第31話 遺伝子レベル。

「おはよ、梶君!」


 教室に向かう俺に声を掛けてきたのは、……じゃなく、ベリーショートのバレー女子関さんだった。あぁ……なんかホントにごめんなさい。そしてお世話になりました。あなた様のおかげで、休憩時間に突如暴れん坊なんていう、俺の黒歴史が幕を開けずに済んだ。それから……この先も末永くお世話になります。


 俺は危うく深々とお辞儀をしそうになった。駆け寄ってくるベリーショートの髪のトップが弾む。ベリーショートとはいっても、トップは長いので女の子らしい髪型だ。うん、部活女子してるな。今後の参考資料にしよう。


 まぁ、それは置いておいて。気のせいか、俺の中での距離感がぐんと縮まった。いや、元々仲よしだけど。


「おはよ、関さん。朝練?」


「そう、軽くランニングとかストレッチとか。あのね実はね、私めちゃくちゃ体柔らかいんだよ~~見てて」


 そう言って前屈を廊下で披露。その時制服の間から白い背中がのぞいた。引き締まった背中、思った以上に白い肌……はっ⁉ なに俺は仲よしの関さんをエロい目で見てんだ! ここは仲よしとして忠告しないと‼ あと、なんか関さんの背中を他の男子の目に晒したくない気持ちが……これはあくまでも仲よしだからだ、きっと。


「関さん、その……背中見えちゃってるよ?」


「ん? あっ、ありがと。今日のキャミ短めなんだよ~~チラッ! なんちゃって(笑)」


 関さん的には冗談なんだろうが、お腹をチラっと見せた。真っ白な肌、どうする気ですか、関さん? 治まってた俺のリトルが目覚めたじゃないですか! もう、体育館裏の部室に関さんを! いや、廊下で妄想はマジでマズい。仕方ない。ここは窓の外を眺めるフリしてリトルを壁で隠そう。


「あのさ、梶君。私めっちゃいい事思いついた!」


 俺の気持ちも知らずに、関さんはハイパーテンションで俺の隣に並ぶ。いや、今の俺の気持ちは知られたくない。部室に連れ込もうとしてたんだから……思えば前から関さん俺との距離感が近い。男子として見られてないのかも。


「愛莉センパイの事なんだけど。よくよく考えたら、やっぱ百合ってハードル高いじゃない? 世間一般的に?」


 この子は朝から何の話を俺にしようとしてるんだ? 姉ちゃんが女子に意味で莫大な人気を誇ってるのは知っていた。関さんもそのひとりで『愛莉センパイ大好き』を隠しもしてなかった。愛莉ちゃんはそんな要素まるでない。まぁ、バスケ一筋で浮いた話がないのも事実だ。


「まぁ、そうかもな」


 いくら姉弟とはいえ、姉の性的趣向まで知らないし、そんな会話成り立つわけない。まぁ、究極のブラコンではあるが、なにか? とだけ言っておこう。ちなみに俺もたしなむ程度にシスコンだけど。


「でね、考えたんだ! きのう。そして思いついたわけ‼ 愛莉センパイと梶君てで同じじゃない⁉ って!」


「まぁ、姉弟だからね」


 両親が同じなら、恐らくはそういうことになる。くわしくはわからないけど。目元とか、足の指とかなんか似てるのはそういう事だろう。あと髪質も同じ。


「でしょ! でさ、


「はぁ?」


「だから、わかんない? 遺伝子レベルで同じ梶君と子供がふたり出来て、ひとりは女の子。つまり愛莉センパイの遺伝子を引き継いだ娘を、に育成出来るわけよ‼ すごくない⁉ しかも私同居希望だから、愛莉センパイと日々パジャマパーティーを開催‼ 目くるめく夢のような新婚生活‼ 痛っ‼ あっ、来島先輩……」


 あの……関さん。子供がふたりという事は、最低でもを2度するのですが? あの、無邪気なのはいいんですけど、多少は後先考えて発言してください。なにせ相手は思春期童貞ですから、関さんが考えてる以上にエロいことしか考えてませんよ?


「関。あんた、なにバカみたいなことで、朝から淳之介困らせてんの? 岸に言ってあんただけランニング追加して貰おうか?」


「あう⁉ 来島先輩⁉ 岸キャプテンだけはご勘弁してくだせい~~冗談つうじんのですぅ~~うちら女子バレー部、女子バスみたく強くないっス~~(泣)」


「はいはい、わかった。じゃあさっさと教室行く‼」


「はい! 梶君ね?」


「関‼ ダッシュ!」


「はひ⁉ じゃあね、梶君」


 流石バレー女子。足元に置いたカバンを小脇に抱え、脱兎のごとく逃げ去った。部活では女子バスと女子バレーのコートは隣同士。鬼の副キャプテン来島雪華を日々目の当たりにしてるのだ。この行動が正解だろう。


「怒ってる雪ちゃんもかーいい」


「淳之介。なんでもかんでもそれで誤魔化す気?」


「ん?」


「いや、女子枠減らす気、いや努力する気ないの?」


「女子枠……?」


 いつもなら、いや昨日までなら「雪ちゃん、関さんだよ? 仲よしなだけ(笑)」と言えたのだが、今朝お相手して貰った手前、なんて言うか無下に扱えない。なんか微妙に情が湧いてる。


「今朝さ愛莉に聞いたよ?『やっと、淳ちゃんにまともな彼女出来た‼』って。どういうこと? まさか、1週間お預けしたから腹いせか? おい、淳之介。ちょっと飛んでみな? チャリンていったらジュースな(笑)?」


「カツアゲする雪ちゃんもかーいい。でも、その件は心配ご無用! ほら、そうなると時系列的におかしいでしょ? お預けは帰ってから。琴音は昨日の朝だから腹いせは成り立たないよ~~」


 そういえば、愛莉ちゃんに琴音が猛アピールしてた。そのことだろう。


「あっ、そっか! 腹いせ関係なく『琴音ちゃん』って娘とラブなんだ! なんだ、よかった‼ ――になる訳ないだろ? バカなの? この童貞妄想ヤリチン‼」


「雪ちゃんの口から『ヤリチン』なんて最早ご褒美としか……(震え)」


「ごめん、淳之介。私、君の童貞そこまで拗らせちゃったんだ。愛莉のせいね……アイツ潰すか……そろそろ……」


 不穏なつぶやきをする雪ちゃんの隣を、なぜかセーラー服なのに和装のようなたたずまいで静々と近づいてくる女子。そして雪ちゃんにお辞儀して俺を見た。


「琴音」


「おはようございます。ダーリンいえ、淳之介さん。それから、お初にお目にかかります。只今ご紹介に預かりました『琴音ちゃん』こと、梶淳之介さんご指名ナンバーワン彼女、和田琴音です。源氏名は『お琴』以後お見知りおきを。来島先輩におかれましては、日頃ダーリンの幼馴染を担当して頂き、心より感謝しております」


「幼馴染業務? ご指名ナンバーワン彼女? 淳之介? 


「なに?」


「なにじゃない。私はあれか? 幼馴染業務をこの娘から業務委託されてる感じか? 下請けか? アウトソーシング的なヤツか? 君は私とソーシャルディスタンスしたいのか?」


「いや、なに言ってるかわからない(笑)」


「いや、私は君がわからないけど? あと、このパンパンに頬っぺた膨らませた金髪女子なに? 距離近いんだけど、ドンタッチミーなんだけど!」


「佐々木、なにしてんの?」


「なんか、おかしくない? なんで委員長がナンバーワン彼女なの? ご指名って私だよね!? 私が彼女なのに、扱い雑じゃない⁉ ねぇねぇねぇ!」


 俺は何と言うか、洗濯物を脱水にでも掛けられるように、佐々木に腕を掴まれブルンブルンされた。その度に佐々木の胸が揺れるんだが……リトルは無関心だ。意外にコイツ胸デカいなぁ……まぁ、今の俺には関係ない。俺の力ではリトルはびくともしない。


「淳之介? 君さ、お預けしたからって……まぁ、いいわ続きは後ね。そうそう、私ら今日ノー部活デイだから」


 そう言って雪ちゃんは近づいてきて耳元で囁く。


(愛莉ねぇ、赤点取って補習なの〜〜だからおじゃま虫いないよ? もちろん予定入れないでね? そしたら一連の増殖彼女許したげる、チュ!)


 うん、ヤバい。雪ちゃんたらヤバい……口で『チュ』って言っただけなのに破壊力半端ない。あっ、でもリトルは……う〜〜ん、なんで関さんにだけ反応するんだ? いや、コイツにもだ。


「おはっ〜〜〜〜(笑)」


 なんだ、このやさぐれたJKは……なんで、コレに反応するんだ、リトル⁉ 関さんとの共通点ゼロだろ? 俺は小さくため息をついて、差し出された拳に拳をぶつけた。何なんだ、このアメリカンなコニュニケーションは。ラッパーか俺ら?


 この頃には佐々木も琴音も、雪ちゃんも廊下にはいなかった。



















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