第60話 必罰。
澤田家。
新しい月曜が始まった。入りたくもない女子バスケ部に強制入部させられたせいで、行きたくもない朝練に出ないといけない。まぁ、それもあと少しだけど。あの木田って男を使ってお姉ちゃんを追い込んだら、結局のところお兄さんに泣きつく。そうなれば、お兄さんが梶先輩に相談。晴れて私は自由の身。大雑把だけど、基本路線はこんな感じだ。
それにしてもあの木田って男。まぁまぁ使える。お姉ちゃんのあんな写真ばらまかれたくないならって脅せば、お兄さんはまた私の言いなりだ。木田も汚れだけどお姉ちゃんをあげるし、私はお兄さんとハッピーハイスクールライフが待っている。
お兄さんの優しさが招いた結果。いま思えば、梶先輩にも感謝だ。退学を救ってくれたから、この先楽しい高校生活が送れる。考えてみたら私のひとり勝ち。日頃の行いがいいからかな? 朝練があるとはいえ清々しい朝。
そんな気分がいい月曜の朝。なのに外が騒がしい。こんな時間にインターフォンが鳴った。もう、居るんなら出てよお父さん。新聞読んでる時間があるなら。私手がギブスだから準備に時間が掛かるんだけど……
「お父さん、誰か来たみたい~~出てくれない」
返事くらいしろよ、さっさと高校卒業して大学は一人暮らしするんだ。お兄さんと同じ大学に通って、半同棲みたいな?
「麻利衣、麻利衣!」
うるさいなぁ……人がせっかくいい感じで想像の世界に居るのに……町内会費くらい払ってよ、本当使えないんだから。あと数年でひとりで生活しないとなんだから、お父さんにはしっかりしてもらわないと……
ん? 町内会費の集金にしては騒がしいなぁ……って人多い! なに、何ごとなの?
「お父さん、この人たちは?」
「警察の方だ、お前に聞きたいことがあるそうだ」
「警察? 私に?」
「澤北麻利衣さん?」
ひとりの女性警察官が前に出る。キツい口調。なに? わたし万引きとかしてないけど。
「はい」
状況がわからない。事故かなんかの目撃者とか?
「梶淳之介さん。ご存じですか?」
「梶……淳之介……お兄さん。はい、知ってますが。彼が何か?」
どうしよ、事故でもあったのかなぁ……でも、なんで私のところに……これって……
「そう。彼と彼の保護者さんから被害届が出てます。心当たりありますか?」
「被害届? いえ、そんな……」
「そうですか。あなた、彼を脅して自分の体毛入りのチョコレート。無理やり食べさせませんでしたか?」
えっ……チョコ? あの、バレンタインの? どういうこと? 警察とどんな関係があるの? 関係なくない?
「無理やりなんて……」
「食べさせた事実は認めますか?」
「無理やりなんかじゃ……」
「食べさせましたか?」
「それは……バレンタインだから!」
「後は署で伺います。一緒に来てください」
「嫌です! そんな、無理やりなんて、わたししてません! お兄さんに聞いてください‼ すぐわかります!」
「その梶淳之介さんとご両親が被害届を。お父さん、出来れば穏便な形で署に来ていただいた方が。先方から証拠品も提出されてます。未成年とはいえ被害者がいる以上……お分かりですよね?」
「お父さん、お父さん!」
お父さんは目を背けた。県会議員なんでしょ! 何か言いなさいよ! 議員特権とかあるでしょ、えっなんでこんなに警察官いるの? 私マジで逮捕されるの? なんで、なんでよ! お兄さんをお姉ちゃんから取りたかっただけじゃない……なんでこんな……振り返る私の目に目を疑いたくなるような光景が飛び込む。
「澤北敏則さん。元義理の娘さん斎藤志穂さんから暴行の疑いで被害届が出ています。覚えありますよね?」
「それは……はい」
「詳しくは署で伺います。ご同行お願いします」
両脇を抱えられたお父さんが私とは別の警察車両に乗せられた。お姉ちゃんに対する暴行……学校で殴ったやつだ。えっ、でもお父さん逮捕されたらどうなるの? 議員辞めないとじゃないの、この先お金どうするの? 私、高校……大学……お兄さんと同じ大学通って半同棲……
なんで?
***
同日同刻。
閑静な住宅街に複数の覆面パトカーが停車していた。元々車通りの少ない道なので大きな騒ぎにならないで済んだ。ひとりの警察官が時計を確認し、合図を出した。その合図と共にインターフォンが数回鳴らされた。呼び出しに反応して顔を出した中年女性が怪訝な顔をする。その女性に警察手帳を見せ身分を示した。
「あの……なにか?」
「木田隆君のお母さん?」
「そうですが、隆がなにか?」
警官は軽く咳ばらいをする。内容が内容なだけに伝えにくい。しかし伝えないわけにはいかない。
「元交際相手の女性から被害届が出てます。その……聞いたことありませんか? リベンジポルノって」
「リベンジ……?」
「はい、その男女の行為を撮影してまして、息子さんが。それをネタに復縁を迫った容疑がですね、はい。脅迫の容疑が。息子さん、ご在宅ですよね?」
「脅迫⁉」
母親の素っ頓狂な声に、二階の自室にいた木田が階段の上から玄関を覗く。
(警察⁉ 澤北のヤツ、チクリやがったのか⁉)
木田は大慌てで二階に戻り、玄関の反対側にあるバルコニーから家の裏に回り逃走しようとするも、裏口にはもちろん警官が張り付いていた。
「おい! 危ないからそこにいろ‼」
木田を見つけた警官が大声で制止するが、木田の耳には届かない。いや聞く耳を持たない。そして突然の事に動転し、冷静な判断を失った木田はバルコニーの手摺に登り、隣のバルコニー目掛け飛び移り逃走しようとしたが、目測を誤った。
隣家のバルコニーは飛び移れる距離にはなく、木田はあえなく落下。勢い余って落下した先には自宅と隣の家の境界になるスチール製の柵が。
(うっ、ウソだろ⁉)
木田は空中でもがいたが落下地点は変わらない。それどころかせめて柵を避けようと開いた足の間、股の間とスチール製の柵が激突し、睾丸破裂の大けがを負い病院に搬送された。緊急手術の結果、両睾丸摘出。
因果応報。自業自得と申しましょうか。人の恋人を奪い、また卑劣な手段で復縁を求めた男の哀れな結末となった。もし、彼に反省の心が少しでもあれば、こうにはならなかったかも知れない。
悔やんだところで、出てしまった結果は変えられない。木田はこの先玉なしで生涯を送ることになる。その前に脅迫で警察のお世話になるのだが。哀れ木田はセルフ去勢を完遂した。
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