第29話 新しい居場所。
「失礼します」
私は珍しく頭を深々と下げて生徒指導室を出た。事実をすべて認めた私は木田より早く自由の身になった。木田はもごもごと何か言い訳を始めた。とりあえず自宅待機。担任の柿崎に言われた。
処分が決まるまで自宅にいること。すんなり事実を認めた私を保健室の藤原先生が不思議な目で見送る。まぁ私の中学時代を知る藤原先生なら仕方ない反応だ。
言い訳が通る状況じゃない。それに下手に言い訳して梶君に迷惑掛かるかも。往生際が悪い。今更そんなこと気にしたところで、彼とは何も変わらない。ただ、潔さみたいなのを、たまにはしてみたかった。木田を巻き込んだのは何だかなぁな部分があるが、この件においては運命共同体。この先はないけど。
死なばもろとも。死なないけど(笑)少しすっきりした。勝手な話だけど。でも、まぁ、それは自分だけでスッキリしない、顔に泥を塗られたと思う人もいる。廊下に出るなり、その人に待ち構えられていた。出会い頭のビンタ。この人は言い訳すら聞いてくれない。まぁ、言い訳なんてしないけど。
唇がパックリ割れた。鉄の味がする。耳がキーンとしてるけど、音は聞こえる。転びたくなかったけど、この力でビンタ。転んじゃうよね、情けない。跪き睨み返す私に翻訳アプリでもないと理解できない言葉を発する大人。
またこのくだりか……いいけど別に。殴りたきゃいくらでもどうぞって感じ。お義父さん。
「あらあら~~バイオレンスだねぇ~~いいんですか? 県会議員さんが娘に暴力とか。今のしっかり動画に撮りましたけど、ネット民の餌食になります? 次回の選挙マズくないですか~~」
間の抜けた声。知ってる。この声。調子が狂う。何回か会ったことがある。そのたびこの歳の大人がこんなことを言うんだ……いいなぁ、と。こういうお父さん。もしかしたらこの人がお父さんになっていたかも。私はそんな未来もろとも捨ててしまった。
こんなお父さんが育てたから優しいんだ、梶君。
「志穂ちゃん、大丈夫? かわいそうにねぇ……子供は親選べないもんねぇ。地位も名誉もお金もあるお父さんと、しがない派遣社員の僕とどっちがいい?」
「梶君のお父さん……ごめんなさい」
「謝らないでよ、仕方ないよ。何があったかまでは知らないけど、ウチの淳ちゃんとは縁がなかった。それだけ『親ガチャ』リセマラできないもんねぇ~~」
「どちら様ですか。勝手に撮らないでください、データ消してください!」
「ん? これ私物だけど? なに? 県会議員さんは議員特権か何かで人のスマホ取り上げられるの? いや、暴力事件の現場映像なんですけど? 愛莉ちゃん。警察呼んじゃおうか?」
「お父さん! もう、学校なんだから!」
「えっ、なに? 照れてる感じ? いいじゃん、たまには母校に凱旋みたいなぁ?」
この人動じない。飄々とした人だと思っていた。話をしててもけむに巻く感じで、よくわからない人だった。でも、話してて楽しい。家族を笑顔にするようなお父さん。お義父さんとは大違い……そこに騒ぎを聞きつけた柿崎が生徒指導室の扉を開いた。
「あの……澤北さんの保護者の方ですか。こういうの困るんですねぇ、親子といっても虐待の可能性も。これ以上はご遠慮願いたいです。あっ、梶。淳之介は?」
「えっと、大丈夫です。あの……澤北さんの妹のことで報告が……あの、先生?」
「ま、まさか……お前、ラ……ライトニングなのか⁉ なんでこんなとこに⁉」
「ライトニングって……お父さん?」
「よっ、柿崎~~久しぶり! とりあえずのど乾いたから、俺コーヒー牛乳な?」
「なっ⁉ なんで学校にいるんだ……ん? んんんんん⁉ 梶姉! おまっ今、お父さんって言った⁉ そのパパ活的なお父さんか⁉」
「いや、先生。なに言ってんです? 父です」
「父ってだってお前、苗字梶だろ……えっ⁉ 梶⁉ 梶姉! お前の母ちゃんまさか、萌美なんて言わないよな?」
「なんで知ってるんです? はい、梶萌美です」
「はっ⁉ まさかのモエ・ダークネス⁉」
「柿崎~~ちなみにオレ、婿養子なんだ。もえちゃんの親父さん婿養子じゃないと結婚ダメだって! 秒で決めたよ(笑)」
「えっ、じゃあ梶姉……お前も淳之介もライトニングとダークネスの子供なの⁉」
「えっと……はい。お父さんがライトニングかはわかりませんけど」
「その話は一旦置いとこ。柿崎~~昔馴染みで相談あって来たんだけど~~顔貸せや♡」
「ねえ、お父さん。お母さんが『モエ・ダークネス』だってさっき聞いたけど、お父さんはライトニングなの? なに、それゲームのハンドルネームかなにか?」
「梶の姉! これは今は置いておこう! と、とりあえず……藤原先生。申し訳ないですが澤北診てもらえますか。唇切ってる。澤北さんのお父さん。ひとまず事務室に行ってください、校長と学年主任がお話があります」
私はここで退場した。
柿崎の慌てようからして、梶君のお父さんとは昔馴染みのようだ。この先は大人の話し合いということで詳細は知らされなかった。
私と木田は三日間の停学と、反省文の提出。奉仕作業に参加することで退学は免れた。情報処理部の備品を破壊した麻利衣だが、意外にも1週間の停学で退学はしないで済んだ。あとで知った事だが、梶君の家の窓ガラスも割ったらしい。
その時転んだか何かで結構な大けがを負ったが、よく知らない。ウチの両親はこの後すぐ離婚した。私は母親と生活することになった。私は元々母の連れ子だった。まぁ、麻利衣はお義父さんの連れ子。私がお義父さんに付いて行くことはない。同じ理由で、麻利衣は父親と暮らすことになった。
ラノベでよくある、血の繋がらない系。まぁ、ラノベの場合男女だけど(笑)つまりは、両親が離婚することで、私は麻利衣との縁が切れる。いい機会かも知れない。
私との処分の違いで大きいのが、麻利衣は強制的に女子バスケ部に入部することになった。どうやらこの辺りは梶君のお父さんの意見が大きい。健全な精神は健全な肉体からとのこと。それくらいで退学を免れるなんてついてる。
***
「斎藤。斎藤。おい、斎藤~~」
「なによ、斎藤、斎藤うるさいなぁ~~! ん? あっ、私斎藤でした‼ 斎藤ですが、何か⁉ って梶君か」
「なにやってんだ。いい加減新しい苗字慣れろよ」
「いや、母親の旧姓なんて急には無理だよ。なに? 私に話し掛けたりしたら、佐々木に睨まれるよ(笑)」
「柿崎が呼んでんだよ、しかしお前やさぐれてんな~~なんだよ、その髪の色?」
「別に関係なくない? 昔の女がどんななりしようが(笑)実はこっちが私なの。佐々木に聞けば? 中学時代はこんなんだった(笑)こんなんなら付き合ってなかったでしょ?」
「んん……これはこれでアリだと思うけど」
「そっ、そうなんだ! なんでよ。なんかビッチっぽいじゃない?」
「いや、ぽいじゃねぇだろ、まんまビッチだろ?(笑)」
「言うわねぇ~~(笑)この見た目でも付き合ってくれた? ないでしょ?」
「だから、なくもないって。その後の行動が問題なだけで(笑)」
「いや、笑えねぇ~~で、なに? 柿崎が呼んでるなら委員長から振られたんでしょ。嫌われたもんねぇ、私も(笑)」
「じゃねぇよ。アイツら俺にお前に話して来いって。イジメてるみたいだろって。一応心配してんだよ、アイツらなりに」
「でも、私に話しかけるなんて梶君の方がイジメじゃない?(笑)」
「ホントだよ、何が悲しくて寝取られた元カノと話さなきゃなんだ? まぁいいけど」
「そこまぁいいんだ? 変わってるね。梶君は」
「まぁ、おまえに惚れるくらいだからな(笑)」
「そんなこと言ってるから寝取られんのよ(笑)バカね」
「いや、いい加減お前ら寝取られイジリやめてくれ。大体お前張本人な?」
「ホント、それ。うん、善処します」
アイツらそんなお人好しなこと言ってたら、今度は私が寝取るかもよ(笑)
人生はそんなに何もかも一斉に捨てられる訳じゃない。新しい居場所だって準備されるとは限らない。だから多少居心地が悪くても、収まり悪くてもここに居続けないと。これが罰というなら、仕出かしたことに対してなんて軽い罰だろう。
仕方ない。ここからリスタートを切ろう。ありのままの自分で。ビッチが恋をしたらいけないワケじゃないはず。
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