありません。

 この日夜が明けようと言う頃、教会の敷地内にある宿舎の一室で。ベッドの上で寝ていた私、マルティア・ブールは目を覚ました。


 う~ん、朝ですか~。

 体を起こしてぐい~っと背伸びをすると、靄が掛かっていた頭が少しずつ覚めてくる。


 そうだ、今日は礼拝堂の掃除当番だから、早く行かないと。

 聖女と言っても掃除や洗濯などの雑用は普通にあって、それらは当番制で行われているの。


 ベッドから出た私は修道服に着替えるべく、寝間着を脱いでいく。

 すると上を脱いだところで、左鎖骨の下にある、華柄の紋章が目に入った。


(この前見た大聖女様の華紋、綺麗だったなあ)


 遠目からでも分かった色とりどりの華柄の紋章を思い出すと、それだけでうっとりしてしまう。

 華紋と言うのは、聖女の証。聖女の力を持った女性は皆、体のどこかに華柄の紋章を持っているの。

 ただ私の華紋は大聖女様のような七色の綺麗なものじゃなくて、色の無い紋章なんだけどね。


 左鎖骨の下。そこには確かに華の形をした線が入っているものの、大聖女様のものとは違って、まるで色をつける前の下描きだけの絵みたい。


 これは聖女の中でも最もランクの低い、2級聖女の証。

 一応奇跡の力は使えるものの、あまり強くないのです。


 けどそれでも誰かの役に立てるのならと思って、教会勤めをしているのだけど……あまり教会に馴染めていないんですよね。


 私は現在17歳。教会入りしたのが9歳の頃だから、人生の半分近くを教会で過ごしているっていうのに、未だに友達すらいない始末。

 他の子達は、聖女同士仲良くやっているって言うのに。


 まあ原因はハッキリしているんですけどね。全ては私の、真っ白な髪のせい。

 この国では白い髪と言うのは非常に珍しく、しかも教会の聖書によると昔、悪魔と契約して人々を人々を苦しめたというとても悪い魔女がいて、その魔女が白い髪をしていたというの。

 そのため白い髪に対する人々の印象はとても悪く、不気味がられる事が多いんですよね……。


 って、いけない。あんまり考え事ばかりしてたら、お掃除に遅れます。

 私は急いで修道服に着替えると、足早に部屋を出て行った。



 ◇◆◇◆



 夜が明けて間もない礼拝堂。

 そこでは聖女や修道女達が朝のお勤め、お掃除を行っているのですが……。

 

 何人かは掃除の手を止めて、代わりに忙しそうに口を動かしています。

 そしてそんな彼女達が話題にしているのは。


「ねえ聞いて。私昨日、ミシェル様とすれ違いましたの。お辞儀をすると、ミシェル様笑ってくださったの!」

「さすが大聖女ミシェル様。私達一般の聖女にも、お優しいですわ」


 彼女達が話しているのは、大聖女ミシェル様のこと。

 ミシェル様が教会に入られてから一週間。最近は皆が皆口を開けば、ミシェル様ミシェル様だ。

 無理もありません。数百年ぶりに現れた大聖女様なのだから。

 

 私はそんな彼女達の会話に入らず、床の雑巾がけをしていましたけど、話は自然と耳に入ってきます。


「そういえば、誰になると思う? ミシェル様のお世話係」

「そりゃあやっぱり、シャーロット様ではないですか? シャーロット様は1級聖女の中でも、特に強い力をお持ちですもの」


 そう言いながら、彼女達はウェーブの掛かったブロンドヘアーの女の子へと目を向ける。

 彼女がたった今話に出た1級聖女、シャーロットさんだ。


「私がミシェル様のお世話係ですか? そんな、恐れ多い」

「何を仰いますか。シャーロット様なら力、気品共に申し分無しです」

「それにシャーロット様は伯爵家の出。シャーロット様以上の適任者を、私は知りませんわ」

「あらあら、ありがとう。けどお世話係は、大司教様や教会騎士の方々が話し合って決めるって言われていますし。どうなるかはまだわかりませんわよ」


 なんて言いつつも、満更でもない様子のシャーロットさん。

 彼女達が話しているお世話係と言うのは、その名の通りミシェル様のお世話をする係のこと。


 文献によると前回、前々回と大聖女様が現れた時、他の聖女の誰かが彼女に遣えるお世話係に任命されていたみたいで、それはとても名誉なこと。

 だからミシェル様が来られてから聖女の間では、誰がお世話係になるかという話が度々上がっているのだ。


(確かに、シャーロットさんなら適任かも。まあどのみち2級聖女の私には、関係のない話か)


 そんな事よりお掃除です。

 だけど雑巾がけをしていると、不意に誰かがぶつかってきた。


「きゃっ!」

「わっ!?」


 ぶつかられた私は、バランスを崩して床に顔をつける。

 そして頭を上げてみると、すぐ真横にはシャーロットさんがいて、鋭いつり目で私を睨んでいた。


「ちょっと、そんな所にいたら邪魔でしょ。もっと周りを見なさい」

「は、はい。すみません……」


 でも、ぶつかってきたのはシャーロットさんじゃ?


「だいたい床掃除なんて、いつまでしてるの。もっと早く終わらせられないわけ?」

「ごめんなさい。でも、お掃除が遅れているのは……」

「はっ、なに?」


 遅れているのは、シャーロットさん達がサボっているからでは?

 そんな口から出掛かった言葉を飲み込みはしたものの、シャーロットさんは眉間にシワを寄せてくる。


 すると彼女、何を思ったのかその場にあった桶に手を伸ばした。

 拭き掃除に使う、水の入った桶。2つ用意されていたけど、そのうちの1つに手を手に取って、シャーロットさんは私を見る。


「手伝えって言いたげな顔ね。わかったわ、手伝ってあげる」

「あっ」


 シャーロットさんは桶を持ってないもう片方の手で私のベールを乱暴にむしり取り、白い髪が露になる。

 そして彼女は汚れた水の入った桶を抱え上げると、私の頭めがけてひっくり返したのです!


「きゃあっ!」

「あはは、綺麗にしてあげたわ」


 水をかぶって、頭からポタポタと水滴を垂らす私を見て、笑うシャーロットさん。

 他の子達もそんな彼女を止めようとせず、一緒になってクスクス笑っている。


 ……酷い。

 だけど言い返せるはずもなく、悔しさと悲しさでうつ向くことしかできない。


 けど、黙っていたその時。


「──お前ら、何をしている」


 不意に礼拝堂に響いた、ハスキーな声。

 一瞬、司祭様でも来たのかと思ったけど、違いました。

 顔を上げた私の目に飛び込んできたのは、礼拝堂の入り口に立つロングスカートの女性。

 だけど……う、嘘でしょう。どうしてあのお方がここに?


 眉をつり上げて眉間にシワを寄せ、今にも噛みつこうとしているような怒りに満ちた表情の女性。

 それは今や教皇様をも凌ぐ教会一の有名人、大聖女ミシェル様だったのです。


「ミ、ミシェル様!?」

「大聖女様が、どうしてこんな所に!?」


 思わぬ人物の登場に、驚く一同。

 そしてミシェル様はというと、式典の時に見せた笑顔とはかけ離れた険しいお顔でズカズカとこっちに歩いてくると、青ざめているシャーロットさんの前で止まった。


「アナタ、自分が何をしたか分かってる?」

「あ、あの。ミシェル様これは……」

「答えなくていいわ、声は聞こえていたから。たしか、『綺麗にしてあげた』だったっけ……」


 ミシェル様は話しながら、側にあったもう一つの水の入った桶に手をかける。

 そして両手で持ち上げると、シャーロットさんめがけて──


 バシャン!


「キャア──ッ!?」


 さっき私がされたのと同じ光景が、目の前で再現される。

 違うのは、さっき水を掛けたシャーロットさんが、今度は掛けられる側だと言うこと。

 シャーロットさんは頭からポタポタと雫を垂らしながら泣きそうな顔をしているけど。そんな彼女に、ミシェル様が言い放つ。


「気分はどう? 自分が何をしたか、これで少しは分かったでしょう。罪を認めて、悔い改めなさい!」

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