第51話 強欲の悪魔

 いったいどういうカラクリなのか。

 穴を通った先にあったのは、まるで絵本に出てくるお城のお部屋のようなお部屋。

 中にはソファーやテーブルが置かれていて、暖炉に火が灯っている。

 そして部屋の真ん中には、白き魔女が立っていました。


「ここが、白き魔女の住み家……ここはどこなのですか?」

「今から数千年前。ボクが住んでいたお城を再現した異空間だよ。で、君のすぐ後ろにいるのがお待ちかねの、強欲の悪魔さ」


 後ろ──!?


 言われて、ハッと後ろを振り返る。

 悪魔に背後をとられていたなんて、心臓に悪すぎる。

 だけどそこにいたソレは、私の想像していたものとは大きく異なっていたのです。


 悪魔なのだからてっきり本に載っているような、角を持ちコウモリのような羽が背中に生えた異形な怪物だと思っていたのに。

 後ろにいたのは、黒い球体状の靄の塊でした。


 これが、悪魔?


 決まった形なんてなく、風でも吹けば四散してしまいそうな、あやふやな存在。

 だけどこの靄が悪魔なのだと、何故か瞬間的に思いました。


 そのモヤにはたくさんの穢れや悪意。妬みや憎しみといった負の気配が凝縮されている。そんな感じがしたのです。

 そして目なんてないはずなのに、何故か感じる視線。まるでなめ回すように視られている感覚に襲われて、思わず身を縮める。


 すると靄の中から、低く響くような声が聞こえてきました。


「待ちわびたゾ……お前ガ、大聖女だナ?」


 口がないのにどうやって喋っているのかは分かりませんけど、一言喋るたびにまるで心臓をわし掴みにされたような、苦しさを覚える。


 白き魔女は『強欲の悪魔』と呼んでいましたけど、それがこの悪魔の名前なのでしょうか。

 私は息をするのも忘れて、穴が開くくらいジーッとそれを見ていると……。


「マールティーアちゃん!」

「──っ!?」


 明るい声と共に後ろから両肩を掴まれて、悲鳴を上げそうになる。

 するとそんな私を見てクスクス笑いながらイタズラしてきた張本人、白き魔女は言います。


「いつまでも見つめあってないで、早く本題に入ろうよ。ミシェル君のことを助けるために、ここまで来たんでしょ?」

「……そう、ですね。どうすればミシェル様の魂を返してくれるのか、教えてください!」


 するとさっきと同じ低い男の人のような声が、質問に答える。


「簡単なことダ。あの男の魂を返す代わりニ、お前の魂を差し出セ」

「私の魂を? それって、私が代わりにあなたに食べられて、お腹の中に閉じ込められるということですか? 永遠に」

「ソウダ」


 悪魔のお腹の中に、永遠に閉じ込められる。それは想像するだけでも気が変になりそうなほど恐ろしい事ですけど、それでもミシェル様が助かるなら、喜んで魂を差し出します。


 けど唇はガクガクと震えて、返事をしたくても声が出ない。


 ……情けない。

 覚悟を決めて来たはずなのに、ミシェル様を助けなきゃいけないのに、この体たらく。


 すると今度は、白き魔女が言う。


「もーう、強欲の悪魔ー。ちゃんと全部教えて上げなくちゃダメじゃない。君がマルティアちゃんの魂を食べた後、何をするつもりなのか」


 この口ぶり。

 この上まだ、何かあると言うのでしょうか?


「マルティアちゃん。大聖女の力が君の魂に宿るって話はしたよね。強欲の悪魔がその魂を食べちゃうって事はだよ。大聖女の力を彼が奪うってことなんだ」

「大聖女の力を悪魔が奪う? それだと、いったいどうなるのですか?」


 大聖女の力は、穢れを浄化する力。悪魔が持ったところで、宝の持ち腐れだと思うのですが……。

 けどニタニタと笑う白き魔女を見ていると、嫌な予感がします。すると案の定。


「例えばこの前のシマカゴみたいに、大地の穢れが発生したとするね。そこでさっきいた特級聖女、ダイアンちゃんがそれを浄化しようとしたとする。だけど強欲の悪魔が大聖女の力を持っていたら、聖女の力同士をぶつけて、効果を打ち消す事ができるんだ」

「打ち消す? それってどういう事ですか?」

「穢れが浄化できなくなるってこと。つまり大聖女の力が彼に渡ってしまえば、この先他の聖女が浄化の力を使っても、それを妨害することができる。強欲の悪魔の狙いはそれなんだよ」

「大聖女の力を悪用して、浄化の邪魔をするということですか!?」

「そう。浄化できないと、穢れはどんどん広がっていく。悪魔の加護の無い人間にとっては、最悪の展開だね」


 その場面を想像して、サーッと血の気が引いていく。

 私一人が犠牲になってすむ話じゃないって分かっていましたけど、まさかそんな事を企んでいたなんて。

 けど待ってください。それならどうして、わざわざそれを私に言うのでしょう? 黙っていた方が、私が取引に応じる可能性は高いと言うのに。


「おや? どうしてそれを教えたか、分からないって顔だね。答えは簡単、知ったところで、君は契約に応じるしかないって、分かってるからだよ。例えどんな被害が出ようと、どれだけの人が苦しもうと、世界がどうなろうと、優しいマルティアちゃんは大好きなミシェル君を、見捨てるなんてできないでしょ」


 ──っ!

 確かにその通りです。


 酷い話ですけど今のを聞いて尚、私は世界より、ミシェル様の方が心配なのです。

 大聖女の力が強欲の悪魔の手に渡ることで、どれだけの被害が出るか。世界がどんなに大変な事になるか、分かっているのに。


「世界を犠牲にしてまで叶えたい、大きな欲望。強欲の悪魔はそんな欲に染まった魂を食べたいんだよ。欲にまみれた魂は、彼にとってご馳走なんだから。大聖女の巨大な欲望なんて、この先食べられるかどうか分からない、極上の品だよ」


 そのためにわざわざ、私に教えたと言うことですか。

 取引に応じたらどうなるかを分からせて、だけどそれでもミシェル様を助けたいという欲を出させて、魂をより美味しくするために。


 なんという悪趣味。たくさんの人を苦しめるだけでは飽きたらず、魂の味付けまでしてくるなんて、『強欲』の二つ名は伊達ではないみたいです。


 私は、どうすればいいのでしょう?

 悪魔と契約しないと、ミシェル様は戻ってこない。

 だけど契約したら……。


「さあ選ベ。愛する男カ、それとも世界カ。お前が欲しいのはどっちダ?」


 答えを迫ってくる強欲の悪魔。

 私の、出した答えは……。


「……契約に応じます。ミシェル様を、返してください」


 これが、私の選択です。


 白き魔女はこうするって分かっていたのか、ケラケラと笑いながら、おかしそうに手を叩く。


「そう、そうだよねえ。さっすがマルティアちゃん。例えどんな犠牲を払ってでも、願いを叶えたいよね。分かる、分かるよその気持ち」

「前置きはいいです。それより、早く始めてください!」

「わかってるって。それじゃあ強欲の悪魔、やっちゃおうか」


 白き魔女が目を向けると、靄の形をした強欲の悪魔は、抑揚の無い声で答える。


「ならば契約を結ぼウ。汝の魂、我に差し出すカ?」

「……構いません」

「あははっ、いいねいいね。たくさんの人を犠牲にしてでも叶えたいっていう強い欲望……ソノ欲望、頂クヨ!」


 白き魔女が言った次の瞬間、強欲の悪魔の体……体と言っていいのか分からないけど、黒い靄の塊が巨大化して、私を呑み込んでいく。


 ああ、これがきっと、悪魔に食べられるということなのですね。ミシェル様も、同じ目に遭ったのでしょうか?


 この選択が正しかったなんて、思ってはいません。

 けど、それでも私は……。


「ミシェル様……」


 悪魔に食べられる前最後に口にしたのは、最も愛しい人の名前でした。

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