第28話 自暴自棄。
保護者会に向かうお父さんに、私梶愛莉は同行することにした。色々話したいこと、聞きたいことがある。これからのこと、お母さんのこと『モエ・ダークネス』ってなに? 金髪に鉢巻、特攻服の集合写真。いや、コスプレという説が私の中では最も可能性が高いけど……
あの戦闘力。麻利衣からバットを取り上げようとして、普通人の腕がボロ雑巾みたいに搾れるか? 黙らせようとして手の甲が「ちょん」と当たっただけで、前歯総入れ歯待ったなしに出来る、普通の主婦がいるか?
いや、鼻も折れてる。上向きに。お母さん言ってた「掌底」って。手のひらの下の硬いとこ。そんな名称なの知らなかった。何者なの? 近所でも有名なおっとりしたお母さんしか知らない。
お母さんの過去。昔のこと。卒アル見せてくれるくらいだから内緒じゃないと思うけど、正直聞きにくい。お父さんがお母さんの正体というか、昔の姿知らないってことも十分あり得る。そうなると、優しくてひ弱な感じのお父さん。耐えられなくなって離婚とか……それは怖い。
私の疑問を解決するために、家庭崩壊なんて絶対嫌。でも、気になる。お母さんの卒アル。アレ、人を何人も半殺しにしてる顔だ。でも、優先順位はそっちじゃない。
「あのさ、お父さん。正直ムカついてる。淳ちゃんにあんなことした澤北姉妹。志穂もだけど、こっちはもうどうでもいいかなぁ……」
「どうでもいいの?」
「うん。ぶっちゃけ、恋愛だし。そこまでどうこう言っても、仕方ないかなぁってのはある。淳ちゃん傷つけて、ぶっ飛ばしたい気持ちはあるけど……淳ちゃん見る目がなかったって言えばそうだし、逆に早いうちで良かったとも思ってる」
「そうか」
「うん。それに淳ちゃんのクラスの娘で琴音ちゃん、和田琴音って娘がいて淳ちゃんのこと好きみたい。真面目そうでいい娘。まぁ、志穂の時もそう思ったけど(笑)あれ? 姉弟して見る目ないのかも(笑)」
「お姉ちゃんとしては複雑だな?」
「ん……そう! 私は別に雪華以外なら口出ししないんだけど!」
「雪華ちゃんいい娘だろ?」
「わかってる! わかってるけど……なんかどうなんだろ? 取られた感が半端ない! なんか負けた感じが……」
「お姉ちゃんは複雑なんだなぁ……」
「うん」
お父さんはわかってくれる。聞いてくれる感じが好き。お母さんも聞いてくれるけど、なんか的外れ『じゃあ、愛莉ちゃんは淳ちゃんのお嫁さんになりたいのね? でもそれって、たぶんなんだけど、近親相姦になっちゃう可能性を含んでるわよ? それでもいいなら、お母さん止めない!』とか。
いや、誰もそんな話してない。単に雪華が嫌なだけ。嫌いとかじゃない。長年の「なんか」だ。あと「近親相姦」はたぶんでも可能性含んでるだけでもない。がっつりです! あと、お母さん。止めようね? 何でもかんでも応援しないで。流石に私、そこまでのブラコンじゃないから。普通の姉弟ですから。
話がそれた。学校まで時間がない。もうすぐ着いちゃう。志穂はいい。問題は妹の麻利衣の方だ。
「お父さん、どうなると思う? 学校の処分」
「淳ちゃんには処分はないだろ。そこじゃないか……姉の方、ラブホに行っちゃった娘は、正直停学かな。もしくは自己都合で退学だろうなぁ。学校としては辞めさせるまではいかんだろうが、無理に引き留めない感じだろ。厳重注意みたいな感じかなぁ~~本人の反省次第か」
「そっか、私もうん。そう思う。淳ちゃん気まずいだろうけど、そこは自分のせいもあるし……退学までは重すぎるかなぁ……」
「何を気にしてる? 妹の方か? さっきも聞いたけど、学校の備品ぶっ壊して、一般家庭にバットで殴り込み掛けたんだ。学校は一発退学。場合によっちゃあ少年院も見えてくるレベルかもなぁ。まぁ、本人の反省云々でウチは被害届出さなくてもいいかもだけど?」
「それがお父さん。相当悪知恵きくらしいの。あと陰湿で……性格最悪」
「じゃあ、気持ちよく被害届出してさよならするか~~?」
「それもそうなんだけど、それはそれでヤバくない?」
「ん?」
「いや、相当頭おかしいの。少し話聞いただけだけど」
「つまり、愛莉ちゃんは目の届く範囲に置いておいて管理した方が、安全だと思ってる訳か。でも、そんなヤバいヤツ。ケガが治ったらまた淳ちゃんとか、愛莉ちゃんに何か仕出かすでしょ? もえちゃんだって不意打ちになると……いい考えあるの?」
「うん、お父さん実は……」
***
生徒指導室。
ふたりの担任でもあり、学年副主任なので渋々ふたりに聞き取り調査をすることになった。アラフォー教師柿崎。この状況でいくら無責任教師を自認する彼とはいえ、知らん顔は出来ない。
しかも校長から澤北志穂姉妹が在籍した中学にいた、保健室の先生こと藤原六花も付けられた。いい加減な聞き取りは出来ない。彼自身は問題が表面化しなければ、男女交際は自由だと思っている。口には出せないが、せめて制服じゃなければ、ここまで問題視されなかったと思っていた。
「一応、高校生がラブホに出入りするのは、校則に触れる認識があるかを聞きたい。澤北」
「はい……あります」
「そうか、木田は?」
「はい」
「つまり、ふたりで行ったことは間違いない。あと何かあればこうなるという、認識があった。そういう事だな?」
柿崎はスマホのボイスレコーダーアプリで、今の会話を録音していた。ふたりにはその事を言っていたし、後になって言った言わないの水掛け論を避けるためだ。向かい合ったテーブルの上に、柿崎のスマホが見えるように置かれていた。
「間違いありません」
志穂は少し口元を歪めたが、頷き素直に応じた。木田は自分の手の甲に爪を立てていた。こんな大事になるなんて思いもしなかった。そんな感じだ。
「私から一応聞くけど、ラブホに行った目的。その、まぁ無理があるが急に体調不良に見舞われたとか、確認すればわかることだが、ラブホでバイトしてたとかはあるか? まぁ、体調不良でラブホに入る金があるならタクシーを呼べるし、無断バイト、しかもバイト先がラブホとなると、いい訳としては厳しいが……」
木田は一瞬言い訳をしようとしたが、瞬時に言い訳を思いつく頭脳はない。その代わり額から滝のような汗が流れた。
「先生。ラブホに行く目的、それ以外になくないですか?」
「澤北、ちょっ、待って……」
「なに? 木田。今更なにか言い訳通るとでも? それじゃ、おひとりでどうぞ。私はさっさと認めます」
「澤北、その……性交目的ということでいいんだな?」
「はい。言い訳は特に……事実ですし……」
「僕は! 僕は……僕は」
立ち上がった木田を志穂はつまらない映画でも見る目でみた。溜息すら出ない。自分がやったこと。淳之介を傷つけた。言い訳をしても事実は何も変わらない。妹麻利衣が淳之介にしてきたこと。動画まで撮って自分を陥れようとした事実。
そのすべてがどうでもよく思えたが、一度受け入れてみてもいいような気もしていた。自暴自棄。本当に自暴自棄になりたいのは、元恋人の淳之介だと思えるくらいに冷静になれた。だからこんな言葉が口から零れた。
「ご迷惑をおかけしました。すみませんでした」
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