第25話 1級聖女の紋章

 思わぬ答えに、ポカンとする。

 先代や先々代の大聖女様って。予想外過ぎます!

 すると、ミシェル様も目を丸くする。


「なに、それどういう事?」

「なんだ、アンタ知らないの? 大聖女ってさあ、浄化の力ばかり多く語られてるけど、穢れや悪意を察知する力も授かっていたらしいよ。命を狙われる事も多かったから、敵の気配を察して身を守っていたんだってさ」


 命を狙われる、ですか。

 確かに。強い浄化の力を持った聖女は魔物にとっては天敵。さっきの戦いでミシェル様やダイアン様が積極的に狙われたように、魔物にターゲットにされる事は少なくないでしょう。


 そしてもっと恐ろしいのが、実は人間。

 悲しい話ですけど、教会に不満を持つ人は少なからずいて、過去に大聖女やダイアン様のような特級聖女が命を狙われたなんて話は、実際にあるのです。

 けど歴代の大聖女様が敵の気配を察して身を守っていたというのは初耳です。


「だからマルティアちゃんじゃなくて、本来ミシェルが先に気づきそうなものなんだけどね。つーかアンタ、元騎士なら気づきなよ。何のために修行してたの?」

「悪かったよ。けどしょうがないだろ、地下から敵が攻めてくるなんて、いったい誰が考えるんだよ」

「なにをー、マルティアちゃんはちゃんと気づいたぞー」


 口ケンカを始める二人に、私はオロオロ。

 こ、これって私のせいなのでしょうか? 


「お、お二人とも落ち着いてください。それよりさっきの話、歴代の大聖女様は敵の気配に敏感だったと仰っていましたけど、私のはそれとは関係無いのではないでしょうか。だって私、2級聖女ですよ」

「むう。でもその特性を持っていたのは、ひょっとしたら大聖女だけじゃないかも。例えば特級聖女の中には戦う力を持ってるアタシみたいに、浄化とは別の能力を持ってる子もいるしさ」

「どっちにしてもです。2級聖女が浄化とは別の特別な力を持ってるなんて話は、聞いたことがありませんもの」

「まあ、そりゃそうなんだけどさあ」


 きっと私は、たまたま勘が鋭かっただけです。

 けれどダイアン様はまだ何か思うのか、ジロジロと私を見る。


「ねえ、マルティアちゃんって本当に、2級聖女?」

「ああ、それは俺も思った。どう考えても浄化の力が、2級のそれとは違うんだよなあ」

「間違いありませんよ。浄化の力だって2級聖女の中でも、むしろ弱い方だったんですけど……」


 けど、確かに言われてみれば最近、浄化の力が増しているような。

 数日前のリリィさんの件もそうですし、実はさっき騎士団の方々の治療の際も、前より調子が良かったのですよね。


「うーん、分からないなあ。そうだマルティアちゃん、一度浄化の力、使ってみてよ。相手はアタシでいいから」

「ダイアン様にですか? もちろん構いませんけど」

「そりゃいいや。マルに浄化してもらえば、もしかしたらダイアンの性格も少しは大人しくなるかも……痛て!」

「こら、アンタが人の事言えるか!」


 あわわ、これ以上ミシェル様が殴られる前に、始めた方が良さそうです。

 するとミシェル様が殴られた頭をさすりながら、ポンと私の肩に手を置く。


「さっきは冗談でああ言ったけど、マルも疲れてるだろうし、無理はしなくていいからね」

「大丈夫です。ではダイアン様、いきます」


 ダイアン様に手をかざして、浄化の光を放つ。

 本来なら穢れに汚染された土地や、穢れ病に掛かった人相手に使う術なのですけど……。


「う~ん」

「どう、何かわかった?」

「うんにゃ分からん。よく考えたら、そもそもアタシは穢れに犯されてるわけじゃないから、これじゃあどうやったって分からないわ」


 そんな!

 私もミシェル様も、揃ってすっ転びそうになる。

 それじゃあ何のために力を使わせたんですか!?


「いやー、浄化の力を使ってるところを見たら、もしかしたら何か分かるかもって思ったんだけどねえ。そうなると……ねえ、マルティアちゃんの紋章ってどこ?」

「紋章ですか? 鎖骨の下の、この辺になりますけど」


 服の上から、紋章のある左鎖骨を押さえる。

 額に大きく紋章が刻まれているダイアン様や、左手の甲にあるミシェル様とは違って、私の場合は外からじゃ分からないのですよね。

 すると……。


「ちょっと失礼」

「きゃあっ!?」


 思わず大きな悲鳴を上げる。

 だ、だってダイアン様、いきなり胸元に手を伸ばして来たかと思うと、服を引っ張って中を見てきたんですよー!


 同性とはいえ、普段隠してる部分をこんな風に見られて、恥ずかしくないはずありません。

 慌てて距離を取って守るように自分の胸を両手で押さえると、すぐ横でミシェル様が声を上げる。


「何やってんだこの変態聖女ー!」

「いいじゃん、女同士なんだし」

「女同士でもヤベーもんはヤベーよ。マル、二度とダイアンに近づいたらダメだからな!」


 ミシェル様の言葉にコクコクと頷くと、ダイアン様は不満そうに頬を膨らませる。

 そんな顔したって、ダメなものはダメですー!


「あのねえ、アタシは何もマルティアちゃんを困らせようとしたわけじゃないから。そんな事より、マルティアちゃんの紋章、1級聖女の紋章じゃない」

「確認するにしても、まずは一言言ってから……って、え? 一級聖女の紋章?」

「うん。綺麗な空色をしてたよ」


 縁取りがされているだけの2級聖女の紋章と違って、1級聖女の紋章に描かれている華には色が付いているのですけど、そんなはずは……。

 自分の紋章なんて毎日、何千回と見ているのですから、間違いなく色無しのはずです。


「気になるなら、自分で確かめてみれば?」

「はい。あの、ミシェル様……」

「あー、分かってる。俺は部屋から出てるから、二人ですませて」


 よかった。ミシェル様を追い出すような形になってしまうのは本当に申し訳ないですけど、

 こればかりは仕方がありません。


「ただ、後でちゃんと結果は教えてね。もしもダイアンの言ってることが本当なら、放ってはおけないから」

「はい、もちろんです」


 ミシェル様は部屋を出て行かれて、後には私とダイアン様が残される。

 そして私は、そんなはずはないと思いつつも着ている服を脱ぐ。

 同性とはいえ、ダイアン様がまじまじと見つめてくるのが恥ずかしかったですけど。


 だけど、そうして晒された紋章は……。


「えっ?」


 そこにあったのは、見慣れた縁取りだけされた、色無しの紋章ではありません。

 もう何度も見てきたはずのそれは、確かに空色に色づいていたのです。


 う、嘘ですよね。もしかしたら、夢でも見ているのでしょうか?

 事前に聞いていましたけど、まだ信じられません。すると、ダイアン様も覗き込んでくる。


「ねえ、言った通りでしょ」

「は、はい。でも、昨日までは確かに……」


 あまりの驚きに、ダイアン様に肌を見られているという恥ずかしさすら忘れて、自分の紋章に見入ってしまう。

 そしたら……。


「あれ?」

「おや? これは……」


 二人同時に、声を漏らす。

 なんと私達の目の前で、空色だったはずの紋章から、スーっと色が抜け落ちていくではありませんか。

 これはいったい、何が起こっているの?


 そして紋章は見慣れた、2級聖女を示す色無しのものへと変わってしまって。私達は顔を見合わせる。

 

「ダイアン様、今のはいったい?」

「アタシに聞かれても。ただ一つ言えるのは、マルティアちゃんはただの2級聖女じゃないってこと。今の紋章の変化と、2級の範囲を超える浄化の力がその証拠だよ」


 そ、そうなのでしょうか?

 確かにさっき私の紋章は、1級聖女のものに変化していましたけど、もしかして浄化の力もそれに合わせて変化していたのかも。


 けど、どうしてそんな事が? 

 聖女の力の強さは、本来不動のもの。2級聖女が1級聖女になるなんて、あり得ないはずなのですけど。


 結局考えても、答えは出ないままでした。

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